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1997/09/13 産経新聞朝刊
【主張】「トウなきトウ路線」への懸念
 
 今後五年間の中国が進むべき路線を決める中国共産党の第十五回党大会が開幕した。今年二月に最高指導者、トウ小平氏が死去して以来、江沢民総書記が名実ともにナンバーワンとして旗振りをする最初の大会であり、どれだけ独自色を出せるかを注視したいところだ。しかし、ここでは党大会初日の活動報告でトウ小平氏の名前を挙げてその改革・開放路線の継承をうたった江氏の指導力にいくつかの懸念があることを指摘しておきたい。
 第一は、八九年に総書記に就任以来、九年連続で国防費を二ケタの伸びで増やして軍部からの支持取り付けを図るなど、権力基盤強化になりふり構わないところがあることだ。この結果、中国軍は飛躍的に増強され、アジア諸国に無言の脅威を与えている。
 九六年三月の台湾総統選挙のさいには、台湾周辺で大規模な軍事演習を行い、台湾を威嚇したため、米軍が空母を派遣するなど“中台紛争”をひき起こした。今後、江氏が指導力の誇示をねらって軍との結びつきを強化する恐れ無しとはしない。
 第二の懸念は、活動報告で経済改革の足を引っ張る国有企業立て直し策として株式制を導入していく方針を明らかにしたが、これもトウ路線の延長線上の発想にすぎず、江氏が改革を大胆に推し進めることができるかどうかだ。これまでも経済担当の朱鎔基副首相に経済改革のほとんどを任せきりにしてきた経緯もあり、これから正念場を迎える経済改革にどこまで指導力を発揮できるか、疑問の声が聞かれる。
 第三の懸念は、返還された香港をこれからどう運営していくかという問題だ。香港返還にあたっての中英宣言は「香港は今後、五十年間、一国二制度(社会主義と資本主義の併存)を適用する」とうたったが、活動報告ではこの点には全く触れておらず、「香港の成功に倣って一国二制度で台湾問題を解決する」と従来通りの指摘にとどまっている。
 この一国二制度を編み出したのもトウ氏であり、江氏ではない。それだけに、香港住民の間では「人民解放軍の進駐に次いで、これからすべての面で“中国化”が着々と進められていくのではないか」という不安感が高まっている。台湾のある高官は「香港はいまの姿では、あと二年ももたない」とこの制度の崩壊を断言しているという。
 党大会で「江沢民時代」の開幕を告げた江氏だが、実態は「トウなきトウ路線」を歩み始めたにすぎず、その前途に不安を覚えざるを得ないのである。
トウ=登におおざとへん
 
 
 
 
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