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2004年5月号 東亜
領導幹部への問責制度を強化
慶應義塾大学教授
小島朋之
 
 第一・四半期の経済成長率は九・七%に達し、インフレ圧力が強まり、「過熱」への警戒感が強まっている。広東省では一五%に上昇し、ここ十年間での最高を記録している。
 成長率が二桁台に上がるとき、中国経済は「過熱」し、その引き締めで「過冷」に陥るサイクルを踏んできた。今年の第一・四半期には固定資産投資が四三%も急増し、三十五の大中都市における住宅価格は七・七%も上昇している1。家屋不動産協会の楊慎会長は、「住宅の投機取引はすでに隠性バブル現象をもたらしている」と警告するのである2
 経済の先行き不透明な状況において、胡錦濤政権は国民による信頼確保のために、「以人為本」の人間本位主義を貫く姿勢を重視するともに、党や政府の領導幹部に対して責任の所在を明確にする原則の具体化を急いでいる。「党内監督条例(試行)」や「党政領導幹部辞職暫行規定」に加えて、十年計画での実現をめざす「依法行政実施綱要」を作成し、その具体的適用を試みている。本稿では以下において、過熱が懸念される経済情勢、領導幹部に対する問責制の実施状況、尖閣諸島問題への日中両国の慎重な対応などが検討される。
 

1 「数据」『経済日報』二〇〇四年四月二十日。
2 「妙房巳造成隠性泡沫現象」『人民日報(海外版)』二〇〇四年四月十九日。
経済はインフレ圧力に直面?
 中国経済はいまインフレ局面に移ったのか、あるいはなお健全な安定成長の軌道に乗っているのか、難しい局面を迎えている。二〇〇三年の経済成長率が予想以上に高い九・一%に達したが、二〇〇四年第一・四半期には九・七%となり、国家統計局は「快速成長を維持し、全体的に情勢は順調」と評価する1
 第一・四半期には個人収入が急速に伸び、都市部居住者の平均可処分所得は一二・一%アップで、一・四ポイント上昇した。物価上昇率を差し引いた実質増加率は九・八%である。農村部でも平均現金収入は一三・二%増で、一・七ポイントも上昇し、実質で九・二%増である。
 対外貿易も三八・二%の増加で、輸出が三四・一%増加し、輸入は四二・三%も増加した。直接投資も契約べースで四九・二%、実行べースで七・五%の増加であった。
 消費者物価も上昇に転じ、二・八%アップとなった。一九九八年(マイナス〇・八%)、九九年(マイナス〇・八%)、二〇〇〇年(プラス〇・四%)、〇一年(プラス〇・七%)、〇二年(マイナス〇・八%)、〇三年(プラス一・二%)であり、一九九七年以来の上昇水準に復帰した。固定資産投資も急増し、四三%も増加した。
 国家統計局の責任者も、「インフレ圧力に直面していることはたしかである」と認めるのである。北京では三月に消費者物価が三%アップしている。
 国務院は四月九日に常務会議を招集して、「過熱」傾向の経済情勢に対する警告と対応を検討した2
 「経済運営の中で現れた矛盾点の顕在化が進み、深刻さを増す問題も一部にあることを、冷静に見る必要がある」として、とくに「投資の早すぎる増加、多すぎる新規着工プロジェクト、大きすぎる進行中のプロジェクトの規模、不合理な投資構造、一部業界・地域での無計画な投資、低付加価値分野での事業の重複といった問題が相当深刻になっている」ことを指摘した。このために石炭や電力、石油、運輸、重要な原材料などの供給不足が深刻となり、貸付残高の増加が再加速化し、総合的な物価水準が引き続き上昇していると警告する。そして会議は「きわめて重要かつ差し迫った任務」として、「ひきつづきマクロ・コントロールを強化し、投資の早すぎる成長を断固として抑制し、インフレを防止し、経済の大きな浮き沈みを回避しなければならない」ことを強調したのである。
