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総論−5. モルヒネのレスキュー
・突発痛(incident pain; breakthrough pain)に対して用いる臨時の鎮痛剤をレスキューという。
・除痛の基本は「徐放性鎮痛薬の定期的服用」+「速効性鎮痛薬の頓服」の2本立てとなる。
・レスキューの使用状況は、痛みの指標(インディケーター)にもなる。
・頻回のレスキュー使用は、ブレークスルー、モルヒネ不応性の痛みなどを示唆する。
・レスキューは定時鎮痛薬の適正量を決定する(タイトレーション)ための手段でもある。
・レスキュー量の合計から鎮痛薬の不足量を予測し、至適投与量を速やかに決定することが出来る。
・レスキュー用の鎮痛薬は即効性で、かつ、半減期の短いものを用いる。
・使用可能な製剤には、即効性モルヒネ製剤、フェンタネストがある。
・オキシコンチンをレスキューとして用いるのは適切ではない。
・立て続けにMSコンチンを服用すると、吐き気、目眩、混乱などの症状が出現することがある。
・突発痛に使用したレスキュー分の翌日への上乗せは、必ずしも必要ではなく、柔軟に対応する。
 
・内服の場合、レスキューには原則として1日量の1/6〜1/10量の即効性モルヒネ製剤を使用する。
・即効性モルヒネ製剤は服用後10分くらいで鎮痛効果が発現する。
・即効性モルヒネ製剤によるレスキューの使用間隔については、2時間 4時間が原則である。
・一方、1時間待ってもなお強い痛みがとれないときは、再度服用可とする場合もある。
・ただし、モルヒネの使用経験を積むまでは、4時間あけるほうが安全である。
・オピオイド療法に習熟したのち、間隔を2時間さらには1時間と短縮するのが望ましい。
・即効性モルヒネ製剤は、内服後約10分で吸収が開始され、その以前の嘔吐時は再度服用とする。
・逆に、服用後30分を経過して嘔吐した場合には、効果にほとんど影響はないと考えて良い。
・注射の場合には、一過性の血中濃度上昇による呼吸抑制に対し、十分注意する必要がある。
・特に睡眠時のレスキューでは呼吸抑制を生じ易くなる。
・持続静注や持続皮下注で、仮に1日量の1/6を頓用として急速に静注した場合、危険である。
・持続静注や持続皮下注のレスキューとしては、1時間分を早送りすることが多い。
 
・アンペック坐剤をレスキューに用いることもある。
・アンペックは投与後30分ほどしてから血中濃度が上昇してくる。
・アンペックの効果が現れるのは、投与後1〜2時間後である。
・患者には「使用後2時間たったら追加可能です」と指導することになる。
 
・レスキュー時に、鎮痛効果が不十分で傾眠が増強する場合、モルヒネが無効である可能性を考える。
・このような場合は、レスキューの追加は行わず、鎮痛方法を再検討する。
 
・在宅終末期医療においては、特に、急変時への対応が重要である。
・急変には、疼痛の増強、呼吸困難、意識障害・錯乱、尿閉、骨折、出血、麻痺・脱力などがある。
・安定した除痛が得られている場合でも、特に夜間、痛みの増強によりパニックになることがある。
・予想される症状、応急処置、連絡法等について、患者・家族に十分に説明しておく必要がある。
・傷みのレスキューが在宅療養を継続できるかどうかを左右することが多い。
・在宅におけるレスキューの意義は、突発痛に対する対処法を患者自身に持たせることにある。
・レスキューにより、突発痛を自力で回避することができ、在宅での不安を抑えることが出来る。
・また、患者自身が治療に主体的に参加しているという意識を持ってもらうことにもなる。
・患者か介護者に、レスキューの使用状況や痛みの程度など“痛み日記”をつけてもらうと良い。
 
【一般的事項】
 
・副作用のためにモルヒネを拒否する場合もあるため、副作用対策を確実に行うことが重要である。
・3大症状は、便秘、嘔気、眠気である。
・重大なものに幻覚・せん妄、呼吸抑制がある。
・その他に、尿閉、掻痒感、発汗、ミオクローヌス、痛覚過敏などがある。
・便秘以外は、通常、2週間以内に消失する。
・副作用の結果、オピオイドの変更(オピオイドローテーション)が必要になる場合もある。
・モルヒネには気管支収縮作用があり、気管支喘息発作中の患者への投与は禁忌である。
・腎機能障害時はM6Gの蓄積により副作用が増強しやすい。
・投与経路により副作用を軽減できる場合もある。
 
