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 彼らは基礎的なことを研究しております。粒子加速器、物質を加速させる機械がありますね、こういう機器で勉強しています。こういう機器は北朝鮮にもありますが、彼らはその機械を稼働させるために、当研究所から支援、協力が欲しいと言っています。
 一人は、放射能がいろんな物質にどのように影響を与えるか、ということを研究しています。特に物質の性格と物質の本質を、放射能を使ってどのように変えることができるかということを研究しています。もう一つは、物質のディテクターをやっています。そういう研究をしています。
惠谷 ここで研究して、北朝鮮に帰ったら当然金正日の命令で、おまえは核兵器をつくれと言われるわけです。ですから、私もここで核兵器の研究をしているとは全く思っていません。
ボゴリュボフ 本当にその通りです。これで、最初の1、2、3番の質問に答えたと思います。
惠谷 もう一つ。可能であれば、具体的に何年に何人という統計、1956年に3人、57年に何人というような統計はありませんか。
ボゴリュボフ 具体的な数字は分からないんですけれども、もちろんどこかで見つかると思います。しかし、大体何人かは分かります。北朝鮮が参加したのは1956年からではありません。58年に初めて研究に参加するようになり、ふだんは3人から5人が研究していました。一人の研究期間は、3年から4年間ぐらいです。だから初めから全部で40人か、多くても50人ぐらいです。
惠谷 研究がうまくいくと、ここで博士号とか修士号とかが取れますね。
ボゴリュボフ ご存知のように、ロシアには博士号が二段階になっています。北朝鮮からは15人が準博士を取りました。完全な博士号は誰も取れませんでした。ロシアの博士号は一番水準の高い学者ですから、一人も取れなかったんです。
惠谷 他国の留学生は取れた? ということは、北朝鮮の人材のレベルが低いということですか。
ボゴリュボフ もちろんそうです。すごく低い。2、3の例を申し上げます。ベトナムにも科学アカデミーがありますけれども、グエン・バン・ヒューが今、アカデミー総裁をしています。彼は大学を卒業してから、すぐこのドゥブナ研究所に来ました。ここで準博士号とその次の博士号を取りました。そして、ここで教授にもなりました。また、ロシア科学アカデミーの外国人会員になりました。帰国すると、ベトナム科学アカデミーの総裁になり、彼は今、ベトナムのすべての科学、学問をコントロールしています。
 また、ジョウ・グアン・ジャウという教授が、今、中国で働いているんですけれども、彼も実際にゼロからドゥブナ研究所で研究を始めました。中国に帰ったときに、彼は中国科学アカデミーの会長になりました。今は科学技術組織連盟の会長か、そのようなとても高い地位を占めていると思います。中国では有名な人で、彼についてはどこでも書いてあります。
 三つ目の例は、グルジアの科学アカデミー総裁は、大学を卒業してすぐ当研究所に入って、ゼロから自分の研究のキャリアを始めています。今はグルジア共和国の科学アカデミー総裁です。
惠谷 名前は何というのですか。
ボゴリュボフ タッフェリゼ・アルベルト・ニキフォロヴィチ。こういう例をごらんになると、当研究所は若い学者を育てる能力を持っていることがお分かりになるでしょう。しかし、北朝鮮の若い学者はあまりいい教育制度がなかったためか、本当に水準は高くありません。一番高い水準、地位というと、準博士号だけです。
惠谷 分かりました。キム・ヒミンという人物が、ここに留学していたと聞いているのですが。
ボゴリュボフ そうかもしれませんが、名前は知りません。北朝鮮の学者の名前はよく覚えていません。特別に興味がありましたら、後で人事課に行って聞くかもしれません[結果的には名前は教えてもらえなかった]。
惠谷 彼はここで勉強して、優秀だったので、北朝鮮に帰ると彼が中心となって核開発をした、と言われているんですが。
ボゴリュボフ そうかもしれません。
惠谷 彼のレベルがどの程度だったのか、もし可能だったら知りたいと思っているのですが。
ボゴリュボフ 彼を知らないので、どのぐらいの水準だったかは分かりません。私は基礎物理学が専門ですが、北朝鮮の学者はみんな基礎物理学ではなくて、実験物理学でした。もちろん、ある人は知っていますけれども、ご存知のように、当研究所で働いている人は6千人です。だからみんなを覚えることが難しいのです。
 もう一つ、北朝鮮の学者については、こういう問題が初めからありました。みんなあまりロシア人とコミュニケーションがなかったんです。みんなはグループで散歩するなど、ロシア人とつき合ってなかったんです。また、彼らが会った人物は彼らの学部長クラスだけです。彼らの研究指導者とは話していたんですけれども、ほかの人とはつき合いがなかったんです。北朝鮮の学者だけの特徴でした。多分、北朝鮮当局からの指令があって、その通りにやっていたのではないでしょうか。北朝鮮の学者を覚えている人は、多分彼らの監督とか、学問のリーダーだけでしょう。その隣で一緒に研究していた人も覚えているかもしれませんが、そのほかの人は全然知らないですよ、つき合ってなかったのですから。
