産経新聞が、平成16年3月4日に行った世論調査では、「拉致問題で進展がなければ、北朝鮮に経済制裁を発動すべきと思うか」で、思うが80.8% 、思わないが12.8% となった。
時間稼ぎだけで誠実に対応しようとしない北朝鮮に対し、もはや日本の世論の大多数は制裁支持となり、衆参両院の大多数の議員も制裁支持となった。しかし、国のしくみの改善は遅れをとったままなのである。政府は、早急に専門組織を整備しなければならない。
なお、経済制裁に関する国民世論は大多数が制裁支持となったが、まだ一部に反論もある。第1は「あくまで対話で平和的な解決を」という主張で、第2は、「制裁しても効果がない」というものである。これに簡単に反論しておきたい。第1については反論する必要もないほど国民が客観的事実に基づいて判断できるようになったと言えよう。これまでに、米などの支援を行い、対話の機会を作ったことはあったが、北朝鮮側には拉致問題を解決する意思はまったくなかった。拉致問題を持ち出すと、そんな問題はないと一蹴されるか、席を立たれるという情けない外交しかできなかった。国家犯罪を犯しておきながら、北朝鮮は話し合いで解決できる相手ではないことを国民はよく知るようになった。未だにそれを主張する論者がいてももはや国民は耳を貸さないと思われる。脅迫を真に受けて、あくまで平和的解決をという主張は、拉致被害者はどうなってもいいということになる。平和的解決ができるものならその方がいいに決まっているが、それができないことを、そして1人の被害者を助けられなければ、いつかは自分の問題になるということも理解が広がった。他人事ではないと多くの国民が思うようになってきた。
経済制裁というのは、国家犯罪に対し、人、物、金の交流を断つというもので、軍事制裁と違って消極的な制裁にすぎない。それが困るのなら話合いで解決をという平和的解決の外交手法なのである。ODAを出すしか外交カードがないという国が甘く見られるのは当然である。毅然とした対応こそが平和的解決をもたらすということを国民が理解し、支持を与えたのである。
次に、「効果がない」という主張は、中国などからいずれ資金も物資も輸入できるから単独制裁は効果がないという主張が主なものである。しかし、金正日政権の贅沢品はともあれ、北朝鮮軍は日本製の製品、部品で成り立っており、外国製では応用がきかない。これだけでも大打撃である。だからこそ今年2月に2度も日朝協議に応じ、制裁を回避し、新たな法案成立を阻止しようとしたのである。さらに、船舶入港拒否や北朝鮮の国会議員の再入国許可を出さないというのも大きな影響を与える。日本は北朝鮮の第2の貿易相手国であり、その国が毅然として貿易を拒否したということの影響は、実質的にも、心理的にも、そして国際的にも大きいものがある。加えて、外務省は初めて、外交カードを持つことで、外交の選択肢を広げることができるようになった。犯罪を未然に防止するためにも制裁カードは効果的なのである。
まず現行法の厳格な適用を
さて、北朝鮮は、平成14年10月のクアラルンプールにおける日朝国交正常化交渉以来まったく交渉に応じなくなった。それから1年半振りに日朝の政府間協議が2月に2度行われた。平成16年2月、北朝鮮は、日本で経済制裁案が通過すると見て直ちに、日朝交渉を申入れ、平壌で政府間協議が行われた。2つ目は2月26日に開始された六者協議の際、日朝協議が2回行われたことである。2度も協議が行われた背景には米国の圧力があるが、協議再開の直接的な動機は、日本側の改定外為法の成立への対応、つまり日本から北朝鮮への「圧力」の効果があったからで、「圧力」によって初めて北朝鮮が「対話」に動いた。北朝鮮の狙いは、さらなる制裁法の制定と制裁実施の回避と見られる。
政府間協議では、北朝鮮は、「日本政府が5人の被害者を2週間で北朝鮮に戻すという約束を破ったため解決の動きが止まった」、「約束通り5人が一度北朝鮮に戻り、家族と北朝鮮で会って意思を確認した後なら5人と家族を日本に帰国させる」など、従来の主張を繰り返し、協議継続を確認するにとどまった。その理由は、対話のポーズを利用した時間稼ぎでしかなかったからだと思われる。北朝鮮は、5人の家族8人を返す以上のことは絶対にできない。それは、「死亡」とされた被害者を返すわけにはいかないという理由よりも、返せば、拉致は「一部の英雄主義者や妄動主義者」がやったことではなく、金正日本人の指令であったことが明らかになってしまうこと、また北朝鮮の対日工作の全貌が明らかになってしまうからだ。「5人の家族8人の帰国で幕引き」を越えた決断は、金正日しかできず、対日交渉責任者には絶対に許されないことだ。それだけに、今後さらに「圧力」カードを整備しない限り拉致問題が解決しないことも明白になった。北朝鮮が絶対に譲れない条件を突破するには、さらに制裁カードを増やし、また制裁を実施するしかない。
現在、船舶の入港に当っての検査が厳しくなり、平成15年の北朝鮮との貿易量は、前年の3割以上減っている。他の要素もあろうが、今までの検査が非常に甘かった面があるようだ。船舶の入港数も1415隻から1007隻へと約3割減。京都・舞鶴、北海道・小樽などが軒並み減っている中で、鳥取・境港だけが332隻から409隻へと増えている。国土交通省の船舶検査の運用が厳格化した面がある一方で、現行法の適用に港によって差があるため、北朝鮮がそれに対応して入港先を変更したものと思われる。従って、各地の検査状況の確認を踏まえ、現行法内でどのような規制が可能か、それをいつどのように実施するかについての研究も必要となる。
