日本政府が中国への新たな政府開発援助(ODA)の供与を内定したことが論議の輪を広げている。特別円借款百七十二億円という大型援助である。従来の巨額の対中援助の是非が見直され始めたこの時期に、唐突に打ち出された新規援助案に対しては、今月上旬から参院予算委員会、同外交防衛委員会、自民党外交関係合同会議などで反対論が続出した。
そもそも毎年二千億円にも及ぶ対中援助は日本政府が宣言するODA大綱違反の疑いが濃い。大綱は援助実施には相手国の軍事支出、大量破壊兵器・ミサイルの製造や輸出入、人権と自由の保障などに十分の注意を払うことを決めている。中国の軍事や政治の現状が疑義を生むのは当然である。河野洋平外相が五月に中国外相に対して中国の軍事費の増大などを理由にODA見直しを遅きに失しながらも言明したのも、そうした背景からだった。
ところが縮小方向をにじませたその見直し作業が始まった段階で突然、新規の大型援助が決められたのだ。しかも中国海軍の艦艇や海洋調査船が日本の排他的経済水域や領海に再三、侵入しているこの時期に、である。わが外務省の切ないほどの侵入中止の要請も中国側は相手にさえしない。
そんな現状で、こうした隣の大国に日本国民の貴重な資金を新たに与えることは、対中外交の支離滅裂を印象づけるだけだ。日本政府は「ODA外交」の標語の下に、援助は外交の手段と位置づけているのに、こと中国が相手だと援助が外交に優先する卑屈な倒錯となる。
河野外相は「特別円借款はアジア経済危機の影響を受けた国への借款であり、対中ODAとは別」と述べたが、贈与に近いその資金を中国に供与すれば、対中ODA以外のなにものでもない。しかもこの特別円借款は経済危機の被害を受けた東南アジア諸国向けに故小渕恵三元首相が設置したODAで、アジア経済危機の被害を受けないことを内外に宣言してきた中国に与えること自体も、奇妙である。
「外交戦略なきばらまき」の典型のようなこの対中新規援助は一体だれが、どう内定したのか。そのプロセスが国民にはまったく不明なことも、日本のODA政策の重大な欠陥を明示している。国民も国会も知らないうちに官僚の自由裁量で内定されたのならば、その中止も容易なはずである。
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