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II
第2章 高齢者、障害者等の行動特性と基本寸法
1. 高齢者、障害者等の行動特性
(1)高齢者(65歳以上)
 高齢者は、身体機能が全般的に低下しているため、明らかに特定の障害を持つ場合以外は、外見上顕著な特徴が見られないこともある。しかし、程度は軽くても様々な障害を複合的に持っている可能性があり、移動全般に、身体的・心理的負担を感じていることが多い。
 一方で、元気な高齢の方もいますので、程度に個人差があるのは当然です。しかし、一般的には移動と情報提供の両面での介助が必要になると考えられる。
 例えば、これまで述べてきたような障害と関連付けて考えると、耳が遠くなるということは聴覚障害の一部と考えることができ、白内障で視力が低下することは、視覚障害の一部ということができます。
 
 心理面では、健常者でも体調が悪い時には公共交通機関を使って移動することが負担に感じるように、体力全体が低下している高齢者は、機敏な動きや、連続した歩行などに自信がなくなり(また、実際に困難になり)、精神面でも気力が低下してくることが多く見られます。それだけに、外見上健康そうに見えても、移動の際の身体的・精神的負担が大きく、公共交通機関を利用した移動に不安を感じていることが多いのが実態です。また、高齢者は連続した歩行が難しく、100m〜300m歩いたら休む必要がある人もいるといわれている。逆に言えば、ちょっとした休憩場所があれば外出しやすくなる人もいるということです。
 
 高齢者の外出は、特に一人暮らしの方にとって社会と交わる良い機会です。船員も社会との接点の一部ですが、利用者が不安な思いをしないように、気軽に声をかけるなど、心配りをして気持ちよく旅客船を利用してもらうことが必要です。尊厳をもって丁寧に対応すること、お客のニーズ、身体的な状況を十分に把握するという基本は、障害のある方と接する時と同じです。
 また、身体に障害のある方は外見上わかりますが、聴覚などの感覚器の障害は注意してみないとわからない場合があります。これに加えて外見ではわからない内部障害、対応が判断しにくい精神障害の方も公共交通機関(旅客船)を利用しています。
 さらに、障害を持つようになってからの生活経験が長い人もいますが、障害を持つようになってから日が浅く、補装具等を装着して日常生活を送るための訓練を行っている人もいます。この点では、全ての人が一様の生活経験をしているわけではないという点も心にとめておく必要があります。
 
 人間は、青年期を過ぎると、加齢に伴い様々な身体機能が徐々に低下していくが、高齢になると機能低下が顕在化し始めることが多い。加齢に伴う身体機能低下の例としては、
視力の低下(小さい文字が見えない、遠くが見えない、特定の色相間の区別がしづらい、動体視力の低下、視野が狭くなるなど)
 特に文字表記については、文字の大きさや地の色とのコントラストなどに配慮する必要がある。
 
視力の年齢変化
(日本建築学会編:建築設計資料集成3集1980)
 
・一般に視力の低下は40〜50歳ぐらいから始まり、60歳を超えると急激に低下する。
 
聴力の低下(小さい音が聞こえない、高い周波数の音が聞こえない、内容を聞き取りにくいなど)
・聴覚機能の衰えは50歳代くらいから始まり、60歳代の平均的な聴力損失は30〜40db程度(静かな会話が聞き取れない。一般の方の会話は70db程度)。50歳代くらいから2000Hz以上の高音は大きくしないと聞こえなくなる。
 
力の低下(握力の低下、押したり引いたりする力の低下、噛む力の低下など)
移動能力の低下(つまづきやすい、歩行速度が遅い、立ち座りや階段の昇降がつらい、すばやい反応ができない、腰をかがめての作業がつらい、長時間立っていられないなど)
その他(記憶力の低下、集中力やすばやい判断力の低下、新しいものや知らないものに対する恐怖心など)
 などがあげられ、またこれらの機能低下が個人差をもって、複合的かつゆるやかな時間経過とともに進むのが特徴である。
 
加齢に伴う身体機能低下(生理機能の年齢的変化)
出所:アダムッセン(小川新吉、年齢と体力、労働の科学25巻1号、1970)
 
(2)車いすを使用している肢体不自由者
 車いすを使用している人を始め、肢体の不自由な人にとって、日常的に円滑に公共交通機関(旅客船)を使う事は、まだ難しい状況にあります。ちょっとした段差や坂道でも、移動の大きな妨げとなります。こうした方には、主として移動の介助が必要になります。
 車いす以外にも松葉杖、義足など、様々な歩行補助具を使用している人がいます。これらを使う人は、移動はできますが、健常者のように長い距離を歩いたり、段差やスロープを越えたり、迅速に移動したりすることは困難です。杖歩行の場合スロープでは滑りやすかったり、また義肢を装着している場合には、スロープの角度により歩きにくくなります。膝が折れないように下肢をまっすぐに踏ん張ることができないためです。加えて、船内では直立時の安定性が低く転倒の危険性があるため、多くの場合、座席を必要とします。
 ほかにも歩行移動に困難を感じている人として、妊娠している人、ベビーカーを押している子供連れの人、一時的にけがをしている人、外見上わかりにくい内部障害の人などが挙げられます。
 
