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 1990年2月22日、旧KGB(ソ連国家保安委員会)のヴラジミル・クリュチコフ議長とKGB第2総局第16局のスモロフ大佐が連名で作成した『北朝鮮の核兵器開発問題について』と題する極秘文書(90年2月8日付のNo363K)が、ソ連共産党中央委員会に提出され、そのなかで「寧辺にある核開発センターで核起爆装置が完成したとの情報を得ている。この装置を使った実験は、国際社会と国際管理機関に、原子力兵器生産の事実を知られることを懸念して、現在のところは計画されていない」と報告したことが明らかになっている(92年3月14日付の発行部数2600万部を誇るロシア紙『論拠と事実』が掲載)。
 
 北朝鮮が核爆弾を保有している根拠のひとつは、この核起爆装置の完成と起爆実験場の存在である。起爆実験は1983年から開始され、少なくとも2002年まで継続されていたのである。
 また、北朝鮮は一昨年来の「自白外交」によって、核開発の事実を次々に認めているが、そうした発言は1990年まで遡ることができる。
 1990年9月2日、当時のソ連外相シェワルナゼが、韓国との国交樹立を北朝鮮に通告するために訪朝した。シェワルナゼ外相は金永南外相と会談したが、その2週間後の9月19日付北朝鮮政府機関誌『民主朝鮮』は、ソ連政府に手渡された「備忘録」の5項目の一部で「ソ連が南朝鮮と外交関係を結べば、朝ソ同盟条約を自ら有名無実なものにすることになろう。そうなれば、われわれはこれまで同盟関係に依拠していた一部の兵器も自力で造る対策を講じざるを得なくなるだろう」と告げたことを公表した。また、90年11月29日付ソ連紙『コムソモリスカヤ・プラウダ』も、金永南外相がシェワルナゼ外相に対し、「ソ連が韓国と国交樹立するのであれば、われわれはもはや核兵器製造禁止の義務を負わなくなったものとみなす」と警告したという同紙平壌特派員の記事を掲載した。この金永南外相の発言は、北朝鮮の核保有を信じるロシアの学者の有力な根拠のひとつとなっている。
 
 ここで、もう一度、北朝鮮の核保有が伝えられた経緯を振り返ってみたい。
 1992年1月22日、米上院軍事委員会の公聴会で国防情報局(DIA)のクラッパ局長は、「北朝鮮は2〜3年内に核兵器を保有すると判断している」と証言した。また、93年2月24日、ウルジー米CIA長官は上院議会で「北朝鮮は最小限1個の核兵器を製造できるプルトニウムをすでに確保している可能性が高い」と発言した。続く、3月17日、韓国の金悳国家安全企画部長は非公開の国防委員会において「北朝鮮では昨年〔92年〕中盤、金日成・正日父子に対して、核実験を実施したいとの建議があったが、現状では不適切と判断され保留された、との情報を入手している」ことを明らかにした。
 
 この金悳国家安全企画部長の秘密報告は、1997年に韓国に亡命した黄長元書記の証言とも一致する。去る3月に東京財団研究プロジェクトの一環として韓国を訪問した際に面会することができた黄長元書記は、以下のように語った。
 「国際担当書記だった93年か94年、軍需担当書記の全秉鎬が、地下核実験の準備が完了した、と金正日に報告したが、地下核実験は裁可されなかった」
 この発言の年代は、記憶違いで、92年の可能性が高い。
 こうした状況のなかで、93年7月14日、米下院共和党調査委員会の「テロおよび非通常戦争特別研究班」が報告書を発表し、「北朝鮮が使用可能な核爆弾を持っているということには疑いの余地はない」と指摘した。10月12日には、ペリー米国防長官が「北朝鮮の核開発が完了段階にあり、最悪の場合、現実的に核戦争勃発も想定できる」と発言した。そして、12月26日付の『ニューヨーク・タイムズ』紙は、CIAがクリントン大統領に対し、「北朝鮮は1〜2発の核爆弾を開発した可能性がある」との報告書を提出した、と報道した。94年に入ると、4月3日、ペリー国防長官がNBCの番組に出演し「北朝鮮が核兵器をすでに1個ないし2個保有している可能性があり、年間に12個かそれ以上の核兵器を製造できる核開発に着手している」と言明した。4月5日発売の米誌『タイム』は、米政府は北朝鮮の少数の核兵器の存在を容認する方針に転じた、とも報道した。
 
