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2003年10月号 正論
日本の大陸棚を調べる中国海洋調査船の第一の標的
杏林大学教授●ひらまつ・しげお 平松茂雄
 
 わが国および台湾に近い太平洋海域で、中国の海洋調査船が海洋調査活動を行っている。海洋調査船はこれまでの十年近い期間に、東シナ海のわが国排他的経済水域で大陸棚資源調査を実施した同じ「東方紅2」、「向陽紅9」、「向陽紅14」などであるが、これまでの活動とは性格・目的が明らかに異なるところがある。それは一言で説明すれば、遠くない将来に現実となるであろう台湾統一のための軍事行動に備えて、わが国および台湾に近い太平洋海域に、潜水艦を展開するための海洋調査活動である。
 中国は、一方でこの海域に原子力潜水艦を展開して米国を核兵器で威嚇して米国の介入を抑制するとともに、他方でこの海域に在来型潜水艦を展開して、先般のアフガニスタン戦争やイラク戦争におけるように、この海域から遂行される米海軍空母による中国の主要軍事基地・軍事工業施設などへの攻撃を阻止することを意図しているようである。イラクや北朝鮮の核疑惑に世界の関心が向いている間に、中国の海洋進出、台湾の軍事統一計画は着実に進展している。
一 太平洋海域をくまなく調査
 潜水艦を展開するためと推定される中国の海洋調査活動は二〇〇一(平成十三)年に始まっている。同年七月と十一月に、わが国の種子島・奄美大島から小笠原諸島にいたる広大な太平洋海域で、中国海軍の塩冰(ヤンビン)級情報収集艦「海冰(ハイビン)273」が海洋調査を実施した。同艦は直線的に南下し、直角に東方に転じ、次に再び北上直進する行動を繰り返し、緯度・経度線上を六〇キロメートル(一分)毎に二時間停止して調査を実施した。細長い円筒形の観測機器(塩分・水温・水深測定器)、透明板などを海中に投入したり、引き上げたりする動作を繰り返したところから、海中の水温、塩分濃度、水深などの分析により潜水艦の航行・作戦に必要な情報を収集したと推定された。
 この海域の中央部には、九州・パラオ海嶺および大東海盆があり、音波の伝播が複雑な海域である。また海山も存在しており、海底地形が複雑な場所もある。「海冰273」は潜水艦の展開に必要な海域の海水・海流の性質、海底地形の状態を把握し、さらに海域の気象状況など作戦に必要な海域の特性を把握する情報を収集したと推定される。
 ついで同年十二月五日から二〇〇二年二月十日、二〇〇二年三月十日から同年五月三十一日、同年九月十日から同年十一月三十日までの三期間にわたり、「向陽紅14」が薩南諸島、沖縄から先島諸島にいたる列島線の南東海域で、毎回多数の観測点において海潮流、水温、塩分、水深、海上気象に関する海洋調査を綿密に実施した。調査は年間を通じて実施されたから、同海域の年間の海洋状況が把握されたと考えられる。
 二〇〇二年には、六月一日から八月三十一日、二〇〇三年四月一日から六月三十日、および同年七月十五日から八月三十日の期間に、「向陽紅9」が、薩南諸島東方海域に多数の観測点を設けて、塩分・水温・水深測定器、採泥器を用いた調査を実施した。小笠原諸島西方海域においても同様の海洋調査が、「東方紅2」により、二〇〇二年十月二十日から翌二〇〇三年五月三十日まで実施された。これら二つの海域の調査は、満遍なく綿密に海域を把握することを企図しており、得られた情報は、南西諸島沿いの縁の部分および七島・硫黄島海嶺の海洋、海底地形を含め、潜水艦の行動や対潜水艦作戦、ならびに列島線を活用した機雷敷設に役立つと考えられる。
 さらに二〇〇三年九月一日から十二月二十日まで「向陽紅9」、および二〇〇四年一月五日から二月五日まで「向陽紅14」による海洋調査の「事前通報」がわが国政府に提出されている。この二つの調査は恐らくさらにこれから「事前通報」されると考えられる調査と合わせて、二〇〇一年七月と十一月に「塩冰273」が実施した調査海域で、より精緻な調査となると推定される。