わが国は、平成14年に「キャッチ・オール規制」を導入した。核兵器やミサイル等の軍事開発に転用可能な製品は、輸出先や最終用途を確認した上で経産相の輸出許可を得なければならなくなった。また、輸入品の検査は従来のサンプル検査から、すべてを1つずつX線装置に通す検査に変わった。貿易額が3割減となった背景にはキャッチ・オール規制の導入もある。民生品といえども、防衛上利敵行為になるような品目は厳しく規制すべきである。
なお、政府は、平成15年12月8日、大量破壊兵器の拡散防止のため、特に北朝鮮向けを念頭に輸出規制を強化する方針を明らかにした。これは平成15年4月に、ジャイロスコープやチタン合金など30品目を公表したが、この品目を大幅に増やすということである。現在のところ、輸出企業自身が経産省の許可が必要かどうか判断しているが、その際、懸念品目を参照するという仕組みである。現行法の厳格な摘要については、北朝鮮の覚醒剤等も対象となる。
平成16年3月に報道された米国務省報告によると、麻薬・覚醒剤は朝鮮労働党直轄の事業であるという。また、1992年に金正日が自らケシ栽培を「ペクトラジ(白キキョウ)事業」と名づけたという。さらに、韓国の国家情報院が1999年に公表した資料を引用し、密輸の規模は1億ドルで日本が最大の市場となっており、年間10〜20トンが輸出されていると報告している。つまり金正日が命令して国家犯罪を堂々と行っているのである。ケシを栽培してヘロインを精製し、覚醒剤などが製造されるが、北朝鮮製はその純度が極めて高いと言われている。なお、金正日直属の朝鮮労働党3号庁舎の中の作戦部が覚醒剤等を担当しているが、この工作機関こそ日本人拉致を行った部署でもある。また、覚醒剤等の3大工場の1つとみられる青水化学工場は、日本の「日窒燃料工業」が1943年、カーバイド工場として操業を始めた工場が前身となっている。
さて、平成9年、北朝鮮の貨物船「チソン2号」が宮崎県細島港に入港し、積荷の蜂蜜に仕込んだ覚醒剤約60キロ(末端価格約100億円)が摘発されたことがあった。しかし、警察はこの覚醒剤を中国製として決着させた。北朝鮮の薬物は中国の朝鮮族を経由するルートが最大のルートとされる。当然、中国人マフィアが介在していると思われる。北朝鮮への政治的配慮があったと言われたが、今後は厳格な取り締りが必要である。なお、平成15年には、覚醒剤の末端価格が急騰したという。これは平成14年末に、北朝鮮の薬物製造工場と見られる羅南工場で火災が発生し生産が減少したためなのか、日本の規制が厳しくなったためかは不明であるが、規制を行えばそれだけの効果があがることは次の報告を見ても理解できる。
海上保安庁が、平成16年1月9日、平成15年の密輸・密航事件の取り締まり状況を報告した。これによると、海保が取り締まりにかかわって押収した覚せい剤の量は1.9キロと、前年の0.5%に激減したという。押収量の約4割が北朝鮮からのもので、海保は平成15年に北朝鮮籍のすべての船に立ち入り検査するなど監視を強めたことなどが原因とみている。なお、平成14年に押収された覚せい剤は387.9キロで、約4割が北朝鮮製だった。
平成14年10月、訪朝したアメリカのケリー国務次官補は、北朝鮮に覚醒剤、偽札の製造中止を要求した。北朝鮮では、偽札製造も国家事業となっているようだ。偽札はドルだけではなく、円も含まれ、数千億円相当が国内で流通していると言われる。これは「経済テロ」である。
日本がこのような北朝鮮の国家犯罪を現行法を用いて厳格に阻止すべきは当然である。現行法規の厳格な適用については、昨年以下の提案を行ったので改めて確認したい。(1)在日経済組織や万景峰号などを使った違法資金の不正送金阻止、(2)軍備増強物資・資財輸出の厳格な監視、(3)工作船・工作員の不法上陸阻止、(4)覚醒剤・偽札密輸阻止など。これらのことをさらに徹底させることが急務である。
国は主権と人権を守る専門組織作りを急げ
次に、日本が制裁を実際に実施する場合の様々な留意点について述べたい。
制裁の具体的な検討について、細田博之・内閣官房副長官は、平成16年3月17日、「家族会」、「救う会」との情報交換の席で、「4月までに誠実な対応がなければ制裁も検討」との趣旨の次の発言を行った。
・改正外為法は90何%の賛成で衆参両院を通過した。これが国会の意思だ。総理は、「平和裡に解決したい」と言っているだけで、「制裁をしない」とは言っていない。また、世論に反したことは政府もできない。
・被害者5人が帰国してから1年半の間と、日朝交渉が始まった今とでは、全く違う。我々は制裁を用意し、日朝交渉をやり、六者協議をやった。この返事は次の協議で分かる。今、交渉のピークを迎えようとしている。我々はそんなに待てない。4月いっぱいなしのつぶてなら、国家を侮辱していることになる。4、5月に交渉があったとしても、同じことしか言わないのであれば、なめられたことになる。
・制裁は、最後の詰めの段階に入っている。
以上は、何らかの準備があっての発言とは思えないが、世論に応える必要を感じていることは確かであろう。
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