日本財団 図書館


第94回 日本型終身雇用が復活する
PART4
(二〇〇四年四月十五日)
どんどん結論を言っても充分伝わる
 この新規範発見塾をまとめた新しい本ができています。そこに積んでありますから、お持ちください。
 それから、『日本人のちから』の新しい号も置いてあります。これは東京財団の研究推進部が編集しています。タイトルどおり、日本のためにならなければいけないと思ってやっており、巻頭言を私が書いています。
 今回は巻頭言のスタイルをすっかり変えてしまいました。一行区切りで、どんどん結論を言ってしまう。
 「詩のようなスタイルですね」と言われたが、このように結論ばかりどんどん並べても、充分わかるだろうと言いたいのです。
 世の中の論文は、長々と書いていますが、引例とか傍証とかエピソードなどは手持ちがある読者には要らないのですからね。学者は手持ちのない子供に向かって一年かけて講義をするという癖がついている。一年で三〇回、講義をしなければいけない。要するに、知らない人にネタを教え、ロジックも教え、結論も教えなければいけない。大変くたびれる・・・あるいは大変ラクなことを教授はやっているが、「応用は自分で考えるからいい、肝心のところだけ教えてくれ」という学生にとってはまどろっこしい。
 最近は知りませんが、昔は三〇回を全部教える教授はいなかった。半分ぐらいしか講義をしなくてもクビにはならない。学生も、またそれで喜んでいました。というのも、あとは自分で勉強し、自分で議論したからです。そのほうがよっぽど早かった。先生より学生の程度が高かった。その証拠に学生が集まったら先生の悪口ばかり言っていました(笑)。「あの先生は偉い先生だ」なんて雑談は聞いたことがない。先生もそれを感じていたらしく、学生が感心して聞いていないと力んで授業をする。やたらドイツ語をしゃべるとか(笑)。先生の本の書き方のスタイルもまた同様で、それでみんな本が嫌いになって買わなくなった(笑)。それは学生のほうが知的なのです。ところが、一〇〇点満点のテストはありませんから、なんとなく学力、学校に劣等感を持つ。それがよくない。「学問公害」だと思っています。
 そういう無駄をやめて、自分を偉く見せようとしないで、言いたいことをさっさと言えばよい、どんどん書けばいいと思って書いたところ、詩のように一行ごとに次々と結論がでてくるスタイルになりました。
 しかし、これで充分伝わるのです。日本人は知的レベルが高いから。結論をひと言でいうだけでも、その背景や具体例をきちんと補いつつ読んでくれます。
 
