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2004年6月号 東亜
陳水扁政権に対しては警戒感
慶應義塾大学教授
小島朋之
 
 五月二十日、陳水扁総統の就任式が行われ、陳政権の二期目が正式にはじまった。
 三月二十日の総統選はまれに見る接戦で、得票差は三万票弱の〇・二二八%で与党、民進党の陳水扁陣営の勝利であった。再選された陳総統は二〇〇〇年三月の総統選では三九・三%の得票での勝利であったが、今回は五〇・一一%で、わずかとはいえ五〇%を上回る得票であった。得票数では前回よりも三〇%も伸ばし、連戦・宋楚瑜コンビの野党連合(国民党・親民党)は一五%も減らしてしまった。こうした結果に対しては、現職の強みや投票前日の陳総統に対する狙撃事件などの影響もあったはずである。しかし、なによりも台湾の民意が「台湾認同(台湾アイデンティティ)」の意識を強め、中国側が主張する「一つの中国」原則による統一よりも、大陸中国から自立した現状の継続を選択した結果とみるべきであろう。今後、この傾向は強まるはずだ。
 それゆえに、中国側は陳総統の再選に危機感を募らせ、陳総統の正式就任に向けて圧力をかけてきた。野党陣営による選挙結果に対する抗議、選挙無効や再集計の提訴などの動きを繰り返し報道し、台湾の政情不安をことさらに強調した1
 三月二十六日に陳水扁総統の再選を正式に認める公告がだされた際には、国務院台湾事務弁公室は談話を発表し、「台湾情勢がコントロールを失い」、「台湾海峡の安定を損なうのであれば、われわれは座視して見過ごすことはない」と警告した2
 「われわれは、台湾地区の選挙機関が候補者の一方による強い反対を顧みず、選挙結果を直接公告で発表したことに注意している。また、台湾の候補者の一方がこれを受け入れることができず、なおも抵抗しつづけていることにも注意している。われわれは事態の成り行きを注視する。台湾の人々はわれわれの血を分けた兄弟だ。もし台湾情勢がコントロールを失い、社会的動乱を引き起こし、台湾の人々の生命や財産の安全に危険が及び、台湾海峡の安定を損なうのであれば、われわれは座視して見過ごすことはない」。
 本稿では以下において、台湾における陳水扁総統の二期目の発足に対する中国側の対応について検討しておこう。
 

1 たとえば「台湾局勢持続悪化」『環球時報』二〇〇四年三月二十九日。
2 「就台湾選務機構発布公告」『人民日報』二〇〇四年三月二十八日。
米国は台湾独立不支持を確認
 中国側は台湾問題について一貫して「内政問題」であり、他国の干渉を排除する立場を堅持してきたが、陳政権の「台独」阻止には台湾問題の「国際問題」化も辞さない。台湾の独立志向を抑え込むために、国際社会からの圧力をも利用するのである。とくに一方でアメリカの台湾問題への介入の動きを排除しつつ、他方でアメリカによる台湾独立への動きに対する反対の確認を取り付け、陳水扁政権の動きを牽制した。
 胡錦濤国家主席はアメリカのチェイニー副大統領と四月十四日に会見し、ブッシュ大統領が昨年十二月に訪米した温家宝総理との会見で表明した台湾の現状を変更するいかなる動きにも反対するとの意向を再確認するように迫った。
 「『台湾独立』勢力の分裂活動は台湾海峡地域の平和と安定の最大の脅威だ。台湾問題において、中国政府は『平和統一・一国両制』の基本方針を堅持し、台湾問題の平和解決に力を尽くすが、われわれは『台湾独立』を絶対に認めるわけにはいかない。われわれはアメリカが中国との約束を守り、『一つの中国』政策を堅持して、中米間の三つの共同コミュニケをしっかり守り、『台湾独立』に反対し、台湾の指導者が台湾の現状を変える趣旨のいかなる言行にも反対し、台湾当局に誤ったシグナルを送らないでほしいと希望する」。
 チェイニー副大統領も「アメリカ政府は米中間三つの共同コミュニケにもとづく『一つの中国』政策を引き続き堅持し、『台湾独立』を支持しない」といい、「台湾海峡の現状を変える一方的な行動に反対する」と確認したのである1
 アメリカ側は東アジア・太平洋問題担当のケリー国務次官補が四月二十一日に米下院の国際関係委員会で証言し、台湾問題に対する政策原則を確認した2
 第一が、「三つの共同コミュニケと一九七九年に制定された台湾関係法にもとづく『一つの中国』政策を踏襲することである」。第二が、「台湾独立やアメリカが定義する『現状維持』に変更をもたらす一方的な行動を支持しないことである」。第三が、「中国側については台湾に対して武力を行使せず、武力行使の脅しをかけないということであり、台湾側については両岸関係のあらゆる面に慎重に対処することであり、両岸ともに一方的に台湾の地位を変更する声明や行動をとらないということである」。
 ここまでは、中国側が反対する「台湾関係法」以外については、中国側の意向をほぼ尊重した姿勢を確認している。しかし同時に、中国側の強硬政策に対する牽制も表明するのである。第四では、「台湾関係法にしたがって適切かつ防衛的な武器の売却をひきつづき実施する」。第五では、アメリカが「台湾に対する武力行使に大きな懸念をもち、武力であれ、他のかたちであれ、台湾に対する圧制に対して抵抗できる力を維持する」ことを表明するのである。
 そして第六では、アメリカの「最大の関心はアメリカの国益を増進し、地域に戦争の危険をあたえず、台湾の民主主義を守り、中国における個人の自由の拡大だけでなく地球共同体への中国の建設的な統合を促進するために、平和と安定を維持することである。アメリカが台湾海峡の紛争に巻き込まれる可能性が現実にあるがゆえに、大統領はアメリカ国民の生命が潜在的に危険にさらされていることを知っている。われわれの一つの中国政策は、一致困難な相違があるかぎりは台湾海峡の平和を維持するために永続的に関与するということである」と確認するのである。
 

