1999/01/23 読売新聞朝刊
[社説]人権改善の公約に背く中国
劇的とも言えるほどの改善を示していた米中関係が再びぎくしゃくし始めた。中国当局が共産党から独立した野党の結成に動き出した民主活動家を逮捕、重い懲役刑を言い渡したためだ。
国交正常化二十周年を祝うはずだった今月、米政府は祝賀レセプションを開かず、四年ぶりに再開した中国との人権対話で中国の一連の動きに強い懸念を表明した。
中国当局は昨年、人権の改善や政治体制改革を進める姿勢を示した。八九年の天安門事件以来、米大統領として初の訪中となったクリントン大統領の訪問も、そうした雰囲気の中で実現した。市民の政治的権利の保障をうたった国際人権B規約への加入方針も、首脳会談の席上明らかにされ、中国は昨年十月、規約に調印した。
規約には言論の自由や結社の自由が盛り込まれている。昨秋以来、中国国内の民主活動家たちは、規約加入に沿って政党結成に向けて動き出した。
だが、中国当局はこの間、数十人の活動家を拘束、投獄したという。とくに「中国民主党」の設立準備でリーダー格だった著名な活動家の徐文立氏ら三人は、十一月末に連行され、十二月下旬までに、懲役十一年から十三年の判決を宣告された。
裁判では、政権転覆のため、非合法で政党の支部結成を図り、海外の敵対組織から援助を受けたと認定された。B規約は公正な裁判を受ける権利を保障しているが、徐氏の裁判は一回のみ、わずか三時間半の審理だった。
中国は調印しただけで、規約はまだ発効しておらず、各条項とも加入国が国情に合わせ保留条件を付けることも可能だが、中国当局のやり方は、人権規約の精神を逸脱した行為と言わざるを得ない。
中国当局が強硬姿勢に転じた背景には、九〇年代初めから続いてきた経済成長に陰りが見え、失業者が急増する一方、党や政府の幹部の中に腐敗現象が広がり、国民の不満が高まっている点が挙げられる。
こうした不満と政党結成の動きが結び付くことを、当局は恐れている。今年は建国五十周年であり、民主化要求が最高潮に達した天安門事件の十周年にもあたる。治安の維持には、とくに神経質になっている。江沢民国家主席自身、昨年末開かれた治安関係者の会議で、「安定が最も重要な原則だ」と、治安体制の強化を指示した。
だが、長期的に見て、人権の改善や民主化は、中国自身の課題でもある。市場経済が浸透し、経済が急成長する中で、地域や階層間の格差の拡大、権限の集中する党や政府幹部の腐敗のまん延という矛盾が高まっている。それに伴い、異なった利益集団間の利害調整や監督機能を確立する政治体制改革が必要になっている。
民主活動家への弾圧は、むしろそうした改革の芽を自ら摘み取る行為だ。国際社会に対する公約の違反でもある。
すでに米国やヨーロッパの国々から批判の声が上がった。中国が「責任ある大国」と台湾の統一を目指すのであれば、人権改善や民主化は避けて通れない。
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