 以上のような経緯から、北朝鮮は94年4月以前にプルトニウムを原料とする数発の核兵器を完成していたため、94年10月の米朝枠組み合意では素直に米側が把握している核施設の凍結に応じたものと考えられる。逆に言えば、米朝枠組み合意に応じた事実こそが、北朝鮮の核保有を示唆している。
 その後、金正日が、パキスタンのカーン原子力研究所の協力を得て、ウランの濃縮工場の建設に取りかかったことは周知の事実である。工場は平安北道北部の山岳地帯のなかに分散されていると推定される。
 本プロジェクト西岡委員は、「江界国防大学ミサイル関係教授の証言とモニア・アマード(仮名)元パキスタン・核科学技術研究所技術者の証言などをもとに、1990年に北朝鮮とパキスタンが秘密核開発協定を締結し、北朝鮮はパキスタンにノドンミサイル製造技術を、パキスタンは北朝鮮に濃縮ウラニウム製造技術を提供し、ノドンに搭載できる小型起爆装置を共同開発して、1998年5月パキスタンでその小型起爆装置を用いて核実験を成功させた。パキスタンのガウリミサイル、すなわちノドンミサイルには現在核弾頭が搭載されているから、共同開発をしてきた北朝鮮が起爆装置小型化技術を持っていないと考える方がおかしい」(詳細は『正論』2004年5月号西岡論文参照)という説を唱えている。
 
 ウラン濃縮プログラムが明らかになった結果、アメリカは、「検証可能かつ不可逆的な廃棄」を求め、03年に六者協議が開催された。しかしながら、北朝鮮はブッシュ政権がイラク戦争に多忙であることを見透かして、協議に出席してアリバイづくりをするだけであった。04年2月の2回目の六者協議においても、北朝鮮は、ウラン濃縮プログラムの存在を否定する不誠実な対応であった。
 私たちは、北朝鮮が核弾頭を開発し、核ミサイルを実戦配備するという金正日の核武装を決して許してはならない。本研究プロジェクトでは、今後はより積極的に衛星写真を活用して、北朝鮮の核開発の実態を解明していくつもりである。
(惠谷 治)
X=老に句
 
日本は経済制裁を発動せよ
政府は対北朝鮮専門組織を作れ
拉致を理由にした第1段階の制裁発動を
 北朝鮮金正日政権は焦っている。その証拠に、拉致と核を巡り政府間交渉に応じ様々な提案を持ちかけてきている。いまこそ、日本は拉致を理由にした第1段階の制裁発動を真剣に検討すべきときである。具体的には、金正日政権に対して期限を切って、制裁発動の予告をすることだ。
 
 拉致問題についてはこの間2回、政府間協議がもたれた。平壌での日朝高官協議と、六者協議中の日朝協議である。日本の代表はどちらも藪中三十二局長だった。これは北朝鮮側の焦りの現れと考える。平沢勝栄議員らとともに本プロジェクト西岡委員も参加した、昨年12月の北京日朝非公式接触で、北朝鮮側は藪中局長を嘘つきだと口汚く罵倒した(本報告巻末資料参照)。ところが、その藪中局長との公式協議に二回応じた。
 
 北朝鮮外務省は「日本が六者協議に拉致を持ち出せば退場させる」などと脅してきたが、藪中局長とケリー米国代表が冒頭演説で拉致解決を迫るのを黙って聞いていただけであり、そればかりか、北朝鮮代表は一時間半近く拉致問題を中心とする二国間協議に応じた。経済制裁法案成立と米国政府との連帯という圧力が、北朝鮮をして政府間協議に応じざるを得ない状況を作ったのである。
 六者協議での北朝鮮側の発言は、従来と変わらず拉致を行った犯人が被害者である日本を一方的に非難するという許せないものだった。ただし、拉致問題の解決が米朝関係改善と核問題解決と関係すると、これまでにない発言があったのは、日米両国の固い連帯に対する焦りと言えるもので見逃せない。
 現段階での彼らの狙いは時間稼ぎである。様々な提案を行いつつ協議を継続し、「話し合いが進んでいるのになぜ制裁発動か」という雰囲気をつくることなのである。いま一番必要なことは、日米両国が核問題と拉致問題についてこれまでの原則的立場を崩さず、両問題の完全解決なしには経済制裁発動が必至だと金正日に認識させることである。これ以上協議だけを続け、金正日の時間稼ぎを許してならない。
 