 さて、雇用、人を使うということをめぐっていろいろな話をしていますが、今日が四回目です。さっそくまた新しい具体例が出てきました。
 当財団シニア・リサーチ・フェローに佐々木良昭さんがいまして、この人はアラブの専門家です。ですから自衛隊が顧問に雇いたいと言ってくる。
 ところが正々堂々と顧問にしないのです。東京財団のほうで面倒は一切引き受けてくださいと、自衛隊も官邸も外務省も同じことを言う。実にけしからんと思います。当財団は佐々木さんをかばって契約を結ぼうとして、条件を書き上げて持っていくと逃げてしまう。人を使いたいが、ちゃんと条件を書き上げたくはない。もともと能力がないらしい。それは、イラクへ行ってどんな仕事をするかという大前提が決まってないからです。平和で安全なところへ行くことになっているから、危険な場合の処置とか予防とか救済方法とかは契約書に書けない。
 ご自分でも「そういう平和で安全な場所ではない」と知っているんですよ。しかし、建前が平和で安全なところへ人道支援に行くということになっているから、それ以外のことは契約できないのでしょう。しかし、現実はそうでない・・・これが、日本が国際活動ができない一番大きな理由です。外国へ行くと必ず失敗する国なのはそのためです。上層部は美辞麗句の建前だけ。下は現実に直面して苦労するが、いずれ逃げてやらなくなる。
 日本は国内で、十七条憲法で暮らしていれば世界一いい国なんです。外国へ行くと、全然駄目です。その一番いい例は、この前の戦争です。行かされた兵隊はほんとうにひどい目に遭った。それを大本営とか参謀本部とか司令官とかは放ったらかしです。「行け、突っ込め」と言うだけで、死んだら「おまえらはよくやった」と、それだけです。
 戦争の初期は陸軍も海軍も兵隊が戦死すると、小隊長や中隊長は遺族の一人ひとりに戦死の様子を知らせ、その名誉を讃える手紙を書いていました。陸軍士官学校や海軍兵学校を出たとはいえ、まだ二十七歳か八歳の青年が心にしみる手紙を書いています。私にはとても書けそうにありません。自分が命令した本人だから大変です。遺族はそれを読めば、僅かに慰められたことでしょう。しかし、師団長や軍司令官になれば、もう個別、具体的な戦死は関係なくなって、一万人くらいまとめて慰めたり感謝したりするのですから楽なものです。
 下がかわいそうなのは今もまた同じである、と気がつきます。
 内閣も、防衛庁も、外務省も、議論は盛んだがちっとも現実的準備をしていない。通訳も揃えていないのです。「商社の人でも何でも、実際にできる人を雇えばいいだろう」と言うが、民間人をじかに雇うのは怖いと思っているらしい。民間人のほうが賢くて、実際的だということは知っている。そこで東京財団なら、ということだろうと思います。
 しかし私は、佐々木さんのためにきちんと書き上げて、ここに判を押せと言わなければなりません。責任者がそれをしないが故の失敗は、この前の戦争のときも同じだし、それからバブルからずっと、日本の商社や銀行マンが海外へ行って仕事をし、工場を建て、いろいろな揉め事にさらされてきたときとまったく同じです。
 
 日本の本社は勝手なもので、「うまくやれ。現地の人とトラブルを起こすな、やばいことは絶対するな。郷に入れば郷に従え。しかも、儲けて帰ってこい」とおっしゃるが、そんなことが簡単にできれば苦労はない(笑)。そんなことはできないと、わかっているから自分は外地へ行かない。本社の中に固まって、「行ってこい。そのかわり骨は拾ってやる」というあたりが日本型経営の悪い面だった。何も契約しないで、ともかく行ってこいよと言う。
 それで、保険をかけたりするが、たとえば今回、佐々木さんに保険をかけるのでも、そう簡単ではありません。佐々木さん本人は「一億円も保険がかかっていれば、死んでもいいです。私は好きだから何遍でも行きます」と言ってくれるので助かるのですが、しかし一億円の保険のかけようがないんです。やってみればわかるのですが、万一佐々木さんが死んだとき「一億円払ってくれますね」と言っても、その保険会社は絶対払ってくれないに決まっている。いろいろなややこしい条件をつけています。
 要するに、戦時災害保険というのがあることはあるのですが、世の中がどんどん変わっていくスピードに追いつかない。大体ロンドンの保険会社に再保険するのですが、ロンドンもテロやゲリラについては遅れているらしいから、その下請けをしている日本の保険会社もよくわからない。いざとなったら、四の五の言って払い渋って逃げてしまいそうである。こういうとき、どうしますか? 「一部はもらえたが、全部は払ってもらえませんでした」では私の責任が果たせません。
 だから、防衛庁か外務省か、あるいは内閣官房が一億円出せ。そうでなければ私は断るしかない、というようなことに早くも直面しています。だけど佐々木さんは、その辺はあいまいでも行きたいらしい。アラブは好きだし、勉強になる。それも人生だと思っているらしい。私が若かったら、やはり行ってしまいますからね(笑)。
 きちんと文章にして契約書に書けと言ったって、日本の官庁は前例がないから書かない。必要事項を箇条書きにしてくれ、その必要に応じて制度を考えようと言っても、必要性を列挙する力もないらしい。何となく必要だ、と(笑)。
 防衛庁の内局の人は制服に対して威張っているけれども、自分は普段から考えていない。急に慌てて考えろと言っても、東大法学部の成績はよくなかったと自分で思っている。というのも、防衛庁の悪口を言えば、その昔は偉い人は全部、警察庁から来た。警察予備隊でしたからね。最近はやたら大蔵省の人がいる。それに比べると、どうしても学生時代の試験の成績が悪いという気持ちがあるらしく、内ではやたら威張っているが、外へ出ていく元気がない。だから、もう防衛庁の中で東大法学部卒というのは総スカンらしい。私は経済学部だから、それを教えてくれる。他へ行ったら、今度は「東大経済学部はなおダメ」と言っているかもわからないですが(笑)。
 