1 「胡錦濤会見美国副総統切尼『人民日報』二〇〇四年四月十五日。
2 "Testimony at a Hearing on Taiwan," House International Relations Committee,Washington DC, April 21, 2004.)
就任演説に向けた厳しい警告
 中国側は、アメリカによる台湾への武器売却に対しては批判するが、アメリカによる台湾独立への不支持の再確認については評価する。これを圧力に利用しながら陳水扁総統の二期目に対して警戒姿勢を強めるのである。五月十七日には党中央台湾工作弁公室と国務院台湾事務弁公室は共同で声明を発表し、五月二十日の総統「就職(就任)」式典での陳総統の演説に向けて警告を発した1
 声明は「いま両岸関係は厳しい情勢にある」といい、「中国を分裂させる『台湾独立』の活動を断固として阻止し、台湾海峡の平和と安定を守ることは、両岸の同胞にとってもっとも差し迫った任務だ」と指摘する。そして陳水扁総統の姿勢に対して、厳しい批判を展開する。批判はまず、二〇〇〇年五月の第一期目の総統就任の際に表明した「四不一没有(五つのノー)」の不履行である。
 陳総統は「台湾独立」を宣言しない、「国名」を変更しない、李登輝前総統が提唱した「両国論」を憲法に盛り込まない、統一か独立かの住民投票を行わない、「国家統一綱領」「国家統一委員会」を廃止しないなど「五つのノー」を約束した。声明は「これらが食言であり、まったく信用のならないものであった」と非難する。「台湾独立」は宣言しないが、「さまざまな分裂勢力を糾合して『台湾独立』活動を進めている」。「国号」の変更はないとしながら、「台湾の名を正す」、「中国化を除く」を「絶えず宣伝している」。「両国論は憲法に盛り込まない」といいながら、しかし「一辺一国」論を提起して、「分裂の主張を打ち出している」。統一か独立かの「公民投票」をしないとしながら、「公民投票」の形式で「台湾独立」活動を進めている。「国家統一委員会」と「国家統一綱領」の廃止はないとしながら、「これらを棚上げし、名ばかりの存在にしている」。さらには「公然と”制憲(憲法制定)”を通じて“台湾独立”への時間表を提出し」、「両岸関係を危険な瀬戸際に進めている」。
 声明は、「台湾独立」に「平和はなく、分裂に安定はない」と厳しい姿勢を明らかにし、「一つの中国」の原則を堅持する立場について「決して妥協せず」、「国家の主権と領土保全を守る意思を決して揺るがせず、“台湾独立”を決して容認しない」ことを確認する。
 しかし同時に、これを前提にしてではあるが、「平和的談判への努力を決して放棄せず、台湾同胞とともに両岸の平和的発展を話し合う誠意を決して変えていない」ことも表明するのである。そして「今後四年間、いかなる人が台湾当局者になろうと、“世界に中国は一つしかない”、“大陸と台湾は同じ中国”と認め、“台湾独立”の主張を捨て、“台湾独立”の活動を停止しさえすれば、両岸の関係は平和・安定・発展という明るい展望を開くことができる」として、以下の点の実現を提示する。
 第一に、「両岸の対話と談判、平等な話し合いを回復し、敵対状態を正式に終了し、軍事的な相互信頼システムを構築し、両岸関係の平和・安定・発展の枠組みをともに打ち立てられる」。第二に、「適切な形で両岸の密接な連絡を保ち、両岸関係の中で生まれる問題を適切なタイミングで解決できる」。第三に、「全面的・直接・双方向の”三通(通航・通商・通信)”を実現する」。第四に、「両岸による経済協力緊密化協定を締結し、利益を共有できる」。第五に、「両岸の人々の間での交流を緊密にし、隔たりを消滅させ、相互の信頼を強め、共通認識を蓄積できる」。第六に、「両岸関係の和やかな雰囲気の中で、両岸の平和、社会的安定、経済的発展を求める台湾の人々の願いを実現することができる」。第七に、「話し合いによって、台湾地区の国際社会における活動範囲の問題を適切に解決し、中華民族としての尊厳を共有できる」。
 厳しい警告と「明るい展望」の二つの道を提示し、「どちらを選ぶかは、台湾当局者が選択しなければならない」という。そして「もし台湾当局者が危険な方向へ走り、“台湾独立”という重大な事変を引き起こすのであれば、中国人は一切の代価を惜しまずに、“台湾独立”という分裂へのたくらみを徹底的に粉砕するだろう」と、「台湾独立」の放棄を迫るのである。
 