二 「事前通報」を活用する中国
 中国の海洋調査船が活動している太平洋海域は、わが国の排他的経済水域であり、大陸棚である。
 国連海洋法条約は、公海における「海洋科学調査の自由」を規定しているばかりか、沿岸国は「自国の排他的経済水域内および大陸棚上において、他の国または国際機関」により、「専ら平和的目的」で、あるいは「すべて人類の利益のために海洋環境に関する科学的知識を増進させる目的」で実施される海洋の科学的調査計画に「同意を与える」と規定している。すなわち排他的経済水域内および大陸棚における外国の「科学的調査」の実施を認め、さらに沿岸国の「許可が不当に遅延し、または拒否されることのないことを確保するための規則および手続きを設定する」と規定している。さらにその規定には、「沿岸国と調査を実施する国との間に外交関係がない場合にも」適用されるとある。
 他方条約は資源開発に関して、沿岸国の立場を受け入れて、沿岸国の排他的経済水域および大陸棚における資源の探査、開発、保存、管理のための主権的権利を認めており、外国が資源調査のような経済目的の調査活動を実施するには、沿岸国の「同意」が必要と規定している。これまで東シナ海・南シナ海における中国の海洋調査活動が周辺の日本・東南アジア諸国との間に摩擦を起こした原因は、中国の海洋調査活動がそれらの沿岸国が主張する「主権的権利」と抵触したところにあった。だが中国が太平洋海域において実施している調査活動は、資源調査ではなく軍事目的の調査と推定されるのである。
 わが国政府は一九九六年六月二十日、国連海洋法条約の批准と同時に一連の関連法案を提出し、そのなかに水産資源、海上汚染などに関する法律を作成して違法行為を処罰することを明記した。だが排他的経済水域および大陸棚における資源開発の違法行為への対処を規定した法律はなく、それに代わる文書として、政府は条約の発効に合わせて同年七月二十日、「わが国の領海、排他的経済水域または大陸棚における外国による科学的調査の取り扱いについて(ガイドライン)」という文書を作成した。この文書は次に述べるように、わが国周辺海域における「科学的調査」の実施を推奨する内容である。
 この文書は「目的」として、「関係省庁の合意により、国連海洋法条約の規定に基いて、わが国の領海、排他的経済水域または大陸棚における外国による科学的調査に対するわが国の同意が不当に遅滞し、または拒否されたこととなることがないことを確保するために、さらに科学的調査を促進し、容易にするため、ならびにいかなる調査が実施されているかについて把握し、調査により得られるデータ等については、わが国を含めて国際社会が利用する機会を得るとともに、他の活動の妨げとならないための調整を可能とするための手続き等を定めることを目的とする」と謳っている。
 「ガイドライン」は、「各国が国内法や主権的権利に基く主張を相手国に対して一方的に押し付けて解決できる問題ではない」との前提に立ち、「国際協力により、係争問題を平和的に解決する」立場に立っている。「ガイドライン」を作成した時点で、中国の海洋調査船がそれより数年も前から東シナ海の「日中中間線」の日本側海域で、海洋調査活動を実施し、わが国政府の抗議、活動停止の要求を無視していた現実をわが国政府がどのように受け止めていたのか理解に苦しむ内容である。
 中国は二〇〇一年から「ガイドライン」を十二分に活用して東シナ海の「日中中間線」日本側海域での調査活動を実施したが、今度はわが国の太平洋海域における海洋活動について海洋法条約の「許可」制度を適用している。中国政府がわが国政府に海洋調査実施の許可を求めた「事前通報」には、次のような目的があげられている。「太平洋北西部の水文と還流の特徴およびその変化の構造を明らかにし、太平洋北西部の還流が中国の海の環境および気象の変化に与える影響を理解し、太平洋北西部の還流、黒潮および中国の海との関係に対する理解を深める」、「北西太平洋の沈殿物の研究」「海洋水文、海面気象」。
 これで見る限り、中国の海洋調査は「科学的調査」であり、軍事目的を意図していることは読み取れない。軍事目的、しかも潜水艦の活動のための情報収集であるとの疑いはあるが、それを証明する積極的な材料はない。そのため防衛庁、自衛隊は、調査海域が自衛隊の活動区域であり、あるいは近接しているため、自衛隊の活動が詳細にモニターされ、自衛隊の能力が察知される恐れがあることを理由に、許可しない旨を要請したようであるが、わが国政府は許可した。なお先に述べた「ガイドライン」は「許可」条件の一つに、日米安保条約に抵触しないことをあげているが、わが国の自衛隊の活動に抵触しないことには何も触れていない。
三 判別が難しい「科学調査」と「軍事調査」
 海洋の科学調査、資源目的の調査、軍事目的の調査は実質的に調査項目が重なり合うものであり、かつ調査の外見上からも三者を判別することは難しいから、中国の海洋調査活動は「科学的調査」であるのか、それとも他の目的、資源探査などの経済目的あるいは特に軍事目的があるのかについて、それを判別することは極めて難しい。
 排他的経済水域あるいは大陸棚における科学調査における「同意」の制度が、軍事調査についても適用されるかについて、国連海洋法会議で諸国の間に意見の違いがあった。米国は軍事調査活動を科学調査活動と厳格に区別して、軍事調査活動に「同意」の制度を適用せず、従来通り公海における軍事調査活動の自由を他国の排他的経済水域のなかでも保持し続けている。すなわち沿岸国の同意を必要としないとする立場に立っている。
 これに対して沿岸国は、海洋科学調査は「専ら平和的利用のために実施する」との海洋法条約の規定を根拠として、排他的経済水域に対する沿岸国の管轄権を拡張することを意図した。沿岸国が海洋の科学調査に強い制約を加えようとした背景には、調査国が科学調査の名の下に、経済目的の調査や軍事目的の調査を行うことに強い危惧と警戒の念を持ったからである。
 世界で最強の海軍力を世界各地に展開している米国は、海洋科学調査と軍事的調査を調査実施方法および調査対象について区別せず、目的において異なるのみとしている。海洋科学調査が科学界一般の利用を意図しているのに対して、軍事的調査の目的は軍事活動の遂行にあるという点で異なっているという立場である。米国は「公海の自由」に立っており、この立場に立つと海軍による海洋科学調査という理由で、沿岸国が拒否できるかという問題が生じる。日米安全保障条約を防衛政策の基本の一つとするわが国にとっても、これは極めて微妙かつ重大な問題である。
 一九七四年に国連海洋法条約が国連海洋法会議で討議された時、同じ第三世界の沿岸国の立場に立っていた中国が、二十余年を経た現在自国の周辺海域で実施している海洋調査活動には、当時中国が批判した米国とソ連の「覇権主義」に通じるところがある。七四年の国連海洋法会議で、中国代表は沿岸国の立場から次のように発言して、米国とくにソ連を批判したが、今この発言を読むと、この二十年来中国が周辺諸国海域で実施してきた海洋調査活動が重なって映る。
 「二つの超大国は、強大な『漁船団』『科学研究船』を派遣して、他国の近海漁業、海底資源を理不尽に略奪している。とりわけ社会主義の旗を掲げている超大国(ソ連)の手段は、さらに悪辣だ。彼等は先に海洋を支配したものが世界を支配する』という帝国主義の信条をそっくり受け継いで、海上での拡張に力を注いでいる。彼等は一方で『軍縮』を唱えながら、他方では海軍力の増強に血道をあげている。・・・電子設備を装置した各種船舶はつねに多くの国々の近海水域に出没して、スパイ活動を行なっている」。
四 台湾周辺海域での調査活動
 中国海軍情報収集艦や海洋調査船による海洋調査活動は、この数年来台湾周辺海域でも実施されており、将来における台湾の軍事統一はもとより、恐らく海南島を基地とする中国海軍の潜水艦が太平洋に進出するルートの確保を目的としていると考えられる。海南島から真っ直ぐ東に進み、台湾とフィリピンの間のバシー海峡を通れば、太平洋である。
 二〇〇一年四月「向陽紅14」が台湾南端で、バシー海峡に面するガランピの南方海域で海洋調査活動を実施した。「向陽紅14」は続いて翌二〇〇二年十月、十一月にガランピ東方の蘭嶼島海域で活動した。〇三年四月には台湾東部の蘇澳近海で「北斗」が、同じ四月にガランピ南方海域に「海洋4」、同年五月「海冰」が高雄近海、「向陽紅14」が基隆近海で調査活動を実施した。これらの調査活動は台湾周辺の海域調査および沿岸に所在する台湾の軍事施設の電波を中心とする情報収集に目的があると推定された。
 特に台湾東部沿岸近くにまで接近したところから、海域調査ばかりでなく、台湾東部の軍事情報、特に電子通信情報の収集と見られた。台湾東部海岸には、北から蘇澳に海軍軍港、中央の花蓮には中央山脈に洞窟を刳り貫いて建設された佳山航空基地、南部の屏東に近い九鵬には台湾軍が新兵器の開発を行っている中央研究院のミサイル試射場などが所在する。なおこれらの海洋調査活動は、台湾は中国の領土であるとの立場から、「事前通報」することなく遂行されていると考えられる。
 そして「向陽紅14」が蘭嶼島海域に出現した二〇〇二年十月十五日から十六日にかけて、中国海軍北海艦隊に所属する最新鋭のミサイル駆逐艦旅滬(ルフ)級「ハルビン」(四二〇〇トン)が、東シナ海から、わが国の南西諸島海域を通って、台湾東部海岸より約一五〇カイリの海域を南下して南シナ海に入り、南シナ海で南海艦隊と合流して、総合演習「神聖二〇〇二年」を実施した。同じ時東海艦隊の小型艦艇部隊が大陸の沿岸沿いに台湾海峡を南下して、南シナ海の総合演習に参加した。
 「ハルビン」の太平洋遊弋(ゆうよく)は、台湾海峡に面した西部海岸に集中してきた台湾の防衛体制に大きな問題を提起した。中国海軍の戦闘艦艇が台湾東部海域を通過したのは初めてであり、中国海軍の水上艦艇が日本列島から台湾、フィリピンと繋がる第一列島線を越えて、太平洋に進出しつつあることを意味する。旅滬級ミサイル駆逐艦は、旅大(ルダ)級ミサイル駆逐艦を改良した西側の標準に近い艦艇である。旅滬級は「ハルビン」のほかにもう一隻「青島」が建造されており、また旅滬級より大型の旅海(ルハイ)級(六〇〇〇トン)のミサイル駆逐艦が建造された。さらにこれを改造した二隻の旅海級の建造が計画されているという。他方中国はロシアから、「ソブレメンヌイ」級ミサイル駆逐艦(七九〇〇トン)を二隻購入しており、さらに二隻が追加発注された。同艦は米海軍の空母を対象とした「サンバーン」式対艦ミサイルを搭載している。これらの計画が達成されると、中国海軍は六〇〇〇トン以上の大型駆逐艦九隻を保有することになる。
 また中国はロシアからキロ級潜水艦四隻を購入しており、さらには八隻を追加発注したと言われている。中国が国産した「明」級、「宋」級の在来型潜水艦の改良、装備の換装も進行しているようである。他方中国は行動半径の長いSU27戦闘機およびSU30戦闘機をロシアから購入しており、また「海豹」、F10などの国産戦闘機も活動し始めている。これらの艦艇、戦闘機を展開するならば、台湾は大陸および太平洋海域から、包囲され、挟撃されてしまう。
 台湾周辺海域での調査活動は二〇〇三年に入ってからも続けられ、五月高雄西南方海域で「塩冰」情報収集艦、高雄西方海域で「海洋4」号が、さらに「塩冰」が六月には台湾の東方で、わが国の先島諸島の南方海域で、短冊形の行動をとりながら海洋調査を実施した。いずれも海域の情報調査とともに、台湾の軍事通信関係の情報収集を行ったと考えられる。
五 米空母を対象とする潜水艦の活動
 これまで論じてきたわが国および台湾に近い太平洋海域での海洋調査活動が進展するとともに、中国海軍の潜水艦が展開されることになる。