 日米首脳は昨年5月、事態が悪化した場合「追加的措置」を取ることで合意している。それから10か月たって、北朝鮮は核と拉致で、事態を悪化させたことは明白だ。濃縮ウラン秘密工場は現在も稼働中であり、保管中であった8千本の核燃料棒は再処理された。帰国した5人、死亡などと通告された10人、政府未認定の数十人以上の被害者と家族の「生き地獄」の苦しみが続いている。
 平成6年(1994年)6月、クリントン政権は国連安保理事会に経済制裁決議案を提出し、在韓米軍の増強を行った。当時の細川、羽田政権は総連などの対北朝鮮送金を厳しく取り締まり経済制裁に全面的に協力する構えを取った。カーター訪朝で金日成が核凍結を提案したのはこの圧力が効いたからである。しかし、事態がここまで悪化しているのに、日米両国は六者協議の続行を認め、経済制裁に踏み切らない。「悪の枢軸」が公然と核武装し拉致というテロを続行しているのに、話し合いだけを続けていて「テロとの戦争」に勝利できる筈がない。繰り返すが、いまこそ、日本は拉致を理由にした第1段階の制裁発動を真剣に検討すべきときである。具体的には、金正日政権に対して期限を切って、制裁断行の予告をすべきである。
 
 さて、平成14年(2002年)9月17日、日朝首脳会談の場で、金正日が日本人を拉致したことを認め、口頭で謝罪した。これにより、「拉致疑惑」は「拉致問題」となり、国民的関心を集めることとなった。他方、日本人の人権、日本国の主権が侵され続けてきたことも明白となった。さらに、日本の制度や主権者たる国民の意識には、同胞の人権や日本の主権を守ることについて重大な欠落があったことも明白となった。そして、国民意識は急速に変化し、拉致被害者救出のために、北朝鮮に経済制裁を求めるようになった。
 共同通信社の平成16年3月6、7日実施の全国電話調査では、外為法改正を受け、制裁に踏み切るよう求める人が64%、特定船舶入港禁止法案についても74%が今国会成立を支持した。産経新聞が、平成16年3月4日に行った世論調査では、「拉致問題で進展がなければ、北朝鮮に経済制裁を発動すべき」が81%となった。平成15年11月に実施した、「家族会」、「救う会」の衆議院選挙立候補者への調査でも、当選者の81%が外為法改正賛成、76%が特定船舶入港禁止法案制定に賛成している。しかし、国の制度改革が追いついていない。今こそ、国は、拉致被害者を救出するために制裁実施を担当する対北朝鮮専門組織を早急に作るべきだ。
 
 現在、船舶の入港に当っての検査が厳しくなり、平成15年の北朝鮮との貿易量は、前年の3割減となった。今までの検査が非常に甘かったということだ。他方、舞鶴等への北朝鮮船舶の荷下ろしが減り、境港への荷下ろしのみが急増した。現行法の適用に港によって検査に差があり、北朝鮮がそれに対応して入港先を変更したと思われる。従って、各地の検査状況の確認を踏まえ、現行法内でどのような規制が可能か、それをいつどのように実施するかについての研究が必要となる。前記のような効果も出てはいるが、現行法規の厳格な適用については、昨年以下の提案を行ったので改めて確認したい。(1)在日経済組織や万景峰号などを使った違法資金の不正送金阻止、(2)軍備増強物資・資財輸出の厳格な監視、(3)工作船・工作員の不法上陸阻止、(4)覚醒剤・偽札密輸阻止など。まずはこれらのことをさらに徹底させることが急務である。
 
 われわれの北朝鮮研究プロジェクトは、平成14年11月に開始され、15年3月、経済制裁や国内有事体制の整備についても緊急提言した。経済制裁については、平成16年2月9日に、我々の提案の一つであった改正外為法が成立したが、首相、官房長官、外相ともに、「今発動すべき時期ではない」趣旨の発言を直ちに表明し、公布後の今も発動に当っての総合的な検討がなされていない。国内有事体制については、政府は平成16年2月24日、国民保護法案要綱を決定し、有事関連6法案も公表したが、今国会で成立するか微妙な情勢となっている。それだけでなく、有事においてもっとも重要な集団的自衛権の憲法解釈問題については未だ対応がなされていない。
 
各省庁を統合した総合戦略なしに制裁はできない
 現在、拉致問題について関係省庁にわたる専門幹事会が内閣官房副長官のもとで作られているが、専門スタッフは皆無である。副長官から指示があれば(実際には首相の判断の下で)関係省庁が動くというが、経済制裁を発動するには、どのような制裁を、どのタイミングで発動すれば最も効果的かを検討し、副長官を補佐する専門組織が必要である。「圧力」なくして北朝鮮との「対話」はできないとの認識が国民世論となったが、日本は戦後、一国で他国に「圧力」をかけた経験がない。これだけのことを行うには、副長官に対し助言や提言を行う専門組織が必要なことは、民主国家として当然のことではないか。また、これらの実施に当っては、各省庁の協力が必要となる。関係省庁を統合した総合的な戦略なしには効果的な制裁は難しい。これにより被害を受ける日本の関係業者等への保証措置などの検討も必要となる。
 
