4.2.3.3 BHD上に浸水する場合
前節の実験では,浸水中間段階で大横傾斜が発生した場合には,BHDが浸水する可能性があることがわかった。そこで,BHD上の上部構造物にも破口を開けて,BHD上にも浸水する場合の実験を行なった。同実験では,図4.2-12の(a)に示すようにBHD上全体に浸水する場合と,(b)に示すように下部浸水区画と同じ範囲だけに浸水が制限されるようにBHD上に横隔壁を設けた場合の,2つのケースを行なった。
図4.2-12 Flooding compartments below and above BHD.
(a)Case 15
(b)Case 16
図4.2-13に,両ケースの計測結果を示す。この結果から,BHD上全体に浸水が広がる場合(Case 15)には,浸水中間段階で一気に転覆に至ることがわかる。一方,BHD上に水密な横隔壁を設置して浸水を下部区画と同じ2区画に制限した場合(Case 16)には,横傾斜角は大きくなるものの,転覆には至らないことが確認された。
このことから,供試船のように比較的乾舷の低い最近の巨大客船においては,浸水中間段階において,BHD上に浸水する可能性があり,その時にBHD上の浸水の広がりを抑制しないと転覆にまで至る可能性があることが分かる。中間段階における最大横揺れ角を正確に推定し,その時のBHD上での浸水を制限するための的確な隔壁配置をすることが求められる。
図4.2-13 Experimental results of capsizing of 2-D model due to flooding water on BHD.
the opening size under BHD: 20mm×210mm
the opening height under BHD: high
the opening size above BHD: 55mm×210mm
air vent on BHD: 900m2
initial heel: 0deg. |
4.2.4 中間段階における大横傾斜の発生メカニズム
前節で示した模型実験からわかるように,浸水中間段階における船体運動は,大横傾斜が発生する場合においても,100〜150秒程度(実船換算で12〜18分程度)であり,一般的な船体運動に比べるとゆっくりとしている。この様なゆっくりとした運動の場合,その横傾斜は準静的な仮定に基づいても実用的に十分な精度で推定が可能と考えられる。ここでは,各区画内の滞留水の量を系統的に変化させた場合の復原力計算を行い,そのときの船体の釣合角を算出し,各デッキにどのような滞留水が滞留した状態で,大横傾斜が発生するのかを調べた。
まず,BHDより上の上部構造が非損傷状態にあるとした場合の結果を図4.2-14, 15に示す。この状態では,上部構造物には浮力が働き,復原力にも寄与していることとなる。図4.2-14には,DK1,DK2,DK3にそれぞれ単独に水が滞留した場合,およびDK1とDK2を一つの区画とみなして水が滞留した場合,さらにDK2とDK3を一つの区画とみなした場合の5種類の結果を示している。これらの計算状態では,いずれの場合も最大の釣合角は13度までであり,実験で計測されたような大横傾斜角での静的釣り合いは存在しないことがわかった。
次に,区画内の3層のデッキそれぞれに,滞留水がある状態を考えることとした。各デッキの滞留水の比率は,図4.2-14に示す結果から,DK1,DK2,DK3それぞれ単独に浸水した場合に,最大の釣合角が得られた状態(DK1: DK2: DK3 = 0.018: 0.013: 0.013)とし,この比が保たれると仮定した。結果を図4.2-15に示す。この結果から,前述の浸水実験で計測された横傾斜角とほぼ等しい角度となることがわかった。
図4.2-14 Equilibrium heel angles obtained from GZ-curves for the model with flooded water on each deck.
図4.2-15 Equilibrium heel angles obtained from GZ-curves for the model with several amounts of flooded water on three decks.
以上の結果から,本実験で計測された大横傾斜は,区画内に多層甲板を持つ船舶において,階段室等により上下部デッキへの浸水が進む浸水中間段階において,複数デッキにそれぞれ浅く水が溜まり,この自由水影響で復原力が減少したためであると考えられ,その最大横傾斜角は準静的な復原力計算によって概略推定できることが分かった。
次に,BHDより上の上部構造物をないとして計算したGZ曲線を図4.2-16に示す。3層の各デッキに水が溜まるとしており,その総水量が0.0104m3のときにGZはほぼ全域で負の値となり,船は安定した釣合角が無くなることがわかる。図4.2-17には釣合角の結果を示す。同図から,滞留水の量が増えるに伴って船体は11度程度まで横傾斜するまでは上部構造物の有無での違いはないが,さらに浸水が進むと釣合点がなくなり,転覆に至ることがわかる。この計算結果は,図4.2-13に示す実験結果に符合している。
図4.2-16 GZ-curves for various amount of flooded water.
図4.2-17 Equilibrium heel angles obtained from GZ-curves for the model with several amounts of flooded water on three decks.
4.2.5 結言
巨大客船の船体中央部を模擬した2次元模型を使った静水中浸水実験を実施して,浸水中間段階における船体の挙動について実験的に調査した結果,以下の結論が得られた。
1. 浸水最終段階における静的解析による評価では安全でも,浸水中間段階において大横傾斜が発生する場合があり,隔壁甲板に広く浸水が広がる場合には浸水中間段階において転覆する危険性もあることを実験的に示した。
2. 浸水中間段階における船体の挙動は,破口の高さ,区画内のアレンジメント,船体の初期横傾斜などが影響を与え,きわめて複雑であることがわかった。
3. 浸水中間段階における大きな横傾斜は,区画内に複数の甲板が存在し,その各甲板に浅く滞留した水による自由水影響によって引き起こされる。
4. この浸水中間段階における最大横傾斜角は,静的な復原力計算によって概略推定ができる。
5. 乾舷が比較的低く,8〜10度の横傾斜角で隔壁甲板が浸水する最近の巨大客船においては,浸水中間段階における復原性の検討が重要である。
参考文献
1)池田良穂,瀬崎良明,高橋俊次郎:損傷時復原性基準とその理論的背景,試験水槽シンポジウム 操縦性および復原性基準に関する研究の動向(日本造船学会),平成12年12月。
2)R. Tagg and C. Tuzcu, A Performance-Based Assessment of the Survival of Damaged Ships - Final Outcome of the EU Project HARDER -, Proc. of 6th International Ship Stability Workshop, New York, 2002.
3)Pierre C. Sames, A Case for Risk-Based Design, Operation and Regulation, Proc. of 2nd International Maritime Conference on Design for Safety, pp. 27, Sakai, 2004.
4)R.v.Veer, W.Peters, A.Rimpela and J.d.Kat: Exploring the influence of Different Arrangements of Semi-Watertight Spaces on Survivability of a Damaged Large Passenger Ships, Proc. of 7th International Ship Stability Workshop, pp.30, Shanghai, 2004.
5)L. Palazzi, J.d.Kat: Model Experiments and Simulations of a Damaged Ship With Air Flow Taken Into Account, Marine Technology, Vol.41, No.1, 2004.1.
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