日本財団 図書館


1987/01/17 読売新聞朝刊
[社説]胡耀邦氏の辞任と中国の行方
 
 中国を主導する中国共産党の胡耀邦総書記が辞任し、趙紫陽政治局常務委員(首相)が総書記を代行することになった。
 七八年十二月、開放・改革の現トウ小平体制が事実上確立されて以来、中国における最大の政変である。
 胡氏の辞任は、中国社会主義の基盤であり、憲法にも明記される、党の指導など四つの基本原則の堅持に背く、いわゆるブルジョア自由化の思潮を抑え切れなかった責任を問われてのことだろう。
 昨年春以来、中国では、政治体制の改革、民主化をめぐる論議が開放され、マスコミが欧米民主主義制度を積極的に紹介し、再評価するなど、著しい言論の自由化現象がみられた。そうした空気の中で、社会主義のワクをはみだし、共産党の指導や一党独裁体制を批判するスローガンをまじえて、一連の学生デモが発生したのだった。
 学生デモ自体は当面、中国の体制を揺るがすほどの威力はなく、すでに鎮静化したものの、胡氏は党の最高責任者として、デモの背後にある“ブルジョア自由化”の思潮を抑える効果的手段をとることなく、一時的にせよ、デモの拡大を抑えられなかった。
 今回の政変の背景に、経済体制改革、政治体制改革、民主化の行き過ぎによる社会主義体制の将来を懸念する党内保守派と改革推進派との間の確執があったことは否めない。
 十月に予定される党大会での人事ともからみ、路線論争と権力闘争が重ねあわせになっていたようでもある。学生デモ発生前から、陰に陽に保守派の抵抗が強まっていたし、学生デモの発生で、保守派が一挙に攻勢に転じた形となった。
 胡氏や趙紫陽氏、胡啓立党書記などの改革派の上に立ち、経済体制改革を前進させるために政治体制改革の必要を認識しながらも、八年来の安定局面の維持と党の団結に腐心してきたのが最高実力者のトウ小平氏だ。
 トウ小平氏としては、安定局面と改革路線の維持を図るためにも、自ら、総書記にすえた胡氏を辞任させる以外になかったのだろう。
 それにしても、今回の政変は、保守派の存在がいかに根強いかを示した。
 今回の政変で、改革・開放路線が当面、後退するかもしれない。だが、これで、改革・開放の長期的な流れが変わるとは考えたくない。近代化に社会主義から逸脱せぬ改革・開放が必要なことは、保守派も認める。
 党理論誌「紅旗」は最近、四つの基本原則の堅持が「かつての『左』のやり方と同じものだと決して考えてはならない」と述べている。その点、この局面で、中国がかつての反右派闘争のような「左」への急旋回、大動乱に動くことはないと期待したい。胡氏も政治局常務委員の職務を保留する。
 胡氏の辞任で、トウ氏がかつて考えた後継シナリオは一とん挫した形だが、保守派が完全に主導権をとることはあるまい。
 安定局面の持続には、党の指導下で、漸進的に開放、改革を進める以外に道はあるまい。近代化のために、中国が平和な環境と西側の協力を必要とする事情に変化はないはずである。日中友好・協力の関係を含め、対外政策に変更はないと期待したい。
 
 
 
 
※ この記事は、著者と発行元の許諾を得て転載したものです。著者と発行元に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど、著者と発行元の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。

「読売新聞社の著作物について」








日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION