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2004年7月号 東亜
政権の胡錦濤色が一層明確に
慶應義塾大学教授
小島朋之
 
 胡錦濤政権は、着実に政権基盤を固め、独自色を打ち出しつつあるのではないか。たしかに中央軍事委員会主席の地位を根拠にして、江沢民はいぜんとして党内序列第一位の胡錦濤総書記の前に立つ姿を露出させている。しかしながら、五月に公布された「中国共産党軍隊委員会工作条例(試行)」は、軍隊に対する党の絶対領導を明確に規定し、軍隊の党委書記による条例違反に対する党側の処分を明記するのである。
 江沢民側とみられる曾慶紅国家副主席も含めて、胡錦濤をはじめとした政治局常務委員の最高指導者たちは政権の方針にしたがって、国内視察に赴き、外国訪問を行っている。国内視察では、胡錦濤総書記が提起した「科学的発展観」や、再強調した「両個務必」の学習を、「“三個代表”重要思想」の「指導(導き手)」とともに強調する。外国訪問も同様である。五月、六月には欧州と中央アジアに絞った歴訪が最高指導者たちによって進められる。
 外交についても、政権は着実に大国外交を展開しているのである。六月末までの開催が危ぶまれた第三回目の北朝鮮問題をめぐる六カ国協議が、ホスト役である中国の周到な根回しで六月二十三日から開かれることになった。六月末に迫ったイラクの主権移譲をめぐる国連の安全保障理事会の決議案についても、中国は多国籍軍の駐留期限を一年後とする米英案に不同意のフランス、ドイツ、ロシアなどの支持を取り付け、来年一月までに短縮する修正案を提案した。米英を説得して、この妥協案が全会一致で採択された。中国は多国籍軍の駐留が必要であり、米国の主導であることも容認する。したがって日本の多国籍軍参加にも反対はしない。
 中国は今回のアメリカで開催されたシーアイランドでのG8サミットには招待されなかったが、批判することなく、G8との協議、対話と交流を「重視する」姿勢を確認していた。こうした大国外交の展開を、中国自身は「平和を愛する責任大国イメージが十二分に示された」と自賛するのである。
 柔軟な大国外交は、中国が最重要視する対米関係のカードとして、五月一日に正式に発足した二十五カ国による拡大EUとの「戦略的パートナーシップ」を強化する動きにも見られる。五月から六月にかけて、政治局常務委員の最高指導者たちが次々に訪欧するのである。序列三位の温家宝総理は五月二日から十四日までドイツ、ベルギー、イタリア、英国、アイルランドとEU本部、序列二位の呉邦国全人代常務委員長は五月二十二日から六月四日までロシア、ブルガリア、デンマーク、ノルウェー、そして一位の胡錦濤国家主席が六月八日から十八日までポーランド、ハンガリー、ルーマニアさらに中央アジアのウズベキスタンを訪問した。さらに序列八位の宣伝・思想を担当する李長春も六月二十一日から七月四日までウクライナ、ギリシャ、フランスなどを訪問するのである。中欧関係が従来の「全面的なパートナーシップ」から、「グローバルな責任を共有する」「全面的な戦略的パートナーシップ」に格上げされ、関係が「史上もっとも良好な時期に入っている」ことが確認されるのである。ところが日本はいぜんとして、ポーランドやルーマニア並みの「友好協力パートナーシップ」のままである。
 本稿では以下において、中央軍事委員会主席であることを背景にした江沢民と党中央を背負った胡錦濤総書記との関係の現在、そして思想面でも独自色を強調している胡錦濤政権の現在を検討しておこう。
党による軍に対する絶対領導
 最高指導者としての江沢民のプレゼンスを印象付ける報道が、いぜんとしてなくならない。しかし、そうした報道のくり返しは、政権の胡錦濤カラーが一層明確になりつつあることへの焦りともいえなくもない。
 最近の軍関係の報道をみるかぎり、胡錦濤は党総書記で国家主席として現役指導者のトップランナーであるが、中央軍事委員会主席である江沢民が副主席の胡錦濤の上席にあることを示唆する報道が頻繁に繰り返されるのである。たとえば五月九日までに中央軍事委員会は江沢民主席の承認を経て、「中国共産党軍隊委員会工作条例(試案)」が正式に公布された1
