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4. 船体保守マニュアルに関する調査
4.1 背景及び目的
 IMOゴールベースドスタンダードで定める船体の安全目標を達成するためには、設計建造基準の確立だけではなく、船体の健全性が生涯にわたって適正に維持管理されることが重要であることが、共通認識として再確認された。
 また、一般商船の船殻設計においては、就航期間中の鋼材の腐食衰耗分を補うために、強度上確保すべき設計板厚に、腐食予備厚を追加するが、現状、船殻設計で考慮している予備厚は、過去の板厚計測データの統計予測に基づいて設定されており、その量は設計寿命の間における最大衰耗量をカバーするものでなく、また局部的な腐食を考慮したものではないため、メンテナンスを一切行わなかった場合、予備厚を上回る腐食衰耗により事故に繋がる危険性があり、そのような事故を防ぐためには、最低限確保すべきメンテナンスを規定する必要がある。
 そのため、適正なメンテナンスの在り方を条約に規定することを目的として、現行条約の体系及び過去の事故事例の調査を行い、さらに、日本海洋科学(株)に依頼し、実際に船会社/船舶管理会社で行われている船体メンテナンスの現状を調査した。
 
4.2 現行基準の調査
4.2.1 設計建造基準
 SOLAS条約では、船体構造については、第II-1章に以下の文言がある。
 
 Part A-1 Structure of ships
 Regulation 3-1 Structural, mechanical and electrical requirements for ships
 In addition to the requirements contained elsewhere in the present regulations, ships shall be designed, constructed and maintained in compliance with the structural, mechanical and electrical requirements of a classification society which is recognized by the Administration in accordance with the provisions of regulation XI/1, or with applicable national standards of the Administration which provide an equivalent level of safety.
 この章の他の規則に含まれている要件に加えて、船舶は、第XI章第1規則の規定に従って主管庁によって認められた船級協会の構造、機械及び電気的要件に従い、又は同等な要件を規定している主管庁の適用可能な国内規則に従って、設計され、建造され、維持されなければならない。
 
 ここでいう、船級協会(classification society)は、条約第XI章に以下のとおり定義されている。
 
 Regulation 1 Authorization of recognized organizations
 Organizations referred to in regulation I/6 shall comply with the guidelines adopted by the Organization by resolution A.739(18), as may be amended by the Organization, and the specifications adopted by the Organization by resolution A.789 (19), as may be amended by the Organization, provided that such amendments are adopted, brought into force and take effect in accordance with the provisions of article VIII of the present Convention concerning the amendment procedures applicable to the annex other than chapter I.
 第I章第6規則にいう団体は、決議A.739(18)において機関が採択した指針(将来、機関により改正されるものを含む)、及び総会決議A.789(19)において機関が採択した仕様書(将来、機関により改正されるものを含む)に適合するものとする。これらの規則は、条約第8条に定める附属書第I章以外の附属書に適用される改正手続に従って採択され、かつ、効力を生ずるこれらの規則の改正を含む。
 
 つまり、現行の条約の在り方では、本来船舶の安全に責任を持つべき旗国が船体構造に関して判断評価を下す手段が確実には与えられていない。そのことをプレステージ号の旗国であるバハマが主張し、それを尊重する形で、IMOが船舶の構造強度基準に関し一定の目標を定め、国際的に合意された要件を設定する作業が開始された。(2.1 IMOの動向を参照のこと)
 
4.2.2 船体検査
 船体メンテナンスに関連する規定として、バルクキャリアと油タンカーに限り、SOLAS第XI章の2規則に検査の強化(ESP: Enhanced Survey Program)が適用され(1996年発効)、これによって、定期検査/中間検査の間隔で構造健全性を確認する仕組みとなっている。
 また、検査の判定基準としては、2003年5月のMSC77で採択された最低縦強度90%の規定がある(2005年1月1日発効)。これは、船長130m以上の油タンカーの船齢10年以上における定期検査/中間検査でベルトゲージング板厚計測により断面係数を算出し、その断面係数(=縦強度)が、新造時に要求される縦強度の90%を下回らないことを確認するものであり、具体的な数値で経年船の強度クライテリアを示している唯一の例である。また、パネルや骨の切替えについては各船級の定める切替え限度を板厚計測の記録欄に明記することとなっている。ちなみに、縦強度及び衰耗限度の記載の規定は、RR74(日本造船研究協会第74基準研究部会「老朽船安全対策に関する調査研究」)での検討結果に基づき、日本からIMOに提案し、受け入れられたものである。
 
 Regulation 2 Enhanced surveys
 Bulk carriers as defined in regulation IX/1.6 and oil tankers as defined in regulation II-1/2.12 shall be subject to an enhanced programme of inspections in accordance with the guidelines adopted by the Assembly of the Organization by resolution A.744 (18) , as may be amended by the Organization, provided that such amendments are adopted, brought into force and take effect in accordance with the provisions of article VIII of the present Convention concerning the amendment procedures applicable to the annex other than chapter I.
第2規則 検査の強化
 第IX章第1規則6に定義するばら積み貨物船及び第II-1章第2規則12に定義する油タンカーは、機関の総会が決議A.744(18)において採択した指針に基づいて強化された検査計画を受ける。これらの規則は、条約第8条に定める附属書第I章以外の附属書に適用される改正手続に従って採択されかつ効力を生ずるこれらの規則の改正を含む。
 