 改正外為法の成立でようやく制裁カードが一枚できたが、これは決して単純な一枚のカードではなく、この一枚のカードで数次にわたる制裁ができる。例えば、禁輸指定品目をどう選ぶかで段階的な制裁が可能になる。最初の規制品目として、高級食材を初めとする金王朝の御用達品や贅沢品はすぐにでも禁止すべき品目である。特に、日本が制裁を発動したことを短時日で金正日に知らせるには、これらの品目が一番効果的だ。いずれは中国品等に代替されるとしても大きな心理的効果がある。さらには、金正日政権を支える北朝鮮軍の輸送は大半が日本製トラックでその部品は今も毎年日本から輸出されている。ミサイルや核兵器の部品も大半が日本製と言われる。これらを禁輸品目に指定すれば北朝鮮軍は著しく弱体化する。特定品目の禁輸指定は、現行法の運用によっては不可能だ。外国為替及び外国貿易法による制裁品目として指定されて初めて実施が可能となる。
 
 制裁に対しては北朝鮮による過激な脅迫が予想される。この脅迫に関して国民の不安を解消するための心理的対策の研究も必要である。特に、制裁実施は、両国間の緊張状態を高めることになる。この緊張状態に耐えて制裁を行わない限り、被害者の救出は不可能である。それだけでなく主権や人権が冒される場合、日本は毅然と対応する国だという印象を与えることこそが、新たな犯罪を未然に防止することになる。最初の拉致事件でこの毅然とした態度を示せなかったから、その後100人にも昇る被害者を出してしまったのである。そこで、制裁には脅迫される可能性があること、しかし制裁しなければ核武装の完成等もっと大きなリスクがあることを国民に説明し、その上で制裁に支持を取り付けることが必要となる。これらの研究を専門組織が早急に行い、制裁を実施できる体制を作る必要がある。
 
 さらに、制裁の目的は拉致被害者救出にあるが、その被害者たちが北朝鮮で今どのような状況にあるかの情報収集はまったく進んでいない。これこそ最も緊急の課題である。相手が閉鎖国家とはいえ、可能な限りの努力を行うべきだ。また、制裁の実施に当っては、緊急時に対応するために、専門組織が訓練を重ねておくことも重要である。自然災害であれ、原発事故や大規模感染症への対応、生物・化学兵器への対応でも、日頃の訓練がなければ緊急時に対応が難しい。そのために、平時こそ、対応マニュアルを作り、意思決定のあり方、指揮命令のあり方、マスコミへの対応等を決めておく必要がある。また、危機管理はマニュアル通りに対応できないことが多く、それだけに平時の訓練が必要となる。さらに、どの官庁がどの役割を担当するかも事前に定め、訓練を重ねておくべきであろう。
 
 制裁を実施するには以上のことを検討する必要がある。また、制裁は各省庁が別々に行えばすむ事柄ではない。各省庁を統合した総合戦略なしに制裁は実施できないのである。日本人の人権、日本の主権が侵された場合には、随時、短期集中型の専門組織が組織される仕組みを作っておき、危機管理を行わねばならない。これは日本が近代的国民国家たりえているのかが問われることであり、日本が主権と人権を守りつつ生存しようとするならば避けて通れない課題でもある。政府は、安易な期待を前提に時間を過ごすことなく、勇気をもってこれらの問題に正面から立ち向かい、拉致被害者を救出しなければならない。
 
 集団的自衛権の憲法解釈問題についても一言触れておきたい。
 我々は前回の提言で、日米同盟強化こそが北朝鮮の暴発カードへの対抗策となると主張した。これは北朝鮮の脅迫外交にも極めて有効な対抗措置となる。テロに対しては、数百倍の報復を覚悟せよとの日米の強い意志を示すことが最も有効かつ平和的なテロ対抗策である。そのためにも集団的自衛権の行使を可能とする憲法解釈の正常化を早急に実現すべきである。
 