 中国人民銀行は過熱を警戒して、四月二十五日から法定の預金準備率を〇・五ポイント引き上げ、現行の七%から七・五%に変更することを決定した3。預金準備率の引き上げは、主に貸付残高の過度の増加を抑制し、国内経済の安定的で急速かつ健全な発展を維持するためといわれるのである。
 

1 「同比増長九・七%」『人民日報(海外版)』二〇〇四年四月十六日、「総体形勢良好、問題不容無視」『人民日報』二〇〇四年四月十六日および「従当前価格看通脹圧力」『瞭望』二〇〇四年第十二期四十一−四十二頁。
2 「継続加強宏観調控」『人民日報』二〇〇四年四月十二日および「温総治過熱、力避硬着陸」『文匯報(海外航空版)』二〇〇四年四月二十二日。
3 「提高存款準備金率〇・五個百分点」『人民日報』二〇〇四年四月十二日。
SARSの再発と迅速な対応
 四月二十二日、衛生部は「非典(非典型肺炎)」、SARS感染の疑い例の発生を公表した。二〇〇二年秋から二〇〇三年夏にかけて、「非典」が猛威をふるい、二千五百二十一人が感染し、百九十三人が死亡した。二〇〇四年に入って広東省で四人の感染が確認されたが、二月には全員が退院して、感染者ゼロが宣言された。ところが、四月二十二日に北京市の病院に勤務する女性看護師がSARS感染の疑いがあることが公表され、翌日には彼女を含めて二人の感染が確認されたのである。いま一人の感染者は安徽省の安徽省医科大学の修士研究生の女性で、三月に中国疾病予防抑制センターのウイルス病予防抑制所形態実験室で研修を受けていた。三月二十五日に発熱などの症状を訴え、北京市の病院に入院していた。看護師は彼女の看病で感染した。これまでに患者と親しい接触のあった五人が相次いで発熱などの症状をみせ、隔離・観察下におかれた。そして女性研究生を看病していた母親は四月八日に発熱を訴えた後、十九日に容態が急変して死亡したのである。
 感染の再発は、まさに警戒態勢の解除直後であった。四月十五日前には、衛生部、鉄道部、交通部、民航総局など七つの部局が連合して通知をだし、国内の空港、駅などでの体温検査、関係部門によるSARS当直監視制度やSARSゼロ報告制度(感染例がゼロでも報告する制度)を暫時停止することになっていたのである1。WHOは中国のSARS研究の先進的な成果を高く評価し、胡錦濤国家主席は四月二十日にはWHO(世界保健機構)の総幹事と会見して、SARS対策に対するWHOの「有力な指導と支援」に「感謝」を表明していた2
 二〇〇三年にSARSが急速に拡大した要因の一つは、春節の大型連休による大規模な人の移動にあった。今回も五月一日から七日間の大型連休が間近に迫っている。対応は急を要するものであった。衛生部は二十二日夜には、テレビ電話による全国衛生システム会議を緊急招集した。SARSゼロ報告制度の復活などを指示し、間もなく到来する「五一黄金周」を前に予防対策の強化を指示した3
 北京市でも、SARS対策合同作業グループによる会議が二十三日に招集された。市党委員会の劉淇書記は、疫学調査を強化し、感染源を早期に究明するよう指示した。さらに、病院管理の強化によって院内感染を防止する必要を指摘するとともに、状況を迅速に報告し、情報が迅速かつ正確に伝わるよう、北京の各部門が協力することを強調した。劉淇書記は、「われわれは最短期間で感染を抑制できるはずだ」と表明したのである4。抑制できるかどうか、まだ予断を許さない。
 

1 「非典防控工作開始調整」『経済日報』二〇〇四年四月十六日。
2 「中国非典疫苗開発技術最先進」『人民日報(海外版)』二〇〇四年四月十七日および「胡錦濤会見世界衛生組織総幹事」『人民日報』二〇〇四年四月二十一日。
3 「衛生部部署防治非典」『人民日報(海外版)』二〇〇四年四月二十三日。