 
・モルヒネを長期投与すると、ほとんど全例に便秘が起こる。
・モルヒネによる便秘には耐性が出来ない。
・中枢のμ2受容体が関与しており、静注・皮下注でも発生する。
・経口ではこれに腸管への直接作用が加わるため、さらに症状が強くなる。
・また、モルヒネやオキシコドンでは、肛門括約筋の緊張が高まり、便が排出されにくくなる。
・便秘に対しては緩下剤を必ず予防的に使用する。
・便秘が起こった場合、マッサージなどのケアも重要である。
・緩下剤の例として:
(1)酸化マグネシウム(1.5〜3g/日、2〜3x)
(2)プルセニド(2→10錠/日)
(3)ラキソベロン(10滴〜/日)
から、軟便剤と蠕動刺激剤との組み合わせとして、(1)+(2)、あるいは、(1)+(3)が良く用いられる。
・さらに、消化管蠕動を促進するクエン酸モサプリド(ガスモチン)を追加すると有効なことがある。
・緩下剤は常用量と関係なく、排便が得られるまで使用量を増やす。
・プルゼニドは1日量として1〜2錠ずつ増量していき、1回量が多くなったら分服する。
・ラキソベロンは5滴くらいずつ増量していく。
・緩下薬を2〜3日続けて増量しても排便が無く、直腸診にて便が触知されれば、摘便を行う。
・摘便後も宿便が残っているようであれば、レシカルボン坐薬やテレミンソフト坐薬を使用する。
・坐薬使用後、まだ宿便がとりきれないときにはグリセリン浣腸を行う。
・グリセリン浣腸や下剤で解決しない便秘に対し、微温湯による処置が有効なことがある。
・すぐに反応がなくても、1〜2時間後に排便があることがある。
・頑固な宿便に対しては、オリーブ浣腸を試みる。
・硬便を直腸診で確かめたら、オリーブ油約100mlを直腸内に注入し、一晩かけ便を軟化させる。
・翌日、坐薬、浣腸、摘便を適宜施行する。
・バルコゾル300mgほどを100mlの水に溶いて注腸すると便塊はさらに柔らかくなる。
・摘便を行うときには、前投薬としてホリゾン、ドルミカムなどの使用を考慮する。
・頑固な宿便に対しては、1・2・3浣腸もある。
・レシピはオキシドール20ml+グリセリン/オリーブ油40ml+2%石鹸水/微温湯60mlである。
・但し、直腸粘膜にびらんがある時には適さない。
・腸を動かす目的で、プロスタルモンFの点滴を行うこともあるが、腹痛を伴い易い。
・モルヒネによる難治性便秘に対し、“経口”ナロキソン投与を行う場合もある。
・緩下薬投与中に下痢になった場合は、緩下剤を中止し、普通便になってから再開する。
・軟便剤(浸透圧性緩下剤)にはラクツロースもある。
・ラクツロースは継続投与でより有効である。
・ラクツロース使用時にガスによる腹部膨満を生じる場合、活性炭製剤を考慮する。
・便通はあるが、排便後に爽快感が得られない場合、大柴胡湯が有用なこともある。
 
 
・モルヒネによる嘔気には大きく3つの機序がある。
(1)第四脳室にある化学受容器(CTZ)を直接刺激し、その刺激が嘔吐中枢(VC)に伝わる。
(2)前庭器官を介してCTZを間接的に刺激し、VCに伝達される。
(3)消化管や肝の神経終末由来の刺激がVCに伝わる。
・抗癌剤による嘔気・嘔吐(予測性嘔吐)では、大脳皮質からVCに至る経路も関与する。
・高カルシウム血症は除外する。
・嘔気については、多くの場合2週間以内に耐性が生じ、症状は消失していく。
・モルヒネ投与開始と同時に制吐薬(ノバミン)を併用する。
 
・モルヒネによる嘔気発生の機序にしたがって、以下のような処方を考慮する。
(1)嘔気の出現時期がモルヒネの血中濃度上昇と重なっている場合:CTZの直接刺激を考える。
(モルヒネ水:30分〜1時間、アンペック:1〜2時間、MSコンチン:2〜4時間)
・ドパミンD2レセプター拮抗薬(ノバミン、セレネース、ドロレプタン等)を使用する。
・これらの薬剤はモルヒネによる低血圧や鎮静を悪化させることがあるので注意する。
・投与回数を増やし1回量を減量することによりCmaxの低下させることも考慮する。
(2)体動時に生じる場合:前庭器官を介する嘔気の可能性を考える。
・抗ヒスタミン剤(トラベルミン、ドラマミン等)を使用する。
(3)食事時あるいは食後に生じる場合:胃からの刺激が原因と考えられる。
・消化管運動促進薬(ナウゼリン、プリンペラン等)を使用する。
・プリンペランの持続皮下注を行うこともある。
・モルヒネの血中濃度上昇時期と食事の時間をずらすように工夫する。
・(1)〜(3)のいずれでも効果が不十分な場合、ステロイド(リンデロン坐剤など)が効く場合もある。
・カイトリルなどの5-HT3受容体拮抗薬の効果については意見が別れる。
・健胃消化剤や制酸剤などが嘔気の抑制に役立つこともある。
・作用機序の異なる制吐剤を併用すると効果が増強する。
・どうしても嘔気がとれない場合、モルヒネ不耐性も考慮し、他のオピオイドヘの変更を検討する。
・投与経路の変更も有効な場合がある。
・適応があれば硬膜外鎮痛法に切り替える。
 