1 「就当前両岸関係問題発表声明」『人民日報』二〇〇四年五月十七日。
就任演説は中国側に配慮した
 五月二十日の総統就任式での陳水扁総統の演説は、台湾内部の「台湾認同」を踏まえながらも、中国側の厳しい警告とアメリカの慎重姿勢も考慮した内容に落ち着いた1
 演説は、「二〇〇〇年五月二十日の就任演説の際に掲げた原則と約束については、これまで四年間は変えたことがなかったし、これからの四年間も変えることはない」と述べて、今後も「五つのノー」を履行することを誓約する。「一辺一国」にも言及しない。中国に台湾独立を警戒させる「制憲(憲法制定)」についても、名称を「憲法改革」に変更することを表明した。改憲についても「公民投票」ではなく、従来方式を踏襲する。「現行憲法および追加修正条文の規定にもとづき、国会において草案が通過した後、最初にして最後の非常設の国民代表大会を選出する。そうして、憲政改革、国民代表大会廃止、公民投票の憲法条文化などを達成する」のである。「公投」は将来の目標に先延ばしされたのである。
 「国家主権と領土と統一・独立問題」についても、棚上げの姿勢を表明した。演説はこの問題が「現在の台湾社会には絶対多数のコンセンサスが形成されていないことを強く知っており、私個人はこれらの議題をここでいう憲政改革の範囲に含めることはふさわしくないと考える」と表明するのである。ただし「中華民国は台湾・澎湖・金門・馬祖に存在している」といい、「台湾中華民国」と呼ぶのである。
 演説は中国側の意向に配慮をし、さらに中国側が「一つの中国原則」を「放棄しがたいことは理解できる」と一定の理解を示した。しかし同時に、「北京当局もまた、台湾人民が民主主義を必要とし、平和を愛好し、共存を求め、発展を希求するという点で堅い信念を持っていることを十分に理解する必要がある」と強調する。「歴史的な原因によって、両岸は異なった政治制度と生活様式を発展させており」、「もしも両岸がそれぞれ発展させてきた“異なる点”と“同じ点”について肯定的な姿勢で観察する意思を持つのであれば、両岸の協力互恵の関係を築いていく方向でそれらをプラスに活用することができるはずである」と語るのである。
 そして中国側が最近になって主張する「和平崛起(平和台頭)」を賞賛し、そうであれば「北京当局が台湾海峡の平和的な現状の維持こそが、両岸それぞれの発展およびアジア太平洋地域の安定によって重要であることを、理解することができると信じている」といい、「両岸が建設と発展に力を注ぎ、動態的な平和安定の相互関係からなる枠組みを話し合いで築きあげ、台湾海峡の現状が一方的に変更されないようにし、三通を含めた文化経済貿易の往来を進めること」を提案するのである。その方向に向けて、台湾側では「両岸平和発展委員会」を設立し、「両岸平和発展綱領」を制定し、「両岸の平和と安定、持続的発展の新たな関係を構築すること」を提案するのである。
 「五つのノー」の踏襲、「公投(レファレンダム)」の先送りなどを盛り込んだ就任演説に対して、アメリカ側は「建設的」と肯定的に評価した。しかし、中国側は「陳水扁は海峡両岸と国際社会が“台湾独立”に反対する強大な圧力に対処するために、“五・二十演説”を考え抜いた挙句にカモフラージュし、一部の言説を変更した。しかし、彼は“一つの中国”原則の承認を拒絶し、“台湾独立”という祖国分裂の立場を頑なに堅持する基本的立場を変えていない」と批判した2
 国務院台湾事務弁公室も五月二十四日に記者会見を開き、就任演説について「一辺一国」論に言及しなかったが、「台湾独立の意思を放棄していない」と批判し、独立に向けて「陳水扁があえて全世界に挑戦するのであれば。われわれは犠牲を支払うことを惜しまず、『台湾独立』分裂の陰謀を断固として徹底的に粉砕する」と語るのである3。一期目の陳政権に対して発言と行動の両面に関心を寄せたが、今後は陳総統の「“言”には関心をもたず、カギは“行”を見守ることになる」という姿勢を表明するのである。
 二〇〇八年の台湾における新憲法の施行に対しては、武力に訴えてこれを阻止することに法的根拠を与える「国家統一法」の制定に向けた研究の着手さえ表明されるのである4
 

1 「中華民国第十一任総統副総統就職慶祝大会」『中華民国総統府』HP二〇〇四年五月二十日。
2 「外交部発言人答記者問」『人民日報』二〇〇四年五月二十二日。
3 「国台弁陳水扁仍未放棄“台独”分裂立場」『新華網』二〇〇四年五月二十四日。
4 『東京新聞』二〇〇四年五月十九日。
●4月の動向日誌
4月5日
*WTO(世界貿易機関)、年次報告を発表。中国が米独に次ぐ第三位の輸入大国となる。輸出は独米日に次ぐ四位。
6日
*全国人民代表大会常務委員会、香港基本法の解釈草案を賛成多数で可決。香港立法会での選挙制度改正案審議前に、行政長官による全人代への報告を義務づけ。普通選挙による行政長官選出などに事実上封じ込め。
8日
*米国、国連人権委員会に対し、中国の人権状況の改善を要求する非難決議案を三年ぶりに提出。15日、中国提出の「不採決」動議が可決され、非難決議案採決は見送り。
14日
*米商務省、中国製カラーテレビについて、ダンピングの事実を認定と発表。
19日
*北朝鮮・金正日総書記、中国を非公式訪問。胡錦濤国家主席、江沢民中央軍事委員会主席らと会談。21日帰国。
22日
*中国衛生部、北京市内の病院に勤める女性看護師が新型肺炎SARSの疑いと発表。23日、安徽省の女性とともに、感染を確認。5月11日までに、患者九名(内、死亡一名)へ拡大。
*日中両政府の作業部会、旧日本軍の化学兵器処理施設を吉林省に建設で最終合意。
22日
*北朝鮮・平安北海龍川で列車爆発事故。24日、中国・商務部、約一億四千五百万円相当の緊急援助物資提供を発表。胡錦濤主席、金正日総書記へ見舞いの電報。
23日
*大阪の中国総領事館に右翼街宣車が突っ込み、炎上。運転の男性を逮捕。
24日
*博鰲(ボーアオ)アジアフォーラム第三回年次総会開幕。胡錦濤主席が基調演説。25日閉幕。
26日
*全国人民代表大会常務委員会、07年に実施予定の香港行政長官選挙で普通選挙の実施を認めず。08年の立法会(議会)選挙でも現行制度を維持。
*国務院、「中国の雇用状況及び政策」を発表。中国初の労働白書。
*EU閣僚理事会、対中武器禁輸措置を継続。
27日
*SARS調査でWHO(世界保健機関)専門家チームが北京入り。
小島朋之(こじま ともゆき)
1943年生まれ。
慶応義塾大学法学部卒業。慶應義塾大学大学院修了。
京都産業大学教授を経て現在、慶應義塾大学教授。同大学総合政策学部長。
 
 
 
 
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