4 『人民網日本語版』二〇〇四年四月二十四日。
領導幹部の責任追及を厳格に
 SARS感染拡大の防止のために迅速に対応しようとする姿勢は、国民の意向をできるだけ尊重しようとする胡錦濤政権の親民路線を反映している。また民意反映の政治が、新政権の正当性を確保し、政権基盤を固めることにつながるということであろう。責任の所在を明確にし、責任追及を厳しく問うのもまた、この政権が目指しているところである。
 「中国共産党党内監督条例(試行)」とともに、「党政領導幹部辞職暫行規定」はその事例の一つである。規定には「公的理由による辞職」、「依願による辞職」、「引責による辞職」や「命令による辞職」などが明記された1
 規定は「党と政府の指導幹部は職務上の重大なミス、職責怠慢による重大な損失または悪影響、あるいは深刻な事故に対する重大な監督責任などによって、現職の継続が不適切であるとみられる場合、自ら責任を取って指導職務を辞するべきである」と明確に指摘している。
 さらには制度面から官員制を完備し、問責制政府を確立することをめざしている。そのために「党政領導幹部辞職暫行規定」についで、失策の責任を追及する制度の具体的内容と基準も規定する。たとえば党政領導幹部の公開選抜の規定、党政機関幹部のポスト昇進の競争規定、地方党委全委会による一級下の党政正職に対する人選と推薦の表決方法などが含まれる。さらに関連する「国家監督法」、「公務員法」もまもなく制定される。
 腐敗・汚職の摘発・処分を厳しく進めるために、派遣された出先監察機関に対する中央による「直接領導」への切り替えもまた、その事例の一つである2
 これまで出先監察機関は、党中央規律検査委・国務院監察部と出先機関による「双重領導」であった。そのために駐在官が出先機関と癒着したり、駆け引きをして、監督が形式にながれてしまう傾向があった。こうした弊害を是正するために、出先監察機関の統一管理が全面的に実施され、監察部と出先機関の駐在先部門との「双重領導」を監察部による「直接領導」に改められることになった。
 党中央規律検査委と国務院監察部の出先機関統一管理工作会議が四月七日に開かれ、中央紀律検査委の呉官正書記は「党と政府の領導幹部、とくに主要な領導幹部に対する監督を適切に強化しなければならない。統一管理を実行した後、出先機関は監督の強化を最重要の職責と位置づけ、指導幹部に対する監督を適切に強化し、権力のコントロール喪失や誤った決定、非模範的な行為を防ぐ。各部門の指導グループと指導幹部は監督を受け入れる意識を自覚し、各分野の出先機関の監督を自主的に受け入れなければならない」と強調したのである。
 三月二十二日に国務院によって公表された「法による行政の全面推進」の「綱要」もその事例である3。「法があってもそれによらず、法の執行も厳格でなく、違法行為があっても追及しない」といった現象がみられると自己批判し、官員の法治意識も低いと指摘した。具体的な方策として、行政の権限と責任を明確化し、政策決定者が責任をとる原則を徹底する。行政が自発的に人民代表大会と政治協商会議の監督をうける。地方政府は法にもとづく行政の推進状況を人民代表大会と上級政府に定期的に報告することなどが規定される。
 

1 王貴秀「加大対“重点対象”的監督力度」『光明日報』二〇〇四年四月二日、「党内監督条例〈試行〉対反腐敗具有里程碑意義」『光明日報』二〇〇四年四月九日および「中央頒官員辞職『規定』」『文匯報(海外航空版)』二〇〇四年四月二十三日。
2 「実行統一管理是加強党内監督的重大挙措」『人民日報』二〇〇四年四月八日、「反腐敗問題権威専家」『中国青年報』二〇〇四年四月八日および「厳防権力失控」『文摘報』二〇〇四年四月十五日。