惠谷 研究所の6千人のうち、留学生は何人いるんでしょうか。
ボゴリュボフ 6千人というのは、職員とか事務員など働いている人全員です。そのうち研究員は約2千人です。2千人の研究員のうち、当研究所の外国人会員としてやっている人は2百人ぐらいです。ソビエト時代と比較すると、もちろん人数は少し減ってきました。特に旧社会主義の国々もいろんな経済問題がありましたので、人数は減っています。
惠谷 ソ連時代の多いときで、外国人留学生は何人ぐらいだったのでしょうか。
ボゴリュボフ 今、2百人と言いましたが、これはふだんここに住んで研究していている人です。実際、一時的に来て研究して帰る人も多いのです。2百人以外に一年間に千人ぐらい来ます。これは一時的です。特に今はドイツからは研究員がたくさん来ます。イタリア、フランス、米国からも。
惠谷 もう一度北朝鮮の話に戻りますけど、彼(キム・ヒミン)がいたときに、スミルノフという実験物理学の教授から習ったというんですが。
ボゴリュボフ もちろん実験物理学でしょう。北朝鮮の学者の間には、基礎物理学の研究員は一人もいなかったので。
惠谷 そのスミルノフ教授というのはご存じないですか。
ボゴリュボフ どの専門で、どこに勤めているのですか。
惠谷 ただスミルノフという名前しか分からないので、逆に私のほうから聞きたいんですが、分かりませんか。
ボゴリュボフ スミルノフという名前は、どんな研究所にも何人もいます。
惠谷 それともう一つ。先ほどの博士号についてですが、日本の新聞で、ドゥブナ研究所の発表によれば10人前後の北朝鮮の学者が毎年来ていて、留学生のうち25人が修士課程、2人が博士号を取得していると伝えられているのですが、これは間違いですか。
ボゴリュボフ 博士号をもらった北朝鮮人を一人も知りません。もちろん興味がありましたら探しますけど。しかし、全然聞いていないです。どこか図書館とかなどに、この名前を書いているかもしれません。しかし私の考えでは、博士号をもらった朝鮮人は一人もいなかったはずです。
惠谷 もし可能であれば、毎年何人来ているか名前のリストなどが欲しいんですが。いろいろ問題があるかもわかりませんが、何人来てというデータをきちんとしておきたいのです、ジャーナリストとして・・・。
ボゴリュボフ そういう意味でも、名前だけではそんなにおもしろくないでしょう。惠谷さんが興味を持っているのは、具体的にどういうことですか。
惠谷 まず事実関係を確認したいのです。この3人から5人、ないしは40人から50人というデータを、過去には53人いたとか、そのような具体的な数字が欲しいのです。
ボゴリュボフ 私は1965年から当研究所に勤めていますけども、博士号をもらった朝鮮人について、一度も聞いていません。96年から私は国際関係担当副局長をしています。96年までは純粋に科学研究だけでやってきました。だから私の記憶に全部入っていると思うのですが。
 最後の二つの質問について言えば、北朝鮮の専門家の水準ですね、優秀な学者は一人もいなかった。そのように答えましょう。水準はミドルクラス。
 最後の質問については、当研究所には核兵器の専門家は一人もいないので、本当にどのぐらいの水準なのか。大ざっぱに言うと、プリミティブな核爆弾をつくるのにも、優れた工業が必要です。発展した工業が。北朝鮮にはウランは多くあります。しかし、ウランだけで核爆弾、原子爆弾をつくることはできません。もちろん、ウランを地下から掘ってきて、原子力発電所のためにウランから核燃料棒をつくることはできます。もちろん、ご存じのように原子力発電所は運転中に原子爆弾で使えるプルトニウムもつくります。しかし、プルトニウムができて、原子爆弾にするには、強大な経済、工業が必要です。現在、世界ではいろんなものが販売されており、どこかからプルトニウムを買うことができるかもしれません。しかし、これだけで爆弾はつくれません。原子爆弾をつくるためには、先端技術が必要です、非常に細かい技術が。私は専門家ではないですけれども、北朝鮮にはそのような技術はまだないと思います。
惠谷 つまり、北朝鮮は核武装していないと。
ボゴリュボフ 本当に目標を破壊できる原子爆弾を、北朝鮮は持ってないと思います。もちろん、爆発させる爆弾をつくることはできますけれども、しかし、その原爆は広島と長崎のようなものでもないでしょう。もっともっと低レベルの、本当の原子爆弾ではなく、チェルノブイリ事故のような爆発を起こすものです。これは原爆ではないです。爆発は爆発ですけれども、原子爆弾の爆発ではありません。
惠谷 英語でダーティ・ボムというものですか。
ボゴリュボフ 爆発すると、放射能廃棄物ですべての環境を汚染するダーティ・ボムです。ダーティ・ボムは誰でもつくることができます。また、特に十分な量の濃縮ウランを手に入れると、原爆は誰でもできます。ウラン爆弾をつくるには技術的な問題はありません、簡単です。
惠谷 分かりました。お話を聞いて一番興味深いのは、北朝鮮留学生のレベルが低いという話でした。これはちょっと驚きです。ありがとうございました。







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