 『解放軍報』によれば、この条例は解放軍の党委員会工作を規定したはじめての法規である。条例は「“三個代表”重要思想を十分に体現し、十六全大会報告と党規約の中の新思想、新要求、新規範を体現し、江主席が領導する軍隊党の建設の実践と理論的成果を体現している」とされている。
 条例は、マルクス・レーニン主義、毛沢東思想、小平理論とともに、“三個代表”重要思想」を「指導(導き手)」思想と規定し、「江沢民の国防と軍隊建設の思想を真剣に貫徹しなければならない」ことも「明確に規定している」。同紙社説も、条例は「全編にわたって“三個代表”重要思想というこの主線を貫き」、「“三個代表”重要思想は党の建設を全面的に推進する科学的指南で、軍隊の党委工作を強化・改善する強大な思想と理論の武器である。“三個代表”重要思想を党委工作を統括する“魂”と“カナメ”としてのみ、党委工作の成果を測定する根本的な基準としてのみ、《党委工作条例》を真に実行を徹底できる」と強調するのである2
 「“三個代表”重要思想を導き手として、江沢民国防・軍隊建設思想を深く貫徹する」ことも、軍内で繰り返し指示される3。中央軍事委員会は総参謀部による「軍隊研究生教育改革の意見」を全軍に向けて通達する際に、「江沢民国防・軍隊建設思想を深く貫徹する」ことを要求する。中央軍事委員会の郭伯雄副主席も、国防部長を兼任する曹剛川副主席も地方部隊に出向いて、同様の指示を繰り返すのである。
 五月十七日から空軍の第十回党代表大会が開催され、「“三個代表”重要思想を導き手とする」ことがまた確認される4。江沢民は中央軍事委員会主席として、副主席の胡錦濤国家主席を従えて空軍党代表大会の代表たちに会見し、自ら「“三個代表”重要思想の学習を貫徹する」ことを指摘するのである。
 香港の『文匯報』紙によれば、中央軍事委員会は委員を現在の八人から十一人に増員することになった5。現在は江沢民が主席で、胡錦濤(国家主席)、郭伯雄(政治局委員)と曹剛川(国防部長)が副主席で、委員は徐才厚(総政治部主任)、梁光烈(総参謀長)、廖錫龍(総後勤部部長)と李継耐(総装備部部長)である。この八人に、海軍司令員の張定発、空軍司令員の喬清晨と第二砲兵司令員の靖志遠の三人が委員に加わる。『文匯報』紙によれば、すでに三人とも軍事委員会の会議に列席している。こうした増員は、従来の陸軍中心の七つの大軍区から、江沢民主席が進めてきた「ハイテク条件下の現代戦争」に対応した陸軍兵員の削減や海軍、空軍と弾道ミサイル部隊の増強を、統帥権を握る中央軍事委員会にも反映させるものといえる。その意味で、江沢民の解放軍掌握の強化といえるかもしれない。
 江沢民はまた「命令と通令」の署名を通じて、中央軍事委員会主席としての威令を印象付ける。第三軍医大学第一附属医院焼傷科に「模範軍事医院焼傷科」の栄誉称号を授与し、新疆軍区の「連(中隊)」に「衛国戍辺模範連」の栄誉称号を授与するのである6
 中央軍事委員会は六月二十日には、大将と中将の間に位する上将への昇級式を開いた7。式は中央軍事委員会の郭伯雄副主席が司会し、江沢民主席が十五名に命令状を手渡し、「嬉しそうに彼らと握手し、祝賀の意を表した。上将肩章をつけたこの十五人は江沢民などの領導同志たちに向かって敬礼し」、「嵐のような拍手が湧き起こった」。
 今回昇級した十五人の将官と警官はそれぞれ、葛振峰(総参謀長)、張黎(副総参謀長)、由喜貴(総参警衛局局長兼中央警衛団団長)、張文台(総後勤部政治委員)、胡彦林(海軍政治委員)、鄭申侠(軍事科学院院長)、趙可銘(国防大学政治委員)、朱啓(北京軍区司令員)、李乾元(蘭州軍区司令員)、劉冬冬(済南軍区政治委員)、雷鳴球(南京軍区政治委員)、劉鎮武(広州軍区司令員)、楊徳清(広州軍区政治委員)、呉双戦(武警部隊司令員)、隋明太(武警部隊政治委員)である。
 こうした一連の報道からは、公式の党序列では胡錦濤総書記が第一位であるが、江沢民が軍の統帥権を行使する中央軍事委員会主席として、また党の指導思想の一つである「“三個代表”重要思想」の創始者として、いぜんとして胡錦濤を従えている、という構図が見えてくる。
 しかしながら、「絶密(極秘)」のはずである空軍の第十期党委員会委員の名簿が流出し、はじめて空軍党委書記に政治委員ではなく、空軍司令員が選ばれたことが明らかになる8。こうした人選への批判が、漏洩の背後にはあるのかもしれない。