3 「全面推進依法行政実施綱要」『人民日報』二〇〇四年四月二十一日および「国務院法制弁主任就学習貫徹《綱要》答記者問」『人民日報』二〇〇四年四月二十一日。
三特大事故で引責辞任を決定
 こうした「官員問責制」の厳格な適用は、二〇〇三年四月二十日から今年四月までの一年間に三人の中央委員、中央候補委員が安全義務に対する責任から引責辞職したことにもみられた。
 二〇〇三年四月二十日には、衛生部長の張文康、北京市長の孟学農という二人の中央委員、省部クラスの高官がSARS拡大への責任を問われて解任された。これ以後、全国各地で百名余りの官員がSARS拡大への責任を理由に失職した。
 二〇〇四年四月十四日に国務院常務会議が開かれ、「官員問責制」が実行された1。二〇〇三年十二月二十三日に重慶市で二百四十三人の犠牲者を出した中国石油・川東鑽探(ボーリング)公司による天然ガス噴出事故、今年二月五日に三十七人の犠牲者を出した北京市密雲県での将棋倒し事故、二月十五日に五十三人の犠牲者を出した吉林市の商業ビル火災事故などについて、監察部から調査報告を受けて責任者への処分を決定した。
 これら三件の「特大事故」は、いずれも業務上の過失によると判定された。「発生の原因は主として管理の不厳格、安全措置の不徹底であり、領導幹部にはこれに対して重要な領導責任がある」。事故調査委員会は、三件の事故に関係する責任者のうち十三人の処理を司法機関に引き継ぎ、五十五人を党紀・政治規律・組織処分にするなど、合わせて六十八人への処分の実施を提議した。
 中国石油天然ガス集団公司の馬富才総経理は、川東鑽探公司のガス噴出事故発生後、繰り返し自らの指導責任を表明し、引責辞任の辞表を提出していた。今回の審議で常務会議は、馬総経理の辞表受理を決定した。安全工作担当の副総経理も処分されることになった。北京市や、吉林省での事故の責任者に対しても、厳しい処分を行った。
 密雲事故については、北京市の党委と市政府が、党委副書記を兼任する県長(張文)に対して「安全工作の第一責任者」として、県長からの引責辞任を承認し、県党委書記を党内警告処分にし、直接責任の二名については司法機関に処分を移した2
 吉林事故については、省の党委と政府は「中国共産党紀律処分条例」、「国家公務員暫行条例」、国務院の「特大安全事故行政責任追及にかんする規定」と「吉林省重大安全事故行政責任追及弁法」にもとづいて、関係者に対する厳正な処分を決定した3。「安全生産工作の第一責任者、事故発生に対して重要な領導責任がある」市長(市委副書記兼任)については、引責辞任の申し出に同意した。副市長に対しては党内警告と行政処分、市商業委員会主任には党内厳重警告と行政降格処分、副主任には党内職務取り消しと行政解職処分を下したのである。
 中国石油の馬富才総経理が引責辞任したことには、「惜しむべし」の声があがっている4。石油採掘の現場技術員からのたたき上げで、一九九八年に中国石油天然ガス集団公司総経理となり、九九年に中国石油天然ガス株式有限公司董事長となった。五十八歳の彼は「三十年あまりの経験をもち、地味で、仕事熱心な作風で、声望を集団内で勝ち得ていた」のである。
 温総理によれば、それでもあえて辞任させる。「三つの特大安全事故の責任者の厳正な処分は、党中央と国務院の人民生命財産安全に対する高度の負責の態度と厳しい統治と法による統治、法による行政の決心を示した」のである。香港の『文匯報』紙は、中央政府の「厳しい問責姿勢」、「失職汚職官員に対する鉄腕」は、「社会公衆の利益に対する最大の保護である」と称賛するのである5
 

1 「温家宝主持国務院常務会議」『人民日報』二〇〇四年四月十五日。
2 「北京対密雲『二・五』特大傷亡事故責任人作出処理」『人民日報』二〇〇四年四月十六日。
3 「吉林市市長剛占標引咎辞職」『人民日報』二〇〇四年四月十八日。
4 「馬富才其人及其引咎辞職弁析」『文摘報』二〇〇四年四月十八日、「員工眼中的馬富才」および「行政学専家毛寿龍評馬富才辞職、這是必然結果」『中国青年報』二〇〇四年四月十五日。
5 『人民日報』二〇〇四年四月十五日前掲記事、「就中石油『一二・二三』井噴特大事故処理問題答記者問」『人民日報』二〇〇四年四月十五日および「中石油総経理引咎辞職」『文匯報(海外航空版)』二〇〇四年四月十七日。
尖閣問題での関係悪化を回避
 日本の領土である尖閣諸島の魚釣島に、三月二十四日早朝に七名の中国人が上陸し、現行犯で逮捕された。しかし事件発生からわずか三日目、二十六日夜には強制送還された。
 小泉総理は日本固有の領土であるとの立場から、「日本の法律にしたがって適正に対処する」意向を表明した。現行犯で逮捕した沖縄県警は出入国管理法違犯で捜査し、入国管理局にすぐには渡さずに検察に送致する方針であった。しかし、結局は送検せずに入国管理局に引き渡し、二十六日夜に全員を那覇発の中国東方航空で強制送還してしまった。七名のうちの一人は靖国神社での落書き事件で有罪判決を受けて、なお執行猶予中である。どう考えても「法律にしたがって」、猶予は取り消されなければならないはずであった。
 小泉総理は日本の国内法による「適正な対処」を表明したとき、同時に「この問題が日中関係に悪影響を与えないよう、大局的に判断しなければならない」ともいい、この「基本方針に沿うよう関係当局に指示した」と語っていたのである。こうした配慮が必要なのは、尖閣諸島問題が「日中関係に悪影響を与え」かねないからである。
 領土問題は、小泉総理の靖国神社参拝に象徴される「歴史問題」以上に大きな影響を日中関係に及ぼしかねない問題である。一方で日本側は固有の領土であることは自明の理であると主張し、北方四島や竹島とは異なり実効支配もしている。交渉の余地はないとの立場である。他方で中国も固有の領土と主張するが、交渉も視野に入れた「平和的な解決」も提唱する。いずれの言い分もそれなりに根拠があり、また根拠に弱みを抱えている。領土問題は国家の主権そのものであり、国の面子がかかっている。
 面子だけでなく、周辺地域には石油などの天然資源があり、日本だけでなく石油輸入大国になってしまった中国にとっても重要である。中国や台湾がにわかに領有権を公言するようになったのは、一九六八年のECAFE(国連アジア極東経済委員会)による石油埋蔵の可能性を指摘した報告書の発表以来である。さらにこの地域は台湾海峡に隣接し、東南アジアそしてインド、中東につながる重要な海上交通路(シーレーン)であり、東アジアにおける海上の安全保障の死命を制しかねない。中国側は一九九二年に「領海法」を制定して、ベトナムなど東南アジア諸国と領有権を争う西沙、南沙諸島などとともに尖閣諸島(中国側では釣魚台)も「中国の領海」に加えたのである。尖閣諸島は国の面子、経済さらには安全保障までも含む国益にかかわる問題である。
 しかも、日中双方のナショナリズムが、この問題の冷静な処置を難しくしている。例えば中国の愛国主義教育は日中戦争に集中し、反日感情を煽って来た。教育の所産であり、これを政府が抑え込むのは難しい。かつて小平も語っていたように、反日に名を「借りて中日関係に水をさし」、政権主流を批判する権力闘争がしばしばみられ、さらに最近では、政府も弾圧しにくい反日を錦の御旗にした反共産党、反政府の動きが浮上しているからだ。中国海軍の許可あるいは黙認なしには、反日とはいえ活動家でも外海に出てはいけないはずである。