 南シナ海の入り口に位置する海南島は中国海軍の潜水艦基地であり、南シナ海は中国海軍にとって潜水艦の訓練場であり、各種兵器の実験場である。黄海や東シナ海は安全であるにしても、水深は浅いから、潜水艦の訓練・展開には適していない。それに比べて南シナ海は水深が深いから、潜水艦の訓練・展開に適している。
 近年『解放軍報』その他の中国海軍関係の文献には、潜水艦の活動に関する記事が多く見られる。その一つ、一九九九年一月海南島の楡林海軍基地に七ケ月ばかり前に配備された明級改良型の装備を新しく更新したと推定される「新型潜水艦」が、南シナ海の未知の海域で、連続数十日潜航して、大深度魚雷攻撃、深海機雷敷設などの各種訓練を実施したという報道は、「将来のハイテク局部戦争で敵に打ち勝つ道を探索するために、現在世界で技術が最も進んだ航空母艦部隊を仮想敵とする新しい戦法を探索している」と、名指しこそしていないものの、米海軍の航空母艦を対象とした訓練をしていることを隠してはいない。こうした報道は、中国海軍潜水艦の活動がそれなりの水準にまで向上していることを示唆している。
 旅滬級ミサイル駆逐艦「ハルビン」が台湾東部沿岸沿いに南下して、中国海軍の北海艦隊、東海艦隊、南海艦隊の三つの艦隊による総合軍事演習が実施されたように、南シナ海では同様の演習がこの十数年来毎年実施され、また三艦隊の潜水艦がそれぞれ同海域で訓練している。
 二〇〇一年四月一日、海南島に近い海域の上空で、米国海軍の偵察機が中国の戦闘機と接触する出来事が起きた。米軍偵察機は公海上空を飛んでいたから、米国に責任はない、中国の戦闘機に責任があるといった見方が有力であった。だが接触した空域の近くには、中国軍が設定した飛行制限空域が四ケ所あり、海南島の東南東に位置する西沙諸島の主島・永興島には二六〇〇メートルの本格的な滑走路が完成している。海南島から西沙諸島にかけての海域とその上空は、中国軍の「聖域」であることは間違いない。それ故にこそ、米軍偵察機は危険を冒して偵察行動をとったのである。では何を偵察しようとしたのか。海南島およびここを基地として南シナ海で活動している中国海軍の潜水艦の活動であると筆者は本誌平成十三年七月号で予測したが、見当違いではなかった。
六 進展する原子力潜水艦の開発?
 水中発射弾道ミサイル(SLBM)を搭載した原子力潜水艦の航行、訓練なども南シナ海海域で実施されている。一九八八年春中国の最初の原子力潜水艦が南シナ海で深海実験を行っているが、南海艦隊測量部隊の活動を報じた最近の記事によると、同部隊が取得した海洋重力測量の成果により、中国の潜水艦が水中で発射する弾道ミサイルを予定水域に精確に飛翔させることを確実にしたという。
 中国は台湾の軍事統一に際し、軍事介入することが予想される米国に対して、核弾頭を搭載した弾道ミサイルで主要な都市を攻撃すると威嚇し、あるいは米国を支援する日本に同様の威嚇を行うと考えられる。この目的を達成するために、中国は建国以来国家の総力をあげて、米国に届く核弾頭を搭載した大陸間弾道ミサイル(ICBM)、および原子力潜水艦搭載弾道ミサイルの開発に専念してきた。
 その結果八〇年初頭までに第一世代の戦略核兵器は完成し、八〇年代以降信頼性の高い次世代の戦略核兵器の開発に専念している。現在までに、台湾を攻撃できる短距離弾道ミサイル、日本をはじめとして中国周辺諸国を攻撃できる中距離弾道ミサイルはほぼ完成しているが、肝心の米国に届く信頼性の高い大陸間弾道ミサイル、原子力潜水艦搭載弾道ミサイルおよびそれを搭載する原子力潜水艦はまだ完成していない。また米国のミサイル防衛システム(MD)を突破するには、核弾頭の複数化(MIRV)が不可欠であり、中国は複数核弾頭の開発にも懸命になっていると推定される。
 中国は米国に届く弾道ミサイルの開発にてこずっているようであるが、二〇〇〇年から、弾道ミサイル、特に原子力潜水艦搭載弾道ミサイルの精密な誘導を目的としていると考えられる「北斗航法測位システム」の開発に着手した。これは米国の「全地球航法測位システム」(GPS)と同じ目的のシステムで、二〇〇〇年十月第一号衛星が打ち上げられ、続いて同年十二月第二号、二〇〇三年五月第三号が打ち上げられ、完成したと報じられた。
