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平成15年に国民意識が大きく変化
 平成15年後半には、「家族会」、「救う会」は「被害者全員を返せ」という運動方針から、「経済制裁」を求める運動方針に変えた。その根底には、政府が「圧力」の手段を持たないで「対話」をしても、解決しないとの判断があった。戦後の日本は、国際社会の善意を信じ、国家犯罪を想定せず、解決のための制裁手段を持たないという例外的な国家だった。「家族会」、「救う会」の訴えは、国際社会とともに非難したり制裁するというのではなく、「一国で」制裁可能なカードを持つべきということだった。
 そこで、「家族会」、「救う会」は外国為替及び外国貿易法改正と特定船舶入港制限新法制定を求める多様な国民運動を開始するとともに、総選挙に立候補した全候補者へのアンケート調査も実施した。その結果、当選者だけの結果を見ても回答率85%とこの種の調査にしては異例に高いものとなった。これは、国民世論の反映と言えるだろう。さらに、外国為替・外国貿易法改正では81%、特定船舶入港制限新法制定では76%もの高い支持を得た。
 一国で犯罪国家を制裁するという戦後初めての設問に対し、これだけの高い支持があったというのは、拉致問題をめぐる国民意識の変化を受けてのことであることは間違いないだろう。このような結果を見て、各政党にも変化が生まれ、自民、民主、公明の各党に拉致問題に対応する組織が作られ、さらに平成16年2月9日には、改正外国為替及び外国貿易法が衆3両院を通過した。衆議院では社民党も賛成に回った。
 5人の帰国から改正外為法成立までの1年半の間実施された意識調査の事例を以下に紹介したい。
 平成14年12月21日、内閣府がまとめた「外交に関する世論調査」によると、「北朝鮮への関心事項」では、8割以上の人が「日本人拉致問題」をトップに挙げた。調査は小泉純一郎首相の訪朝から約1か月後の10月10−20日の間に行われた。10月15日に拉致被害者5人が帰国した前後だけに、日朝関係改善への期待が高まった面もあった。国交正常化に関する回答は「賛成」23.1%、「どちらかといえば賛成」43%。「反対」は8%、「どちらかといえば反対」が17.9%だった。このように、北朝鮮への関心や期待がふくらんだ時期もあり、国民意識は、一進一退の変化を続けながら、関心が高まった拉致問題の解決が一向に見えてこないことから次第に北朝鮮への失望、そして怒りに変わっていったと思われる。以上の変化を見ると、平成15年は、日本人の国民意識が急速に変化した歴史的な分岐点になったのではないかと思われる。
 北朝鮮は平成15年末まで、まだ対日工作に余地があると見て、さまざまな謀略をしかけてきた。日本人または元在日のいかがわしい政治ブローカーに帰国した5人の家族の写真を持ち帰らせ、5人の被害者家族と他の家族を分断しようとした。日本が5人の家族のみの幕引きを受け入れ国交正常化に応じていたら、日米同盟の分断にも発展する可能性もあった。また、これも政治ブローカーが介在して、「議連」・「救う会」の役員と12月20日、21日に北京で秘密接触を行った。接触に応じた理由は、「死亡」、「未入国」と伝えられた10人に関する情報が得られるとの期待があったからであるが、その期待は裏切られた。これも、帰国した5人の家族8人を返すことで拉致問題を幕引きにし、その後の国交正常化、そして経済支援を目論んだものであった。
 これに対し、平成16年1月17日、「家族会」、「救う会」は、政府間協議を行わず、一連の謀略的な働きかけについて、「論評に価しない」と声明した。これは北朝鮮の対日責任者にとって大きな打撃となったであろう。「家族会」の中で、家族の生存が明らかな者と、「死亡」、「未入国」等とされた者との間には微妙な温度差があっても不思議はないが、「家族会」には他の家族の立場を思いやる団結心がある。これが見事に表れた。これらの経過を経て、北朝鮮は政府間協議に応じるしかないと判断するに至ったのであろう。