4.2.3 ISMコード
 さらに、1998年に発効されたISMコードにより、船主/運航管理者に対し、船体の安全運航管理が義務付けられ、船体保守に関連するものとして以下の規定がある。
 
 ISM Code
 10 MAINTENANCE OF THE SHIP AND EQUIPMENT
 10.1 The Company should establish procedures to ensure that the ship is maintained in conformity with the provisions of the relevant rules and regulations and with additional requirement which may be established by the company.
 (10.1 会社は、関連する規則及び制定された社内規定に従って船舶を確実に保守する手順を確立しなければならない)
 
 ただし、ISMコードによる船体保守は、船主/運航管理者に保守にかかる手順を確立させるもので、具体的な点検保守の要領は各社の考え方に依存するため、統一できていないのが現実である。(4. 調査依頼結果を参考)
 
4.2.4 PSC
 PSC(ポートステートコントロール)で船体の健全性やメンテナンス状態を確認するために、PSC手順書A.787(19)に下記の内容が含まれている。本規定も、ESP同様、RR74での成果を日本からIMOに提案して受け入れられたものである。
 
 3.3.3 The PSCO should pay particular attention to the structural integrity and seaworthiness of bulk carriers and oil tankers and note that these ships must undergo the enhanced programme of inspection during surveys under the provision of regulation XI/2 of SOLAS 74.
 (ポート・ステート・コントロール(PSC)検査官は、バルクキャリア及び油タンカーの構造上の完全性、堪航性に特別の注意を払うべきであり、これらの船舶は74 SOLAS規則XI/2の規定の下で検査中に強化された検査プログラムを受けなければならないことに特別の注意を払うべきである。)
 3.3.4 The PSCO's assessment of the safety of the structure of those ships should be based on the Survey Report File carried on board. This file should contain reports of structural surveys, condition evacuation reports (translated into English and endorsed by or on behalf of the Administration), thickness measurement reports and a survey planning document. The PSCO should note that there may be a short delay in the update of the Survey Report File following survey. Where there is doubt that the required survey has taken place, the PSCO should seek confirmation from the recognized organization.
 (船舶の構造の安全性についてのポート・ステート・コントロール(PSC)検査官の評価は、船内に保管された検査報告ファイルに基づくべきである。このファイルには、構造検査の報告書、状態評価報告書(英訳され、主管庁又はその代行により裏書きされたもの)、板厚計測報告書及び検査計画書を含むべきである。ポート・ステート・コントロール(PSC)検査官は、検査に伴う検査報告書ファイルの更新に短期間の遅延があるかもしれないことに注意すべきである。要求される検査が実施されていることに疑義がある場合、ポート・ステート・コントロール(PSC)検査官は認定機関から確認を求めるべきである。)
 
 以上の現状を踏まえた上で、新船建造のゴールベースドスタンダードに盛り込むべき船体メンテナンスの基準案を検討した。
 また、資料4-1に船体強度に関連した過去の国際条約、国際規則の作成、改正動向を年表にまとめた。
 
4.3 過去の事故の分析
 船が、例えば25年間、その安全上の強度を保つための手段としては、大きく分けて
(1)25年間に起こりうる強度低下をカバーすべく設計強度を増すこと
(2)メンテナンスにより強度を維持すること
 が考えられる。GBSでお互いの寄与率をどのレベルに収束させるかは、経済面や環境負荷の面で詳細な検討を行ったうえで判断することになると思われるが、取り掛かりとして、過去の折損事故の原因を再整理することとした。
 
 新船構造基準の策定を加速するきっかけとなったプレステージ号の事故をはじめとして、エリカ号、ナホトカ号の事故について、新船建造時の強度と事故時の想定強度を比較した。結果を資料4-2に示す。
 ナホトカ号については、明らかにメンテナンス不足による縦強度不足が原因といえるが、エリカ号、プレステージ号に関しては、板厚衰耗のみから判定した結果だと、十分な強度を有している。これは、ナホトカ号の評価は実際に破断部を計測した結果に基づいており、他の2船は、事故前の定期的検査の板厚計測結果に基づいているため、事故時の強度を正確に評価できていないことによるもので、実際は、板厚計測や詳細検査に抜け落ちがあった、もしくは定期検査後の異常腐食により相当の強度低下があったのではないかと推測される。
 
