1999/02/12 読売新聞朝刊
[社説]法治が問われる中国憲法改正
中国共産党は、来月五日に開幕する全国人民代表大会(全人代=国会)に向け、憲法の改正を提案し、党内外で改正論議を進めている。
中国では、“人治”がはびこった毛沢東時代の革命体制以来、現実には憲法も法律も半ば無視された存在だった。それでも、政治情勢の変動を追認する形で幾度も全面改正され、改革・開放路線の定着後も小幅な改正を重ねてきた。
その反省から、今回の改正草案では法治国家の建設を新たな目標に掲げている。中国が目指す経済の一層の発展、幹部の腐敗防止、国際社会との協調には“法治”の確立は欠かせない。だが、その実現には、憲法の上に君臨する共産党の存在が重しになっている。ここに改革のメスが入らない限り、ジレンマは続くことになろう。
改正案では、前文と百三十八条のうち、六か所が書き直される。主な点は、法治条項の追加のほか、国家の指導思想として、従来からのマルクス・レーニン主義、毛沢東思想に、トウ小平理論を付け加え、さらに経済発展を促すため、これまで公有制経済の補充的地位とされた私営、個人経営制度を「重要な構成要素」に格上げする。
その上で多様な経済制度が共存する「社会主義初級段階」が「長期にわたる」とする点も注目される。
こうした方針は、実は一昨年秋に開かれた第十五回党大会で採択され、大半は実行に移されてきた。だが、私営経済の発展は共産党が指導する社会主義体制を揺るがしかねないとする党内保守派の反発もあり、憲法改正は見送られてきた。
その一方で、企業経営者や党内の改革派の人々は、民営化を大きな柱とする国有企業改革を進めるためにも改正は必要だと主張し、「社会主義の公共財産は神聖にして侵すべからず」の第一二条に「公民の私有財産」も追加すべきだとの意見も、新聞紙上に掲載され、論議を呼んできた。
今回の共産党の提案は、私営経済重視の方針を憲法に明記することで、経済改革の方向をはっきりと示した。法治を貫くためにも当然の提案だったといえよう。
だが、現実には、中国ではまだまだ法治は浸透していない。法律があっても、党や政府の幹部の“人治”がまかり通り、腐敗や不正の温床になっている。言論や集会、結社の自由などの公民の権利も明記されているのに、実行されていない。
外国企業にとっても、“人治”の横行は契約の実行や投資の保護などの面で不安が残る。この点で、中国の憲法改正は国際社会にとっても大きな関心事である。
すでに「すべての国家機関、武装力、政党、社会団体、企業および事業組織は、この憲法および法律を順守しなければならない」との条文があるのに、わざわざ法治主義を追加する点に中国の問題がある。“人治”を否定しながら、個人の権威を掲げるトウ小平理論をうたうのも自己矛盾だ。
法治を実現するためには、やはり党も対象に含めた政治体制改革が、建国半世紀を迎える中国の大きな課題となろう。
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