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【研究論文3】
アメリカの対北朝鮮戦略と日中韓の対応
−本プロジェクトにおける訪米・訪中・訪韓を通じて−
 
島田洋一(福井県立大学教授)
 
 筆者は、2003年度において、東京財団「朝鮮半島情勢の中長期展望と日本」プロジェクトの1環として、2003年7月に中国(北京・上海)、9月にアメリカ(ワシントンDC)、2004年3月に韓国(ソウル・光州)を訪れた。以下、その際に得られた成果を中心に記述する。
 訪米に関しては、すでに東京財団の政策提言誌『日本人のちから』vol.3(2003年12月)でも触れたところである。まず、訪米について整理しておきたい。
 
本プロジェクトにおける訪米を通じて
 ニューヨーク・ワシントン同時多発テロ事件発生から2周年に当たる9月11日の前後、9月5日から16日(日本時間)までワシントンを訪れ、主に米政府機関や議会方面を中心に回って意見交換した。その内、数日間は、拉致被害者家族会の人々と行動を共にした。
 六者協議にアメリカ代表団メンバーとして参加したジェームズ・ケリー国務次官補(東アジア・太平洋問題担当)、リチャード・ローレス国防次官補代理(東アジア・太平洋問題担当)、マイケル・グリーン・ホワイトハウス国家安全保障会議(NSC)アジア問題部長とも、それぞれ3、40分程度面談した。
 また、金正日を名指しで、「暴虐なゴロツキ国家のリーダー(tyrannical rogue state leader)」、「暴虐な独裁者」などとこき下ろし(2003年7月31日、ソウル・ヒルトンでの講演で)、北から「粗野な人間のくず(rude human scum)」の尊称を付与されたジョン・ボルトン国務次官(軍備管理・国際安全保障担当)ともじっくり話をする機会を得た。なお、ボルトンが上記の発言をソウルで行ったのは、明らかに、対北宥和的な韓国政府への当てつけの意味が含まれていただろう。
 地域担当でなく、大量破壊兵器の拡散防止全般を担当するボルトンが、純粋に民間人4人だけの家族会・救う会訪米団に積極的に会おうと言ってきたのは、拉致問題への強い関心とともに、日米協調が問題解決のカギになる、逆に言えば他の国は当てにならないとの意識に根ざしたものであったと思う。
 在米日本大使館の片上慶1総務公使によれば、ケリー国務次官補のように日本の政治家とはあまり会わない人物や、ボルトン国務次官のようにまず会ったためしがない人物とのアポ取りも、「苦労しなかった。結局、向こうに関心があるということですよ。関心がなければ絶対無理な話です」とのことだった。
 なお、9月6日にワシントン入りし、9日朝、家族会メンバーと入れ替わりの形でメキシコ・カンクン(WTO会議)に発った中川昭一・拉致議連会長(当時、現・経産相)には、ケリーが時間を割いて国務省で会談している。
 中川議員とは、ワシントン在住の政治学者伊藤貫氏を交え、ポトマック河畔のサンドイッチ屋で、アメリカ大統領選挙の行方や北朝鮮問題、ワシントンの政治情勢等に関し、意見交換した。
 一部に、ボルトン、ラムズフェルド国防長官らを「強硬派」、パウエル国務長官らを「穏健派」と位置づけ、その間の“路線対立”を強調する解説もあるようだが、これは木を見て森を見ずのたぐいだろう。何より重要なのは、ブッシュ大統領、チェイニー副大統領という政権のトップ2が、北のレジーム・チェンジを目指すという方向で、早くから腹を固めているという点である。
 そして最上部からの指示に基づき、核・ミサイル・通常兵力配備・人権という4つの柱を立て、そのすべてにおいて満足のいく結果が得られない限り、北に経済支援は行わない、逆に締め付けを強めていく、いわば北に“是正命令”を突きつけ、追い詰めていくという方針が、遅くとも今年初めの段階で、政権全体の合意事項となっていた。そのことは、2003年2月初旬に訪米した際、マイケル・グリーンNSC部長の口から直接聞いたが、第1回六者協議の場での米側発言などを見ても、まさにこの線に沿ったものであった。
 今回話をした時も、グリーンは、日本人拉致を含む人権問題は、はっきり締め付け強化戦略の1環として取り上げていると明言した。
 ちなみに、日本政府の対北朝鮮政策がいまだに腰が定まらないのは、レジーム・チェンジ追求という基本線が確立していないためである。
 六者協議を通じて何となく核問題が話し合いで解決でき、日朝交渉を通じて拉致問題が何となく進展し、そして国交正常化が実現し、「近くて近い」友好関係ができればいいな、といった白昼夢の世界を徘徊している人々が、川口外相はじめまだ政権中枢部に多数いる。嘆かわしい話である。
 川口順子氏や廬武鉉氏らにとっては、六者協議の「成功」、すなわちそこで何らかの合意文ができあがること自体が目的であり、したがってその間、北を刺激するような措置を取ってはならないという話になる。まさに小役人的倒錯の世界である。北朝鮮が公然と核兵器開発を進めている以上、六者協議があろうがなかろうが、そこで何が議題になり、どんなやりとりがあろうが、その間、北に対する締め付けは着実に強めていかねばならない。でなければ、核兵器開発を黙認することになる。
 2003年7月末から8月はじめにかけて日中韓3か国を歴訪した際、ボルトンは次のような発言を行っている。
 北京の経路(Beijing track−多国間協議のこと)で事を進める1方、2つの補完的な経路をわれわれは追求している。1つは、国連安保理を通じた行動で、もう1つの経路は、「拡散防止構想(Proliferation Security Initiative: PSI)」である。・・・多国間協議が効果的に進んでいくなら、その分、安保理における行動の必要は減る。もし、1つの経路で進展が阻まれるなら、他の線で進展が得られねばならない。
 六者協議を「北京の経路」と呼んでいるのは、中国の努力に敬意を表してのことではない。今年初め、北の核拡散防止条約(NPT)脱退宣言に対し、アメリカが国連安保理理事国に非難決議案を諮った際、中国は、逆効果になると難色を示した。それなら中国の責任で別の「効果的」な枠組を用意しろという米側圧力のもと、北京が動かざるを得なくなったという経緯を指してのことである。
 「北京の経路」が停滞するなら(停滞するだろうが)、「やはり安保理で」あるいはPSIの本格実施という圧力に中国も抗しがたくなる。そこにどう、どのタイミングで持っていくかが、今後最大の課題ということになろう。
 PSIは、特に北朝鮮とイランを念頭に、大量破壊兵器の国際取引を海路、空路、陸路において阻止することを目指すものである(現在、14か国が参加。米・日・英・仏・独・伊・豪・スペイン・ポルトガル・ポーランド・オランダ・カナダ・シンガポール・ノルウェー)。2003年9月にオーストラリア沖、10月にスペイン沖で、海上演習を実施している。陸上演習や航空演習もコンピューター・シミュレーションや実演が行われつつある。
 訪米中会談した何人かの米政府高官が、すでに輸入国側に対して抑止効果が現れており、北からのミサイル輸出は顕著な落ち込みを見せていると強調していた。
 ボルトンは、「PSIは機構ではなく、行動(activity)だ」という言い方で、中国などにも実質参加を促している。明示的な「参加国」は15か国ぐらいが機動的に意思決定できる限界という言い方もしている。他の国々は、特に参加表明は必要ない、実質的に協力する姿勢があるかどうかが問題ということである。
 2003年9月23日、ブッシュ大統領は国連総会演説で、安全保障理事会に対し、「すべての国連加盟国に、大量破壊兵器の拡散を犯罪とし、厳格な輸出規制を実施するよう呼びかける」新たな決議を採択するよう求めた。「安保理ルート」でも、北朝鮮やイランという具体名を挙げない形で、すなわちより拒否権が発動されにくい形で、さらに1歩を踏み出したわけである。2004年に入ってからの演説でも、安保理が速やかに決議を通すよう強調している。
 「アメリカ主導」のPSIに抵抗を感じる国も実質的に拡散防止レジームに組み込み、あわせて、PSI自体の法的根拠も1段と強化しようということであろう。
 マイケル・グリーンは、「戦略物資の違法輸出を摘発するなど経産省はよくやっている。外務省(同行した大使館幹部)の前で悪いが」と言っていた。実際、次回の六者協議で何が話し合われるかよりも、経産省主導のキャッチ・オール規制がどの程度厳しく適用されるかの方が実際的意味は大きい。また、日本が北への経済的締め上げに動く場合、首相はもちろん、経産相・財務相・国土交通相などがどれだけ強い意志をもって指導力を発揮するかが重要となる。しかし、根本課題は、日本が、明確に北の政体変更を目標と設定し、そこからあらゆる戦略を組み立てる体制を作れるかどうかにある。日本政府の姿勢は、この点まだまだ不十分である。
 2003年9月10日から11日にかけて面会したホワイトハウス国家安全保障会議(NSC)のマイケル・グリーン・アジア問題部長(Director of Asian Affairs)、リチャード・ローレス国防次官補代理(東アジア・太平洋問題担当)、ジェームズ・ケリー国務次官補(東アジア・太平洋問題担当)は、いずれも六者協議のアメリカ代表団メンバーである。
 グリーンは1961年生まれと若く、約5年の滞日経験があり、日本語を相当流暢に操る。1987年から89年にかけて、椎名素夫議員事務所で秘書を務めたこともあり、日本の政界の空気もある程度知っている。
 グリーンは、クリントン政権は北の人権抑圧を黙認したが、ブッシュ政権は戦略としてこれをはっきり取り上げることにしていると語った。日本人拉致を含む人権問題の追及で、金正日1派に対する国際社会の反感、嫌悪感を高めていくことは、対北包囲網の強化を実現していく上で重要だという意味である。
 グリーンは、「作戦」という日本語を使い、「はっきり作戦としてやっているんですよ」という言い方をしたが、ともあれ意識的に人権問題を前面に出すというのは、金正日体制が存続する限り「関係改善」、「国交正常化」するつもりはないとの端的なメッセージでもある。こうした政権側の姿勢、暗黙の勧奨も受け、米国内では、議会や各種人権団体、宗教団体において北の人権抑圧を追及する動きが着実に高まっている。
 人権問題に本格的に火がつけば、“解決策”はレジーム・チェンジ以外になくなる。李英和氏の表現を使えば、「筋に入った」展開となる。クリントン政権が人権問題に目をつぶったのも、要するに、表面を糊塗することイコール外交と心得ていた同政権としては、筋に入る事態を嫌ったためといえた。
 グリーンはまた、国連安保理の制裁決議実現までには時間が掛かるにしても、重要なのは、安保理決議を待つまでもなく、着実に経済的締め付けを強めていくことだとも述べた。その通りだろう。







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