 中国側は三月二十四日の事件発生直後には、領有権を主張しながらも、日中間に論争があることを認め、問題の「協議と交渉」による解決を提唱してきたことを確認した。そのうえで、中国公民の拘束に抗議した1。そして拘束された中国人の即時釈放と「安全」の確保をもとめた。ところが、北京の日本大使館前での日本国旗を焼くなどの反日活動が高まる中で、即時釈放を含めて日本側の「非人道的な待遇」を厳しく非難したのである2
 しかし釈放後には、外交部スポークスマンは「知恵で解決しよう」と提唱するのである3
 「われわれの中国の領土と主権を守る自信と意志は揺るがない。その上で、中日間にこの問題における立場の相違が存在するので、われわれは平和的な交渉の方法を通して解決を図ろうと常に主張してきた。・・・中国と日本は東アジアの二大国であり、両国の国民は長期にわたる友好的な往来の歴史を持っている。いま、中国と日本は多くの問題で共通の利益もある。われわれは両国が知恵を出し、決意を示し、両国間に存在する問題を効果的に解決し、中日協力が健全な基礎の上に絶えず前へ向けて発展できるよう推進し、両国の国民に幸福をもたらして、アジア地域の平和と安定に貢献することを期待している」。
 胡錦濤政権は、経済面や東アジアの地域協力いずれについても相互補完関係が強まる日本との関係改善の意向を示唆してきた。しかし、すぐに燃え上がる反日感情を考慮するとき、対日宥和とみられる対応はできない。今後、中国側の活動家による尖閣上陸の試みはつづき、規模も拡大するであろう。
 

1 「外交部発言人答記者問」『人民日報』二〇〇四年三月二十五日。
2 「外交部発言人発表談話」『人民日報』二〇〇四年三月二十七日。
3 「外交部発言人・・・希望中日有効解決歴史問題」『外交部』ホームページ二〇〇四年四月一日。
●3月の動向日誌
3月1日
*中国銀行業監督管理委員会(CBRC)、「商業銀行の自己資本比率管理規則」を施行。国際決済銀行(BIS)規制を導入。
3日
*全国政治協商会議第十期第二回会議、北京で開幕。賈慶林主席が常務委員会活動報告。12日閉幕。
5日
*全国人民代表大会第十期第二回会議、北京で開幕。温家宝総理が就任後初の政府活動報告。「いかなる形の台湾独立・分裂活動にも断固反対」と表明。
13日
*寧賦魁・外交部朝鮮半島問題担当大使が訪朝。
14日
*全人代が閉幕。私有財産保護を明記した憲法改正案や、今年、約七%の経済成長目標を掲げた政府活動報告などを採択。
15日
*訪日中の戴秉国・中国外交部副部長、小泉総理と会談。
16日
*中国農業省、一月末から中国国内で発生した鳥インフルエンザの制圧を宣言。
*中国・北海艦隊、友好訪問中のフランス海軍と合同軍事演習。青島沖の公海上で。
18日
*米政府、中国を、世界貿易機関(WTO)に提訴。中国政府の自国半導体メーカーに対する優遇税制を不公正として。
23日
*李肇星外交部長、北朝鮮公式訪問。白南淳外相と会談。北朝鮮の核問題、中朝関係等で意見交換。両国関係の発展、強化を確認。
24日
*中国の活動家七人、尖閣諸島・魚釣島に上陸。沖縄県警、全員を出入国管理及び難民認定法違反(不法入国)の現行犯で逮捕。
26日
*沖縄県警、24日に尖閣諸島に上陸した七人の身柄を福岡入国管理局那覇支局に引き渡す。同支局は強制退去処分とし、上海へ強制送還。北京の日本大使館前では、日の丸を焼くなど、中国人活動家が日本への抗議活動を展開。
29日
*訪中した潘基文・韓国外交通部長官、温家宝総理と会見。六カ国協議の作業部会開催等について意見調整。
30日
*国務院新聞弁公室、「二〇〇三年中国の人権事業の進展」(人権白書)を発表。
小島朋之(こじま ともゆき)
1943年生まれ。
慶応義塾大学法学部卒業。慶應義塾大学大学院修了。
京都産業大学教授を経て現在、慶應義塾大学教授。同大学総合政策学部長。
 
 
 
 
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