 ともかく、人に顧問になってくれと頼むのだから、どういう問題の顧問かは自分から言うのが当然でしょう。しかし「まあまあ」と、うやむやです。そういう過ちを、私もまた繰り返すことになるのは困る。そこで結局かわいそうなのはイラクの現地にいる五〇〇人の兵隊ですね。準備不足で出されています。いかに準備不足かというのは、佐々木さんから話してくれますか? 職務上知り得た秘密だから言えませんか?
【佐々木】 言える範囲でいくつか要点を申し上げます。まず食事が悪い。うちの犬が食わないような食事を、経済大国日本の将兵が食べています。参考までに申し上げますと、私がイラクを発ったのが四月五日の朝ですが、四日の夜の夕飯で出てきたのが六匹二〇〇円程度のサイズのアジフライ。冷凍物だと思いますけれども、温めたものが一匹。それと、菜っ葉と卵をいった、ただし卵の量が非常に少ないもの。これは取り放題なのですが、やはり量的に問題がありますから、少ししか食べられない。ご飯は食べ放題ですけれども、おいしくはありません。それと、胃薬サイズの袋に入ったふりかけがあって、それをかけます。あと薄いみそ汁と通常サイズの三分の一程度のプリン、キウィが一個。これが日本の将兵の夕飯です。
 それからもう一つ、非常に腹が立っていることがあるので申し上げます。これから砂嵐のシーズンになるのですが、我が国の軍隊の食堂だけが、テントをつなぎ合わせたものです。ですから五メートル間隔で隙間がある。入り口も一枚の布がぱらっと下っているだけ。ということは、これからの砂嵐のシーズンでは、そこでは食事ができないわけです。
 それで私は、緊急にプレハブの食堂をつくるべきであるということを申し上げました。現実に、アメリカ軍とオランダ軍はプレハブの気密性の高い食堂で、砂が入らないように二重、三重に扉がついていました。
 ここから先は、門外不出にしていただかなければならない話となりますので、残念ですが申し上げられません。
 参考までに二つだけ、それも秘匿しなければならない点があるため要点だけしかお話できませんでしたが、そういう実情にそぐわない現状を見ると、防衛庁はどちらかというと野外戦闘訓練の延長線上でお考えなのではないか。しかし、あそこに行っている将校、兵隊、みんな自分は場合によっては生きて帰らないという前提です。それを、皆さんはぜひとも、その片鱗でもご理解いただきたいと思います。
 自衛隊員は歓迎されています。私は現場で見てまいりました。であるとするならば、彼らに応分の対応をしてあげるのが筋だと思います。日本の食事が最も悪いのです。他の国々の食事は、たとえばクウェートのキャンプ・バージニアにあるアメリカ軍は、ステーキが食べ放題です。ジュースは生ジュース飲み放題。ペプシも、セブンアップもあります。ケーキもつきます。日本は小さなプリンが一個です。あるときとないときがあります。オランダ軍の食事も、我が国の食事に比べると四倍以上のコストがかかっていると思います。以上です。
【日下】 ありがとうございます。佐々木さんが日本に帰ってくると、官邸やその他から今のような話を聞かせて欲しいと来るが、おかしいですね。
 ここから先は私の意見を言うと、そういう話を聞いて、さっそく改善処置を命令してくれるかと思いきや、どう動けば自分がテレビに映るか、新聞に対して格好がつくか、上にいるのはそんなことを考える人ばかり。自衛隊のために、「よし、わかった、それをしてやろう」という人はいないのではないかと思うぐらい、あきれた日本国の中枢司令部です。







日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION