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提言6 日台連携を推し進め、台湾をアジア海洋秩序の枠組みに加えるべきだ
解説:「アジア・コーストガード・アカデミー」構想と台湾
 
(1)台湾をめぐる情勢
 
 台湾では、2004年3月の総統選挙で僅差ながら陳水扁総統が再選され、現在、2期目の在任期間にある。一時ほどの目覚ましい経済成長は見られなくなったが、1990年代以降ペースを速めた民主化は順調に進み、大陸中国との経済関係緊密化も進展している。2005年2月9日の春節(旧正月)には中国とのあいだで航空便の往来もあった。
 とはいえ、大陸中国は依然として台湾統一を謳い続けており、3月開催の全国人民代表大会では、通称「反国家分裂法」を制定するなど、台湾へのプレッシャーを強めている。中国軍内には現実に台湾侵攻をめぐる議論があり、また、東シナ海から太平洋にかけての潜水艦など海軍艦船の活動も以前に増して活発化しており、この面でも台湾へのプレッシャーは強い。一方、台湾の陳水扁政権は、新憲法制定を謳い、憲法草案についての住民投票を2006年に行い、2008年に憲法施行というスケジュールを打ち出している。
 このような状況から判断すれば、中台間の緊張は、時折の緩和こそあれ、当面は続くものと考えるべきであろう。一方で、台湾の産業界が中国経済に組み込まれるという形での緊密化も、同時に進行していくとみられる。
 こうしたなか、2005年2月19日に行なわれた「日米安全保障協議委員会(2プラス2)」は、中台問題に言及した。共同声明では、「台湾海峡をめぐる問題の対話を通じた平和的解決を促す」と表現した。基本的に両岸関係の現状維持を求める姿勢を滲ませたものだが、これまでになかった日米による台湾問題への言及に対し、台湾側では日米の関与が強まるとの期待が膨らみ、歓迎の立場を表明した。
 期待が膨らみすぎることを懸念したアメリカの政府当局者は、台湾政府当局者に対し、(1)米日両国の台湾問題への立場に変化はない、(2)台湾が共同声明を歓迎する立場を繰り返し強調することは好ましくない――と伝えたともいう。
 アメリカにとっては、同じ東アジアで北朝鮮問題を抱え、さらにイラク、中東和平、イランの核兵器製造問題、対テロ戦争の継続など、国際関係でさまざまな難問が存在する現時点での中台関係の深刻化は、歓迎し得ないものである。変化を歓迎しないという点では、国際関係におけるキープレーヤーの役割にない日本とて同様であり、先のような日米共同声明に繋がった。
 しかし、日本およびアメリカにとって、台湾の重要性は、こうした事情から軽減されるものではまったくない。特に、日本の場合、東アジアの安全保障全般を考えるならば、台湾の存在は非常に重要であるといえる。
 それは、海上輸送ひとつとっても明らかである。中東からマラッカ・シンガポール海峡を経由して日本に向かうオイルタンカー、液化天然ガス(LNG)タンカーなどは、ほぼ全てが台湾南方のバシー海峡を通過して日本に接近する。東南アジアからアフリカ、さらにはヨーロッパとの輸出入貿易に携わる各種船舶も同様で、西行する場合もまずバシー海峡から公海へ入っていくといってもいい過ぎではない。台湾側から見ても、バシー海峡を通過する3万トン級以上のタンカーの9割以上は日本関係の船舶だという。
 また、以下で述べるように台湾では海賊事案はあまり発生していないが、中国南部の港湾を起点とした海賊事件は少なからず起こっており、また、フィリピン、マレーシア、インドネシア海域でも、海賊行為やテロ活動が頻発している。いわゆる「コース・ガード」の観点からしても、台湾の重要性は大変高いものといえる。すなわち、台湾の関係諸機関、なかんずくコーストガードに携わる機関の機能充実は、わが日本にとっても死活的な意味を有するものであると認識しなければならない。
 
(2)台湾のコーストガードの現状と問題点
 
 台湾のコーストガードは「行政院(台湾政府)海岸巡防署」が担当している。成立の経緯を簡単に説明すれば、海上・沿岸部におけるさまざまな問題の発生、特に大陸との関係から生じる事件などの増加に鑑み、1999年3月18日、台湾の国家安全会議において、専門機関の設置が決まった。国防部海岸巡防司令部、内政部警政署水上警察局、財政部関税総局などから人員、装備を集め、2000年2月1日に「行政院海岸巡防署」が正式成立した。まだ歴史の新しい機関である。ちなみに、設置時には総員数を増やさないという原則が貫かれたという。
 人員数は、海岸から500メートル以内を管轄する「海岸巡防総局」が約1万名、それより以遠の領海、排他的経済水域(EEZ)を担当する「海洋巡防総局」が2,908名である(2005年2月現在)。「海洋巡防総局」のうち、海上においていわゆるコーストガードの任に携わる者は2,000名程度だという。
 「行政院海岸巡防署」の本部は馬明潭にあり、「海洋巡防総局」の本拠は淡水に置かれている。その構成は、3個の機動海巡隊、16個の海巡隊、1個の直属船隊からなる。第一から第十六までの番号が振られた海巡隊は、台湾の各地沿岸を区分けしてそれぞれの区域を担当している。そのなかで、第八海巡隊は澎湖、第九は金門、第十は馬祖の、それぞれ要衝を担当している。
 任務の内容は、海難救助、台湾船舶の保護、環境保全など、他の先進国のコーストガードの担う役割と、ほとんど相違はない。海賊事案については、発生数は少ないが、大陸に面する西岸部方面において、他の海域よりは相対的に多く発生しているという。
 主力艦艇は、海巡隊が100トン級以下の巡邏艇を配備、機動海巡隊は500トン級以上の巡邏艇、巡護艦を配備している。最大級の1,100トン級巡護艦は2隻あり、小型船舶を4隻艦載している。ヘリコプターの発着可能な艦艇は、まだ配備に至っていない。そのうちの1隻「和星」のこれまでの最遠洋航海は、グアムまでとのことであった(故障した台湾船舶保護のため。接岸や上陸はせず)。
 教育・訓練については、まだ歴史の新しい機関であること、海上テロなどに対処した経験がないことなどから、アメリカや日本などとの共同訓練や、これらの国からの教官派遣などを熱望している。新規採用は、基隆の海洋大学卒業生などから資格試験を経て採用し、淡水の「海洋巡防総局」本局センターにある教育センターなどで採用後の教育を行っている。この教育センターには、アメリカのコーストガードなどより教官を招いて講義を行っている。これまでにアメリカからの講師招聘は2度行なわれている。台湾側の希望では、毎年、講師招聘を行いたいところだが、予算の問題で毎年の招聘までには至っていないのが現状だという。
 ちなみに、日本の海上保安庁に対しても、講師派遣を要請したことがあるが、日本側はこれに応じていない。事実上の日本大使館に相当する日本交流協会台北事務所には、海上保安庁から職員が派遣されているが、それ以上のレベルの接触は、日台のコーストガード間ではほとんど行なわれていない。上記の派遣職員も、邦人保護業務などにも従事しており、日台間の情報交換の機会は極めて限られている。
 一方、台湾と大陸中国との接触は、予想以上に進んでいる。台湾の「行政院海岸巡防署」、中国の公安部とも、かなり高いレベルでの接触が積み重ねられ、情報交換が行なわれている。台湾側からは、日本の省庁では審議官クラスに相当すると思われる「専門委員」レベルが香港や大陸に赴き、着々と接触を重ねてきている。前述したように、中台間の緊張は依然として続いており、さらにこれから高まる可能性すらあるが、しかしながら、現場レベルにおける接触は、確実に前進し、高レベル化しているのである。もっとも、現場レベルといっても、両者の艦船同士の無線などによる連絡は海難救助などの緊急時に限られ、接触や連絡は、事務方を経由して行なわれるのが常態だという。
 これに対して、日台間は、先述のように非常に接触が少なく、また、交流のレベルも低い。日本政府が、台湾への出張を省庁の課長レベルまでに制限しているためとの理由付けもあるが、現実には、その課長レベルの出張もほとんどなく、それすらも有名無実化している。
 このように、日本側が中国の意向を極度に気にかけて台湾との接触を避けている一方で、中台間は接触を重ね接触レベルを高めているという、ある意味で憂うべき事実が、関係諸方面からの聴取で明らかになった。「審議官−局長−課長」という省庁の役職ラインからいけば、中台間の接触は、日台間よりも明らかに2ランクかそれ以上に高いレベルで行なわれている。
 中台間での直接接触には、当然ながら双方の現役の職員が携わっているが、そのような際には、いったん公務員の身分を離れ、「基金会」(民間財団)などに所属するという形で身分を変えて行っているという。
 
(3)アジア・コーストガード・アカデミーへの台湾参加の可能性
 
 上記の中台接触の際の方法は、さまざまな場合に応用することができる。中国の意向のみを気にして台湾との接触を抑制し続けていけば、将来的には台湾との関係希薄化はもとより、日本の東アジアにおける存在感の低下、ひいては、国益へのマイナスの影響すら生じかねない。気づいてみたら、日本だけが取り残されていたという未来図すら想像に難くないからだ。中台間の接触に見るような「知恵」を日本も取り入れ、今までよりも踏み込んだ台湾との接触をコーストガードの分野でも実現するようにすべきである。それが日本の海洋安全保障に資することは、前述したとおりである。
 台湾側の日本に対する期待は大きい。台湾では海賊事件やテロの発生はこれまでは少なかったが、これからもそうとは限らない。「海洋巡防総局」の関係者らは、日本の知識や知恵を借りて能力向上を図りたいと切望している。シージャック発生の際にヘリコプターでその船舶に乗り込む訓練などは、資材・装備にも人的な経験や情報にも欠けているため、実施できないという悩みを抱いている。一足飛びに日台共同訓練とまではいかなくても、上記のような「知恵」を使い、講師派遣のレベルから早急に実現を図るべきである。
 その際、民間財団の果たすであろう役割は大きい。たとえば日本側で日本財団や東京財団、台湾側では海洋台湾文教基金会や中華民国海洋汚染防治協会などといった財団が窓口となって、講師派遣の道筋をつけることは可能である。こうした方策を積極的に探るべきである。
 台湾は、中国との関係から国連非加盟を余儀なくされているため、海洋安全をめぐる国連関係の国際会議に参加できない。スウェーデン・マルメ市に本拠を置く世界海事大学(WMU: World Maritime University)に学生を送ったこともない。日本と国境を接するアジアの隣国が、国際的な海洋安全保障の枠組みから一切除外され、テロ対策・海賊対策などの練度を高めることができない現状は、日本の安全保障にとっても大きなマイナスである。
 「アジア・コーストガード・アカデミー」構想では、短期のセミナー形式による集中講義、常設の教育施設における講義の両方を念頭において、実現の道を探っている。現実的には、短期セミナーの開催が先行すると考えられるが、これには、最初から台湾からの参加を呼びかけることが必須である。台湾側が呼びかけに応じることは間違いない。犯罪やテロに国境はなく、一国だけの力で海洋安全保障は実現できない。また、地域に於いて、ある国や地域のみが安全保障の枠組みから除外されたままでは、地域全体の安全保障も大きく損なわれる。こうした問題を解決するための第一歩として、台湾をアジア・コーストガード・アカデミーの参加メンバーとすべきだと考える。







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