 北朝鮮が、「制裁は宣戦布告とみなす」等の脅迫を行った場合、国民心理を支える最も有効な方法は、日米関係の強化である。現在日本は、日米安保条約に防衛を依存しながら、米軍との共同行動において実効性の確保ができていない。それは、集団的自衛権の憲法解釈問題があるからである。これまでの政府の解釈では、日本は集団的自衛権という「権利を保有するが行使はできない」とされてきた。北朝鮮から米軍への攻撃があっても近くにいる自衛隊が何の協力もしないということでは、米軍が日本を同盟国として本当に信頼するだろうか。
 
 集団的自衛権の憲法解釈問題が現状のままでは、そもそも有事への対応など考えられない。憲法解釈の変更は政府が決断すればできることだ。これで日米同盟が非常に強化され、逆に北朝鮮の脅迫は迫力がないものとなる。北朝鮮は日本を脅迫するに当って、米軍も含めた数百倍の反撃を予想せざるをえなくなる。これが国民心理を安心させる最も重要な支えとなる。平成16年3月17日に「読売新聞」が公表した、全衆院議員に対する基本政策に関するアンケート調査では、回答した議員の83%が憲法改正に賛成し、9条の改正の是非は70%が賛成している。今こそ、時勢に合わない解釈を政府が勇気をもって変更すべき時である。憲法や法律は国民の人権と国家の主権を守るためにある。今こそ、世論に遅れた仕組みの改善を急ぎ、その上で北朝鮮が誠実な対応を見せない場合は、政府は経済制裁を断行すべきである。
 
北朝鮮産品不買運動で飢餓輸出を防げ
 最後に、北朝鮮の非道・違法行為に対し、民間による経済制裁を行うべきことについて述べたい。
 一般に、わが子をさらって返そうともしない隣家と人・者・金の交流を絶つのは消極的対応ではあるが自然の人情であろう。人さらいに米を支援するということがどんなに異常なことかも明白である。これは隣家でも隣国でも同じことだ。このような非道に対し、怒りを持たない方がおかしい。我々は、日本人の怒りの意思を、北朝鮮産品の不買運動で表すべきだ。人さらいと商売は別という日本人の行為が北朝鮮に甘く見られ、また見て見ぬふりを続けた結果、一人の拉致が百人の拉致にまでなったことを反省し、民間でもできる経済制裁を行うべきである。北朝鮮産品による外貨が、金正日ファミリーの贅沢品や北朝鮮の武装強化に役立っているとすればなおさらではないか。
 
 なお、北朝鮮から輸出される貝類は、飢えた子どもたちが海で採ったものであるが、彼らはその貝類を食べることはできない。これは典型的な飢餓輸出である。金正日は北朝鮮の子どもたちを動員してアサリやハマグリなどを採取させ、それを外貨獲得のために全量輸出している。飢餓輸出に加えて児童労働の強制であり、その製品を輸入することは児童労働禁止条約に反する。
 
 近海漁業も貧しい漁民が収穫したものであるが、これも不当な対価で輸出用に収奪されている。植物性蛋白の供給がままならない中で、動物性蛋白まで収奪されているのである。これにより北朝鮮国民、とりわけ子供たちの貴重な蛋白源が失われる。かつては裂いた棒鱈をポケットに詰めてチューインガム替わりにしていたが、70年代以降はそんな光景も消えてしまった。日本政府は北朝鮮の子どもたちの栄養失調(とくに蛋白質不足が深刻)を改善するためにも北朝鮮からの魚介類輸入は全面停止すべきである。
 
 北朝鮮からは稲藁も輸入されている。北朝鮮の痩せたたんぼには、肥料の素になる有機物が必要だ。化学肥料が少なく、またそのほとんどすべてを韓国からの輸入に頼っている北朝鮮であるのに、土に戻すべき稲藁が輸出に利用されている。これも典型的な飢餓輸出である。日本人はこのようなことに無関心でいいのであろうか。我々は飢餓輸出を受け入れるべきではない。そして、経済制裁は北朝鮮の人民に有利であると知るべきである。
 
 日本が経済制裁を実施しても、北朝鮮が貿易相手国を中国・韓国にシフトすれば意味がないという意見もあるが、それは品目による。日本でしか輸入できない製品が多いからである。これが北朝鮮に対する「圧力」となる。既に述べたように、北朝鮮軍を支える大半の部品は日本製で、容易には代替がきかない。従って制裁効率が高い。しかし、飢餓輸出に関しては、制裁効率の問題ではない。人道上の問題として飢餓輸出を受け入れるべきではないのである。そのために日本の業者が損害を受けるなら、別の問題として対応すべきではないか。
(平田隆太郎)







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