1987/10/27 読売新聞朝刊
[社説]理論武装した中国の改革・開放
「いま、(中国には)私営企業が続々、姿を見せ、そこで労働者が働いている。これは搾取ではないのか。社会主義の分配原則とどのように両立するのか」
さる六月、北京の学生と中国共産党の理論工作者の対話の中で、学生側から、こんな質問が出たという。
改革・開放政策の進展にともない、中国では、数十人もの労働者を雇い、賃金を支払う私営企業が現れた。小売り、サービス業に多いが、八六年には、商品小売り総額の一六%を占めた。これは資本主義ではないのか、との質問が出ても不思議でなかった。
五年ぶりに開かれた中国共産党大会での党中央委員会活動報告の中で、趙紫陽総書記代行は、私営企業の企業主の不労所得も合法的なら許されると述べた。
もちろん、趙氏は資本主義の復活をとなえたわけではない。趙氏が打ち出したのは、社会主義の「初級段階」論だった。
それによると、中国の社会主義は半植民地・半封建社会から抜け出した社会主義であり、生産力の立ち遅れ、商品経済の未発達という条件下で社会主義を建設する際通らねばならないのが、この「初級段階」である。
この段階では、生産力の発展に有利であるかどうかが、すべての問題の出発点であり、私営経済の存在は資本主義に特有なものではないというのである。この段階では、公有制を主としながら、多様な所有形態を発展させ、所得の分配も多様にすべきだとする。
趙紫陽報告は、七八年末以来の改革・開放路線の継続、加速をうたい、経済体制改革を成功させるために政治体制改革が必要だとし、その推進を明確に打ち出した。
現実の必要から出発し、経済活性化のため、資本主義的とも見える手法を取り入れながら、理論不在といわれた改革・開放だが、その公式の理論武装が初級段階論だろう。
改革・開放に慎重で、マイナス面に目を向けがちのいわゆる保守派に対抗する理論武装でもあろう。その点も含め、趙紫陽報告は、一月政変以来の綱引きで、いわゆる改革派が優位に立って、党大会にこぎつけたことをうかがわせている。
初級段階は少なくとも二十一世紀半ばまで続くと趙紫陽報告は述べているが、初級段階論が正しいかどうかは、経済、政治体制改革がどれだけ成果をあげ、生産力を発展させるかにかかっていると言えよう。
依然、保守派の抵抗が予想されるし、党政分離による政治体制改革では、既得権益を失う層の抵抗も避け難いだろう。試行錯誤の実験段階が続くとみなければなるまい。
だが、中国の政治、経済にわたる改革・開放路線が文化大革命のような悲劇的な暴走に歯止めをかけ、長期的な安定と成長を持続させる制度的構造的定着を志向していることに疑いはない。そのために、中国が平和な環境を必要としている事情も変わらない。
中国の安定を願うわれわれとしては、改革・開放の継続、推進を歓迎し、その進展に期待したい。改革・開放は効率の重視でもあり、投資環境の整備も強調された。わが国との経済関係の進展にも寄与しよう。
中国の共産党主導の体制が不変であることを冷静に意識しつつ、中国との友好協力関係を一層、発展させたいものである。
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