武装警官が総領事館内に侵入して五人を強引に連れ去った光景は、メディアが報じたビデオや写真によって世界中に伝わった。中国の非人道的態度がこれほど明確なかたちで明らかにされたのは珍しいケースであり、中国当局は国際社会での信用を回復しようとするなら一刻も早く五人を日本側に引き渡すべきである。
日本や中国も加盟している「領事関係に関するウィーン条約」では、三一条で「領事機関の公館の不可侵」を規定している。日本側の同意がない限り、中国側当局者が館内に立ち入ってはならないのである。
今回の事件では、総領事館内に駆け込んで本館一階にある査証(ビザ)申請待合室まで達した男性二人を、数人の武装警官が連行したという。当初はこの二人だけが館内に入ったとされていたが、ビデオなどによって、幼児を含めた女性ら三人も総領事館の敷地内に入っており、これを武装警官が引きずり出したことが確認されている。
明らかなウィーン条約違反行為といえるが、中国当局は「総領事館の安全確保のための措置」として突っぱねている。これは国際的には通用しない強弁といわなくてはならず、中国当局は早急に誤りを認めるべきであろう。
日本側は外務省幹部を現地に派遣、総領事館側の対応も含めて事実関係の精査に当たるとともに、中国側に五人を早急に釈放するよう要求した。政府・自民党内には「亡命未遂者の拉致事件だ」とする声も出ており、日中間の深刻な外交問題に発展しつつある。
これまで中国側は、北朝鮮からの脱出者に対しては不法越境者として強制送還してきた。最近は西側大使館に駆け込んだ人については、第三国経由による韓国への亡命を認めている。
今回のケースでは警察当局がいったん身柄を確保した以上、従来通りに強制送還するというのが通常の措置とみられる。だが、国際社会の常識と非難を無視し続けることもできまい。事態をどう収拾するか、「人権」をめぐる中国の態度を占う試金石となるのは間違いない。
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