 日本人の前記のような国民意識の変化は、もちろん平成15年に突然噴出したものではない。長い時間をかけて変化を続けてきた意識が、拉致事件を契機に急速に形を表したということであろう。
 例えば、平成11年1月23日、北朝鮮がテポドンを発射した直後にテレビ朝日が行った電話による日本人意識調査では、88%が「北朝鮮が核兵器を製造中、もしくは持っていると思う」と答え、北朝鮮に対する不信感、不安感が広がっていたことが分かる。また、「日本政府は北朝鮮に食料援助や国交正常化への政策をとってきたが、今後北朝鮮に対する政策をどうすればよいか」の問に、59%が強硬政策に転換すべきと答え、友好政策を続けるは31%と、北朝鮮に厳しい態度が既に示されていた。
 平成11年には「9・11」、アメリカに対する同時多発テロが発生、人間の想像を超えた惨事に世界中の人々が衝撃を受けた。そして、「アメリカ同時多発テロ後の安全に対する11か国意識調査」では、現代社会が、従来よりも安全、安心のレベルが低下しつつあることが世界的に確認された。
 アンケートは、テロが起きてから半年後、平成12年の2月から3月に行われたもので、世界11か国(カナダ、フランス、ドイツ、日本、韓国、アメリカ、イギリス、ブラジル、インド、ロシア、南アフリカ)を対象に実施された。どの国もその国が抱える事情に大きく影響されるため、テロリズムに対する恐怖がすべての国で必ずしも第1位ではなかったが、多くの人が安全と安心に関して不安感を強めていた。
 「日本人は水と安全をただだと思っている」とイザヤ・ベンダサン氏に驚かれたのは30数年も前のことで、その後年を経るにつれ、水も安全がいかに大事なものであったかを実感し始めた。しかし、長期にわたって、対応は「ただ」の時代のままであったことを、今は日本人も反省している。鳥インフルエンザであれ、環境問題であれ、犯罪への対抗措置であれ、安全にはそれなりのコストをかけ、意識して守らねばならない時代となった。
 4年前の平成12年、10月15日、フジテレビの「報道2001」で小此木政夫・慶應義塾大学教授は、「北朝鮮の日本に対する(日本支配時代の)問題意識と、(「拉致疑惑」などの)日本の北朝鮮に対する問題意識が拮抗しているのだから、ここは日本側が先ず北朝鮮に対して頭を下げれば、拉致問題などが解決に動き出す」と述べたという。この時期は、まだ「対話」や「謝罪」が有効とする有識者が多かったのである。しかし、2年後、「拉致疑惑」が「拉致事件」となって人々の意識が大きく変化した。
 なお、同教授は、平成15年7月8日の産経新聞「正論」欄でも「先決は違法行為の取締り等強化」だとし、「北朝鮮側が新しい挑発を試みるまで、われわれは安易に経済制裁を発動すべきでない。それがもたらす重大な事態について明確な警告を発し続け、麻薬・覚醒(かくせい)剤・不正送金・中朝密貿易の取り締まり、脱北者救出、南北協力事業の中断など、さまざまな圧力を段階的かつ共同で強化すればよい」と、述べ、あくまで経済制裁には反対の立場だ。
 「北朝鮮側が新しい挑発を試みるまで」というが、過去に何回もテロを繰り返し、ミサイルも発射し、拉致問題では現在進行形の国家犯罪を犯し続けているのになぜ「新しい挑発」を待たねばならないのかと多くの国民は思うようになった。
 「読売新聞」が、日朝首脳会談直後の、平成14年9月18、19の両日に実施した緊急全国世論調査(電話方式)によると、日本と北朝鮮との国交正常化の前提として、拉致問題の全容解明が必要だと考えている人が91%に上った。さらに国交正常化を急ぐべきかどうか聞いた質問でも、「正常化すべきだが急ぐ必要はない」が68%を占めるなど、今後の交渉を慎重に進めるよう求める意見が大勢となった。
 この時期の日本テレビの世論調査では、「拉致問題が解決したとは思わない」が91.8%で、国交回復を急ぐことに否定的な意見が明示された。