・嘔気に対するケアとして次のような工夫をする。
・消化のよい食事を提供する。
・匂いや刺激の強い食物は避ける。
・口腔内を清浄に保つ。
・1回の食事量を減らし、食事回数を増やす。
・音楽などを用いて、精神的な緊張を取ると同時に、注意を分散させる。
 
 
・モルヒネの副作用としての眠気の発生頻度は約2割である。
・眠気に対する耐性は早期に出現し、3〜5日間で軽減、消失することが多い。
・眠気は一般に投与量と相関するが、少量でも見られることがある。
・モルヒネ開始・増量時に、痛みが緩和され、その結果よく眠れることがある。
・原因として、全身衰弱、肝不全、尿毒症、電解質代謝異常、低血圧、脳転移などを除外する。
・高カルシウム血症も除外する。
・併用している鎮痛補助薬が原因のこともある。
・開始・増量後、鎮痛効果が不十分で眠気が強くなる場合、モルヒネ抵抗牲の痛みの可能性が高い。
 
・眠気は、モルヒネ開始時に見られる場合と、過量投与による場合がある。
・過量投与の場合、眠気が最初の兆候である。
・“モルヒネが足りないと痛みが出現し、過剰になると眠気が出る。”
・痛みがありながら眠気がある場合、鎮痛方法の再検討を行う。
・痛みがなく眠気が強い場合は、過量投与を疑い、減量を検討する。
・減量は1回当たり3割程とし、痛み無しに眠気を軽減させるよう調節する。
・投与開始時の呼吸数の減少の無い眠気は、除痛のための代償性の症状と考えられ、減量しない。
・逆に、痛みがコントロールされていない時のモルヒネ増量は安全である。
 
・モルヒネを減量しても眠気が残る場合、リタリンの投与を試みる。
・リタリンは覚醒効果があり、1回10〜20mgを朝、昼の2回投与する。
・リタリンは不眠の原因となるので、原則として、夕方以降の投与は避ける。
・フェンタニルヘの変更(オピオイドローテーション)によって改善が見られることも多い。
・投与経路を持続皮下注に変更することで、眠気の発生を減少させることができる。
・痛みは消失し眠気がTmax前後に出現するようなら、1日量を変えずに投与回数を増やしてみる。
 
 
・モルヒネは呼吸中枢に作用し二酸化炭素に対する感受性を低下させる。
・モルヒネが過量の場合、鎮痛、便秘・嘔気、傾眠・縮瞳、呼吸抑制の順で現れる。
・呼吸抑制が発生したら、モルヒネを減量もしくは中止する。
・また、顔を横に向け肩枕を使用し、必要ならば酸素吸入を行い、自然回腹を待つ。
・実際にはモルヒネ開始後睡眠時に呼吸回数が8回/分以上あれば問題はない。
・モルヒネ開始後睡眠時に呼吸回数が6回/分以下となる場合には、減量を検討する。
・ナロキソンを使用したり、挿管を必要とするようなことは稀である。
・縮瞳も適量投与の指標となり、瞳孔径が3mm以下になれば注意を要する。
・夜間は呼吸抑制が強まるが、刺激しても回復が悪い場合、過量投与を考える。
・傾眠傾向無しに、突然呼吸抑制が出現した場合は、過量投与や誤薬を疑う。
・呼吸抑制の無い意識低下では、モルヒネ以外の原因を考える。
 
・モルヒネの呼吸抑制が強まるのは、静注後5〜10分、皮下注・筋注では注射後30〜90分である。
・硬膜外投与では、遅発性呼吸抑制として、投与4〜12時間後に呼吸抑制が生じる。
 