4.4 船体保守の実状調査
 船体保守の現状についての聞き取り調査を依頼した。
日本海洋科学への委託事業として、船主及びマリンコンサル会社に対して、以下の項目を中心に調査を依頼した。調査結果報告書を別冊1に添付する。
(1)船体保全管理の現状について
(1)インハウス船舶管理会社、独立系船舶管理会社の全体的な管理
・親会社、管理会社方針
・船体保全マニュアルについて。整備状況、項目、内容 等
(2)個船の管理
・船級ルールによる検査、OBM(オンボードメンテナンス)による点検・メンテ方法、記録
・タイムシーケンス
(3)入渠地
(4)海外でのPSC状況
(5)整備に参考とするガイダンス
(6)クラック、損傷の状況
(7)タンク内部の塗装に関して
(2)船体保全マニュアルについて
(3)船体保全記録簿について
 
4.4.1 聞き取り調査について
 船主が実際に行っている船体保守の状況を把握するため、以下の船主及びマリンコンサル会社に聞取り調査を行った。
(1)A社 管理船舶約70隻、タンカー30隻、バルカー約40隻
(2)B社 管理船舶約35隻、タンカー11隻、ケミカル船13隻
(3)C社 バルカー約60隻
(4)D社 バルカー3隻
(5)E社 大手石油メーカーのタンカー専門インダストリアルキャリアー 9隻
(6)F社 管理船舶 60隻 バルカー44隻、タンカーVLCC2隻、他。(独立系船舶管理会社)
(7)G社 管理船舶 19隻、タンカーVLCC3隻、バルカー10隻、他6隻
(8)H社 管理船舶 8隻、ケミカルタンカー5隻、他3隻。
(9)I社 管理船舶 20隻、バルカー10隻、ケミカルタンカー2隻、その他8隻
 聞取り調査の概要を表−4.4.1(1)、(2)に示す。
 
 その結果、得られた概要を以下に示す。
○定期的検査及びドック時の修繕負荷を日常の点検保守で軽減し、如何に低コストでクリアするかは、船主・船舶管理会社のノウハウであり、義務付けることは困難である。
○メンテナンス基準ができたとしても、本当に点検しているかどうかの確認はできない(虚偽のチェックシートを提出することもあり得る)。板厚検査のデータに頼るのが現状である。
○日常点検は、ISMコードの要件であるSMSマニュアル及びそれに付随する手順書に規定されており、例えば、バラストタンクは6ヶ月に一度、タンク内に入って、塗装、沈殿物の堆積状態、アノード等の点検を義務付けている。確認はSI(Super Intendant: 管理監督)によって行われる。
○保守の考え方はDock to Dock(または中間、更新検査毎)で考えるのが一般的であり、保船コストの掛け方は、大別すると2通りある。ひとつは、日常からこまめに点検補修を励行し、ドック(中間、更新検査)時に極力コストを抑える方法と、もうひとつは、Dock to Dock(または中間、更新検査毎)の間は最低限のマンパワーでの点検補修にとどめることで日常の保船コストを抑え、ドック中または検査の時期に合わせて一気にコストを費やす方法である。
 
4.4.2 船体保守にかかる問題点
 設計で考慮した船体強度が維持されていることを検査で確認することは、船体保守の大前提である。しかしながら、サブスタンダードな船を運航して利益を得る劣悪な船主は、検査での修繕にかかるコストを稼ぐために、検査の緩い船級や旗国への転級・転籍によって、検査の網をすり抜けることが考えられる。つまり、最悪のシナリオを想定すると定期/中間検査で適正な更新が成されないといった状況も存在し、また、更新/中間検査の期間2.5年(Dock to Dock)の間に、激しい腐食や亀裂の急激な進展あるいは波浪荷重や接触事故等による変形が生じない保証はなく、船の運用によってはDock to Dockの間に強度基準を下回ることも考えられる。これらの理由から、船体構造面でのサブスタンダード船が実際に運航していることも事実である。
 一方、自国の港に入港する船が、適正な検査を受け、かつ、今現在十分な強度を有する船なのかどうかを寄港国が知る権利としてPSCの制度がある。前段の状況を踏まえると、船体強度においてPSCで確認されなければならない項目としては、
(1)前回の定期的(更新)検査が適正なものであったか
(2)前回の定期的(更新)検査の後に極端な強度低下がないかどうか
の2点で、(1)については、現在、更新(中間)検査における板厚計測結果等の書類確認が行われ、また、(2)については、ISMコードの実施にあたり、主管庁で承認されたSMSマニュアルに基づいた社内保守規定に従い船体保守点検が正しく履行されているかを確認することとしている。しかしながら、船体保守に係る社内規定は、前述のとおり、船主・管理会社の船体保守の方針・ノウハウに相違があることから、統一された基準で規定されているわけではない。
 PSCで実際にタンクに入って検査をし、虚偽の点検報告であることが判断できれば、適切な措置が採れるので対処は可能と考えられるが、特にAfloatでのPSCでは荷役中や接岸岸壁の要件等で、内検の程度にもよるか、実際にタンク内に入って検査することは困難である。実際には、現行で行っている外観検査と報告書等の書類審査を強化しPSC時点の船舶の状態をより詳細に把握する程度であると思われる。従って、船体メンテナンスの確実な履行を達成するには、まず、その判断材料となる書類の整備が必要と考えられる。







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