 内閣府が、3年ごとに実施してきた「自衛隊・防衛問題に関する世論調査」は、イラク戦争直前の平成15年1月の時点で実施されたものであるが、国民の防衛に関する意識が確実に高まってきていたことを示している。
 調査では、日米安全保障条約は日本の平和と安全に役立っていると思うかとの問に関し、「どちらかといえば役立っている」も含め、73.4%が役立っていると答えた。また、日本の平和と安全の面から関心を持っていることを聞いたところ、「朝鮮半島情勢」をあげた者の割合が74.4%と最も高く、3年前の56.7%から急増していた。日本が戦争に巻き込まれる危険性については、43.2%が「ある」と回答、前回調査を12.7%も上回り過去最高を更新した。さらに、「国を守る気持ちを教育の場で取り上げる必要がある」と答えた者の割合が55.6%と49.9%から急増した。米中枢同時テロがきっかけとなった海上自衛隊のインド洋での対テロ支援など、国際的テロリズムに対応するための自衛隊の活動について初めて調査した結果は、「賛成」が64.8%、「反対」15.0%であった。
 平成16年3月17日に「読売新聞」が公表した、全衆院議員に基本政策に関するアンケート調査では、回答した議員の83%が憲法改正に賛成し、1997年と2002年に行った同様の調査の62%、74%を大きく上回った。憲法改正の是非は、賛成が8割を超えたのに対し、反対は10%にとどまり、97年の33%、2002年の21%から大幅に減少した。戦力不保持などを定めた9条の改正の是非も聞いたところ、賛成が70%で、反対は21%にとどまった。
 平成15年10月に内閣府が実施した、「外交に関する世論調査」では、北朝鮮への関心事項で「日本人拉致問題」を挙げた者の割合が90.1%と最も高く、以下、「核開発問題」66.3%、「ミサイル問題」61.1%、「不審船問題」58.7%であった。前回の調査結果と比較して見ると、「日本人拉致問題」は83.4%から90.1%に、「核開発問題」49.2%から66.3%に、「ミサイル問題」43.7%から61.1%といずれも割合が急増している。
 TBSの系列組織JNNが、改正外為法成立直後の平成15年3月6、7日に実施した、北朝鮮に対する経済制裁を行うべきかどうかの調査では、日本独自の判断で経済制裁を行うべきが36%、しばらく様子を見てから判断すべきが53%で行うべきではないは10%であった。入港禁止法案については、できるだけ早く成立させ、ただちに入港禁止にすべきが37%、法律はつくっていいが入港禁止は様子をみてから判断すべき57%、こうした法律は必要ないは4%であった。
 同日、共同通信が行った調査では、送金、貿易停止などの制裁に踏み切るよう求める人が64%となり、「踏み切るべきではない」の26.3%を大きく上回った。北朝鮮の貨客船「万景峰92」を想定した特定船舶入港禁止法案についても74・2%が今国会での成立を支持した。この時期、北朝鮮が拉致問題解決で誠意ある態度を示さないことから、世論は強硬な外交を望むようになっていた。
 拉致被害者5人が帰国した平成14年には、日朝関係改善への期待が高まった面もあったが、北朝鮮の不誠実な対応に怒り、平成15年の国民意識は、明らかに制裁支持に変化したのである。
 そして、共同通信社が、平成16年3月6、7両日に実施した全国電話世論調査によると、北朝鮮への日本独自の経済制裁を可能にする外為法改正を受け、送金、貿易停止などの制裁に踏み切るよう求める人は64.4%を占め、「踏み切るべきではない」の26.3%を大きく上回った。さらに、北朝鮮の貨客船「万景峰92」を想定した特定船舶入港禁止法案についても74.2%が今国会での成立を支持。拉致被害者家族の帰国問題などをめぐり北朝鮮が前向きな対応を示さない中で、世論が一層の外交圧力を望んでいることが分かった。拉致問題への政府の取り組みについては「評価しない」が58.0%、「評価する」は36.2%だった。







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