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1993/10/07 毎日新聞朝刊
[社説]核実験 時代の流れに逆らう中国
 
 昨年秋から一年余り続いてきた核実験の凍結状態が五日、中国によって破られた。ロプノル砂漠での地下核実験は昨年九月以来で、爆発の規模はTNT火薬換算で二〇―四〇キロトンとみられる。
 米国は中国の核実験を事前に察知し、実施を思いとどまるよう説得していた。日本はかねて核実験の全面禁止を主張してきた。米国の説得が実らなかったのは残念である。
 米ソ・米露間の核軍縮交渉の進展と合わせ、核保有国は核実験廃止に向け重い腰を上げ始めたところだ。
 旧ソ連が一昨年十月、一年間の実験凍結を発表し、フランスも昨年四月、核実験停止を決めた。この流れにはずみをつけたのが昨年九月、米議会が採択した「一九九六年秋以降、米国の核実験を全面中止する」との法律だ。イラク、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の核開発疑惑や、九五年に期限切れとなる核拡散防止条約(NPT)の更新をにらんだ前向きの決断である。
 ブッシュ大統領(当時)は議会の決定を受けて九カ月間の核実験凍結を決め、クリントン大統領は今年七月、これを十五カ月間、延長した。ロシア、英、仏も米国に同調し、凍結を守ってきた。
 クリントン大統領の凍結延長には「他国が核実験をしないこと」の条件が付いている。米国の実験再開が懸念されたが、国務省は「中国の一回限りの実験を理由に、凍結の方針を変えることはしない」と述べ、ロシアや英仏にも凍結維持を求めた。米国の冷静な対応を評価したい。
 中国の核実験再開には、軍事、政治両面の事情が考えられる。
 地上発射や潜水艦発射の大型弾道ミサイルに加え、航空機や艦艇搭載の核巡航ミサイルが加わり、核兵器の形は多様化している。核保有国は軽量かつ命中精度の高い核弾頭の開発にしのぎを削ってきた。
 後発の中国も軍事の近代化の一環として核弾頭の性能改善に取り組んでおり、今回の実験も爆発規模から軽量核弾頭の可能性が大きい。
 中国の核戦力は米露に比べずっと小さい。核実験の回数も六四年の開始以来、今回が三十九回目で、他の四核保有国の総計の約二千回を大きく下回っている。「十分すぎる核兵器を蓄え、弾頭の近代化をやってきた米露が、他国に核実験停止を迫るのは、自らの優位を固定したいからだ」というのが中国の論理である。 トウ小平氏が八十九歳の高齢を迎え、江沢民総書記ら現指導部がポストトウ時代に向けて権力基盤を固めるうえで、軍の支持は不可欠だ。人権や軍事技術の輸出をめぐる米国とのあつれきで、軍幹部は「対米姿勢が軟弱すぎる」と批判を強めている。核実験再開には、米国の圧力を退けることで「自主独立」を明示し、軍部の不満をなだめようという国内事情が働いているとみてよい。
 欧州と違い、北東アジアには本格的な信頼醸成や軍縮の枠組みができていない。北朝鮮の核疑惑や日本を射程に収める戦域ミサイル「労働」の開発は地域の緊張を高めている。その意味でも、核実験禁止への流れに水を差す中国の行為は遺憾といわざるを得ない。
 救いは、米中がこれ以上の関係悪化を望んでいないことだ。十一月に予定されている米中首脳会談で関係を修復し、核実験問題も含めアジア・太平洋の安定と軍縮に向けて積極的な協調を図ってほしい。ロシアや英仏にも、中国を口実に核実験を再開しないよう求めたい。
 
 
 
 
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