・モルヒネに対するナロキサンの拮抗作用は呼吸抑制→鎮静→鎮痛の順番で現れる。
・呼吸抑制時にナロキソン(0.2mg/1ml)を投与する場合、次のような手順で行う。
・モルヒネが長期投与されていないときは、ナロキソン0.1〜0.2mgを静注する。
・長期投与されていたときは、0.02mgを1〜2分かけてゆっくり静注する。
・その場合、前もって10倍希釈液(0.02mg/ml)を準備しておくと良い。
・以後、呼吸回数が10回以上/分を維持できるように0.01mgを数分ごとに追加する。
・数日以上麻薬が投与されていると、ナロキソンの急速投与により退薬症状が出ることがある。
・追加投与は、疼痛や退薬症状が出ないように、呼吸数の変化を見ながら行う。
・ナロキソン投与で呼吸が一旦回復しても、再度減少しないか、1時間以上は観察を続ける。
・ただし、徐放牲製剤が使われていた場合、その作用時間中は観察を続ける。
・デュロテップの場合、まず、パッチを剥がす。
・皮下にフェンタニルが蓄積しているので、清拭は控える。
・剥がした後の、フェンタニルの半減期は17時間であり、この間の観察は続ける。
 
 
・全身衰弱、肝不全、尿毒症、電解質異常、血糖値異常、低血圧、脳転移などを除外する。
・また、高カルシウム血症を除外する。
・軽度のせん妄の場合、幻覚・妄想は目立たず、疎通も取れ、意識清明のようにみえることがある。
・死への不安や恐怖などの心因性あるいは反応性の反応と誤解されることがある。
・モルヒネを主因としたせん妄では、モルヒネの増量とともに精神変調が出現する。
・純粋にモルヒネが原因の場合、眠気の場合と同様、数日で軽快する。
・鎮痛後数日してもせん妄の改善がなければ、減量を考えるが、疼痛出現のため困難なことが多い。
・せん妄の薬物療法としては、ハロペリドール(セレネース)が第一選択である。
・1回0.5mgを1日4回から開始して状態を見ながら増減する。
・多くの場合5mg/day以下の低用量で効果が認められる。
・内服が困難な場合は、セレネースの5〜30mg/日の持続皮下注入または持続点滴静注を行う。
・セレネースの注射液は、内服薬と投与量が全く異なるので注意が必要である。
・最近発売されたリスパダールなども用いられる。
・フェンタニルヘの変更も有効である。
・薬物によるせん妄に十分注意する。薬剤性の場合、原因薬剤の減量・中止で改善する。
・モルヒネ以外では抗コリン薬(ハイスコ)によるものが多い。
 
 
・モルヒネの副作用としての、ふらつき、浮遊感などの不安定感には耐性が形成される。
・数日間安静を保つのみで軽減あるいは消失することが多い。
 
・痒みはモルヒネの非経口投与で見られ、経口投与ではまれである。
・痒みに対しては多くの場合数日で耐性が形成される。
・硬膜外投与で多くみられ、抗ヒスタミン薬を投与する。重症例にはステロイドを投与する。
・一般的な掻痒症の治療と同様、アタラックスPや強カネオミノファーゲンCも使われている。
・プロポフォール(ディプリバン)やオンダンセトロン(ゾフラン)の投与が有効との報告もある。
 
・モルヒネにより発汗がみられることがある。
・感染、黄疸、尿毒症、リンパうっ滞、フロセミドなどを除外する。
・モルヒネが原因と考えられる場合は、吸湿性のよい下着を頻繁に替えるなどして対応する。
・少量のプレドニンを試す場合もある。
・アトロピンの1日1〜2mg投与が有効であるとの報告がある。
 
・モルヒネによる排尿障害は主に男性でみられ、前立腺肥大などがある人に起こりやすい。
・特に、硬膜外腔にモルヒネを投与した場合、高率に起こる。
・尿閉は投与したその日のうちに起こるので、24時間たっても出現しなければ安心してよい。
・しばしば導尿が必要となるが、耐性の形成とともに、数日以内に不要となることが多い。
・薬物療法としては、抗コリン剤とαブロッカーを併用する。
・モルヒネの副作用として口渇がある。
・サリベートなどが用いられる。
 
・ミオクローヌスはモルヒネの長期間大量投与時に起きやすいとされている。
・特に、抗鬱薬、向精神薬、制吐剤、NSAIDsなどの薬剤を併用している患者で多い。
・就寝中に発生し、患者が目覚めてしまう場合がある。
・フェンタネストなどに変更することで改善することが多い。
・ランドセンの就寝前投与が有効である。
・ベンゾジアゼピン系薬剤、抗けいれん薬のほか、ダントロレンも使用される。
 
・稀に、種々の副作用が原因でモルヒネの使用に耐えられない患者がいる(モルヒネ不耐性)。
・この場合は他のオピオイドヘの変更を考慮する(オビオイドローテーション)。







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