 また軍隊党委工作条例も詳細にみれば、やはり「党による軍隊に対する絶対領導の確保を根本的目的」としている。条例の中には「監督と責任の追及」が設けられ、「とくに書記、副書記がこの条例に違反する行為があった際の責任の追及と処理について、具体的な規定を作成している」のである9
 「軍隊の最高領導権と指揮権は党中央に集中している」のであり、「わが国の憲法と国防法は、国防と軍隊建設事業を含めた国家事業における中国共産党の領導地位を明確に規定している」。それゆえに、中央軍事委員会のメンバーの任命権も党中央委員会にある10
 追加任命された三人も委員は中央軍事委員会の会議にすでに「列席」しているが、議決権をもつ“出席”とは報じられない。正式の委員就任は胡錦濤総書記が開く党中央委員会によって決定されるのであり、今年の下半期に開かれる第十六期四中全会まで待たなければならない。
 

1 「経中央軍委主席江沢民批准《党委工作条例》正式頒発」『解放軍報』二〇〇四年五月十日。
2 社論:規範和加強軍隊党委工作的基本法規」『解放軍報』二〇〇四年五月十日。
3 「郭伯雄在陝部隊調研時強調」『人民日報』二〇〇四年五月二十七日、「以“三個代表”重要思想為指導」『解放軍報』二〇〇四年六月三日および「深入貫徹江沢民国防和軍隊建設思想」『解放軍報』二〇〇四年六月十四日。
4 「江沢民胡錦濤等軍委領導会見空軍党代会代表」『人民日報』二〇〇四年五月二十日。
5 「海空軍二炮司令進入中央軍委」『文匯報(海外航空版)』二〇〇四年五月二日。
6 「給一批単位和個人栄誉称号或記功」『人民日報』二〇〇四年六月十七日および「給一批単位和個人栄誉称号或記功」『人民日報』二〇〇四年六月十八日。
7 「中央軍委隆重挙行晋昇上将軍銜警銜儀式」『国防報』二〇〇四年六月二十一日。
8 「開立一個新的交易帳戸」「多維新聞網』二〇〇四年五月二十六日。
9 『解放軍報』二〇〇四年五月十日前掲記事。
10 「確保党対軍隊絶対量是軍隊党委工作的根本要求」『解放軍報』二〇〇四年六月十日。
「両個務必」が再強調される
 政権の指導者たちは胡錦濤総書記をはじめとして、外国訪問と国内の地方視察を精力的にこなしていた。五月から六月にかけて、訪欧した全人代常務委員会の呉邦国委員長を除く、政治局常務委員会の委員八人は頻繁に国内視察に赴いているのである。
 たとえば胡錦濤総書記は四月三十日から五月六日に江蘇省、五月十四日から十六日に吉林省、曾慶紅国家副主席は五月十二日から十八日まで湖北省と甘粛省、六月九日から十二日に福建省、温家宝総理は五月二十四日から二十五日に上海、六月八日から十二日に湖北省、政治協商会議全国委員会の賈慶林主席は六月九日から十六日まで四川省、黄菊副総理は六月十日から十三日に内モンゴル自治区、中央規律検査委員会の呉官正主任は六月九日から十五日に新疆ウイグル自治区、中央政法委員会の羅幹書記は六月十一日から十五日に浙江省、思想宣伝担当の政治局常務委員の李長春は六月十日から十五日に江蘇省を視察している。
 そして胡主席や温総理たちは、「科学発展観」を繰り返し強調するのである。「科学的発展観」は二〇〇三年十月に招集された第十六期三中全会で提起された新しい方針であり、胡主席は「中国の発展問題を解決しようとすれば、必ず断固として科学的発展観を樹立し、真剣に定着させなければならない」と強調し、温総理も「科学的発展観を真剣に貫徹しなければならない」と指摘するのである1
 「科学的発展観」は「全面的で均衡のとれた持続可能な発展観」の確立を強調し、「加速発展と持続可能な発展の統一」、「人と自然との共生的発展の必然的要求」、「資源節約型社会の体制的保障」などが強調される2
 六月八日に開かれた全国政治協商会議主席会議は、「科学的発展観」を「新世紀の新段階の党と国家事業の全面的な発展から出発して提出された重大な戦略思想」と定義付ける。そしてこの「重大な戦略思想」の「徹底的な定着」を指示し、「“三個代表”重要思想」の「指導」的地位に言及しながらも、「科学的発展観」をより重視する姿勢を示唆するのである3
 思想宣伝面で、明らかに江沢民離れが目立ち始めている。たとえば六月十五日から、北京の国家博物館において「西柏坡精神巡回展覧会」が開催される。六月十五日から二十五日は入場無料で、「公衆に開放される」のである4
 西柏坡は河南省の農村で、一九四九年三月に第七期二中全会が開催された場所であり、この会議で毛沢東主席が国共内戦での勝利を目前に、幹部たちに向けて「政権を執っても謙虚におごらず、人民のために刻苦奮闘せよ」と指示した。この指示は「両個務必」、つまり「二つの必ずやること」として、幹部が遵守すべき工作作風の原則の一つとされてきた。これを再び強調したのが、総書記就任直後の胡錦濤であった。胡総書記は二〇〇二年十二月五日から六日に、政治局常務委員に選ばれた曾慶紅や書記処の書記たちを引き連れて西柏坡を訪問した。そのときの演説において、この「両個務必」を強調した。二〇〇三年一月に内モンゴル自治区を視察した際にも言及し、「党風建設」強化と関連付けて「両個務必」の学習を指示したのである。「両個務必」学習は胡錦濤総書記の意向であり、それを強調した「胡錦濤同志の重要演説を真剣に学ぶ」ことが指示されたのである5
 こうした文脈に今回の展覧会も位置付けられる。『人民日報』評論員は、この展覧会を「全党が“三個代表”重要思想の貫徹の学習を深く行う」うえで「十分に重要な現実的意義をもっている」という。しかし同時に胡錦濤総書記が「重要演説」をして、「両個務必」を呼びかけたことを強調するのである6
 党中央組織部の三百人、宣伝部の百五十八人を含めて党中央の機関幹部たちも参観し、「両個務必」を堅持し、「西柏坡精神」に依拠することは「まことにすばらしい思想武器」であるというのである7
 

1 「把科学発展観貫穿於発展全過程」『人民日報』二〇〇四年五月七日および「認真貫徹科学発展観」『人民日報』二〇〇四年五月二十八日。
2 「実現加加発展与持続発展的統一」『人民日報』二〇〇四年六月十五日。
3 「政治協商会議賈慶林主持召開全国政協主席会議」『人民日報』二〇〇四年六月九日。
4 「『西柏坡精神巡回展覧』即将展出」『光明日報』二〇〇四年六月十四日および「西柏坡精神巡回展在京開幕」『人民日報』二〇〇四年六月十六日。
5 「大力発揚艱苦奮闘作風」『人民日報』二〇〇二年十二月八日および拙稿「中国の動向」『東亜』二〇〇三年三月号六十一頁。
6 本報評論員「譲西柏坡精神代代相伝」『人民日報』二〇〇四年六月十六日。
7 「重温歴史不忘本」『人民日報』二〇〇四年六月十八日。
●5月の動向日誌
5月2日
*温家宝総理、欧州五カ国訪問へ出発。6日、プローディEU委員長と会談。EUとの経済関係強化で共同声明。10日、ブレア英首相と会談し、「中英共同声明」発表。
8日
*胡錦濤総書記、日中友好議員連盟(高村正彦会長)訪中団と会談。北朝鮮の拉致問題に関し、「解決が近付きつつあるという印象を持っている」と語る。
12日
*六カ国協議作業部会初会合が北京で開会。14日閉幕。(1)第三回六カ国協議を6月末までに開催、(2)それまでに二回目の作業部会を開催する、の二点を決める。*浙江省・嘉興市で、大型バスが陸橋から転落、二十三人が死亡。
15日
*韓国・済州島でASEAN+日中韓財務相会議。スワップ協定強化で合意。
17日
*共産党台湾工作弁公室と国務院台湾事務弁公室が声明。台湾独立に向けた動きを「粉砕する」と延べ、軍事行動の可能性も示唆。
18日
*WHO、北京と安徽省で先月発生したSARSについて、制圧を宣言。
20日
*陳水扁・台湾総統就任式。
24日
*国務院台湾事務弁公室・張銘清報道局長、陳水扁・台湾総統の就任演説を批判「台湾は独立を放棄せず」と。
25日
*中国の巡視船「海巡21」が横浜に入港。海上保安庁の観閲式に参加。
27日
*中国政府と国連開発計画(UNDP)、「中国国際貧困削減センター」を設置で合意。*国連安保理、中国が米英のイラク新決議案に修正案を提示。仏独露スペインも同調。
28日
*スウェーデンで「原子力供給国グループ」(NSG)総会。中国など四カ国の加盟を承認。*米国防総省、中国の軍事力に関する年次報告書を議会に提出。中国が今後十〜十五年で兵器、戦術、訓練などの面で世界的水準に達すると認識。
29日
*胡錦濤主席、ブッシュ米大統領と電話会談。国連安保理イラク決議案などを協議。
30日
*香港で天安門事件の再評価を求めるデモ。事件十五周年を前に、五千六百人が参加。
小島朋之(こじま ともゆき)
1943年生まれ。
慶応義塾大学法学部卒業。慶應義塾大学大学院修了。
京都産業大学教授を経て現在、慶應義塾大学教授。同大学総合政策学部長。
 
 
 
 
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