 中国は同システムの開発の目的について、「主として道路交通、鉄道輸送、海上操業などの分野でサービスを提供し、国民経済建設を促進する積極的な役割を果たすことが期待されている」と説明しているが、それだけの目的であるならば米国のGPSを利用した方が経済的である。中国の有限の財源と資源を費やしてまで独自のシステムを開発する目的は、このシステムの本来の目的である軍事利用にあると考えるのが常識であろう。
 このようにその目的が軍事領域にあるとすれば、三個の衛星では十分でなく、もっと多くの衛星を打ち上げる必要がある。米国はシステムを運用するために三十個の衛星を打ち上げている。中国は第十次五カ年計画(二〇〇〇年〜二〇〇五年)の期間に、三十個以上の衛星を打ち上げる計画を公表しているから、そのなかにはさらにいくつかの航法測位衛星も含まれていると推定され、次第に精度が向上してゆくと考えられる。
 「北斗航法測位システム」の開発は、米国に届く弾道ミサイル、特に原子力潜水艦搭載弾道ミサイル、あるいは複数核弾頭の開発が緩慢ながらも進展していることを示唆しているように見える。台湾南方海域(バシー海峡)および西北太平洋における情報収集艦「塩冰」および各種海洋調査船の調査活動は、そのことを別の面から裏付けている。
七 むすび
 わが国の外務省中国課は、わが国の太平洋海域における中国の海洋調査活動は国連海洋法条約に規定されている「科学調査」であり、かつ「許可」を求めているから、合法的であり、公表する必要はないとの立場に立っているようであり、海上保安庁は「事前通報」に反するものでない限り、それに従っているようである。それ故この重要な活動をわが国の国民はだれも知らない。
 「改革・開放」以後の中国は、西側諸国との経済・技術協力により急速に成長する経済力を基盤に軍事力を増大しつつ、周辺海域に積極的に進出し、何時の間にか台湾を包囲するまでに至っている。米ソ冷戦時代には、米国海軍はわが国周辺海域で情報収集するソ連漁船の活動を妨害し、この海域に展開するソ連の潜水艦を追跡し排除した。わが国の海上自衛隊も米軍に協力して活動した。だが米国のブッシュ大統領は就任早々台湾に潜水艦八隻と対潜哨戒機十二機の売却を約束したが、他方台湾の独立を支持しないと中国の江沢民主席に約束した。米国は、中国が「厄介な国」になることを承知しながらも、中国の活動を静観している。米国にとって中国の巨大なマーケットは大きな魅力である。
 台湾で初めての総統公選で李登輝氏が選出された九六年三月に、それを妨害する目的で中国が台湾に近い海域で軍事演習を実施した時、米海軍空母が出動した。現在中国がわが国および台湾に近い太平洋海域で実施している海洋調査活動は、その空母がこの次には出動できないようにすることを目的としている。「いざとなれば、また米国の空母が来てくれる」という他人頼みは通用しなくなると見た方がよい。台湾はわが国の隣国であるばかりか、わが国のシーレーンの重要な場所に位置する。台湾問題はわが国にとって他人事ではない。中国は「台湾統一」を断行する時には、「台湾問題は中国の内政である」とわが国の世論に働きかけてくることは間違いない。「台湾問題」の行方は今後の米中関係、日米関係、日中関係によって左右されるが、何よりも盤石な日米関係が大前提であり、そのためには米空母機動艦隊が必要な時に、米空母機動艦隊を支援できる対潜能力、機雷戦能力などの「攻勢的防御能力」を海上自衛隊が持つだけでなく、なによりもそれを実行する決意がわが国政府には必要となろう。
平松茂雄(ひらまつ しげお)
1936年生まれ。
慶應義塾大学大学院修了。
防衛研究所研究室長を経て現在、杏林大学社会科学部教授。
 
 
 
 
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