 高齢者や内部障害の方など、何らかの理由で歩行困難になっている人の中には、長距離の移動が難しい場合がある。例えば、旅客船ターミナル内の移動など、平坦な部分でも、その移動距離が長いために一時的に車いすを使用することがあります。しかし、ちょっとした階段などは車いすを使用せずに歩いて昇り、また長い距離を移動する場合には再び車いすを使用することもあり、人により身体状況は様々です。一時的に、または部分的に車いす等を使用する場合もあります。
 
 車いすを使用している人には、参考資料2のように、切断、脳血管障害、脊髄損傷、脳性麻痺、進行性筋萎縮症、リウマチ性疾患の人などが考えられます。また、一時的なけがによる使用も考えられます。外見上は車いすを使用しているという点で同じですが、それぞれに異なるニーズを持ち、介助の時に留意する点も異なります。
 切断等の理由から車いすを使用している人は、事故などの原因のほか、糖尿病による血管の壊死(えし)による下肢切断も含まれます。車いすだけではなく、義肢等を装着して生活している人もいます。
 
 脳血管障害により車いすを使用している人は、左右いずれかの片麻痺の状態であることが多く、片方の手足で車いすをコントロールしています。また、軽度の場合は杖歩行が可能であったり、下肢装具をつけて、ゆっくり歩ける人もいます。介助の場合は麻痺している足を巻き込まれないよう、障害者の姿勢を確認する必要があります。
 
 脊髄損傷による麻痺は、脊髄の神経が切断されたり、損傷を受けた位置により下半身、四肢などの麻痺が生じます。交通事故や運動中のけがなどによるものが多く、歩行が不可能になります。そして、便意を感じなかったり、体温調整ができなかったり、床ずれになるなど、生活上多くの介助が必要になる場合があります。冷房、暖房の効き過ぎには注意が必要です。また、一般的には車いすのシートにクッションを乗せているのは、座布団代わりではなく、床ずれを防止するための必需品であるためです。
 
 脳性麻痺は、出産時に何らかの原因で酸素が不足し、脳の細胞が損傷をうけ、麻痺が見られます。不随意の動きをしたり、手足に硬直が生じていることがあり、細かい作業(切符の購入など)に困難を来す場合があります。また、言語障害を伴う場合も多くあり、障害の程度により、単独歩行や杖歩行が可能な人もいます。それに重度障害の方には、知的障害と重複している場合もあります。
 
 進行性筋萎縮症は先天性と成人になってから発症するものがあり、進行性のため、徐々に歩けなくなり、車いすを使用するに至ります。首の座りや姿勢を維持するのが難しい場合もあり、筋肉が弱っていることから身体に触れる介助は十分な配慮が必要になります。
 リウマチは慢性的に進行する病気で女性に多く見られます。多くは関節を動かすと痛みを感じます。関節が破壊されていくため、特に足など力のかかる部分は、大きな負担に耐えられなくなります。そのため、症状が重くなると車いすを使う場合があります。
 
(3)視覚障害者
 
障害を受けた年齢(1996年東京都調査)
 
 例えば、視覚障害者は約30万人。統計上からそのうち出生前または出生後幼少時に障害を受けた方が20%、その後障害を受けたものが80%と圧倒的に多い。
 年齢が高くなるほど急激に増加している。特に糖尿病などによる疾病が67%、事故によるものが12%となっています。このように働き盛りのときに、その機能を失った中途視覚障害者の苦悩は想像に余りあるものがあります。
 
 視覚に障害のある方は、主として音声による情報案内が必要になります。たとえば、運賃や乗り換えの経路の案内、施設・船内の案内などです。また、船上での適切な誘導による安全確保など、移動の安全に関する介助も重要です。
 視覚障害者というと、まったく見えない全盲の方を想像しがちです。しかし、弱視といって、光を感じたり物の輪郭等を判断できたり、誘導ブロックの黄色いラインを目印に外出できる人たちもいます。ほかに、視野の一部に欠損があり、周囲の情報を十分に視覚的に捉えることができない障害もあります。また、色盲、色弱といった色の判別が困難な障害もあります。
 
 弱視の方の場合、周囲の明るさや対象物のコントラスト等の状況によって、同じ物でも見え方が異なる場合があります。「1人で歩いているから切符も買えるはずだ」とか、逆に「視力に障害があるから一部始終介助しなければならない」という断定は禁物です。その方のニーズ、状況に応じて必要な介助を提供する必要があります。
 
 視覚に障害のある人が、外出する時は、目的地への道順、目標物などを事前に学習してから出かけることが一般的です。しかし、日によって屋外空間の状況は変化します。天候、人の流れ、不意な工事の実施など、いつもと違う環境に遭遇することもしばしばです。
 また、急に初めての場所に出かける必要に迫られることもあります。単独歩行に慣れている人でも、こうした状況の変化は緊張を強いられ、ともすれば思わぬ危険に遭遇することもあります。場所、方向、階段や出入口の位置、現在位置が分からないときは特に不安を感じます。
 
 毎日の通勤や通学のためにも、乗船券の購入などはできるだけ1人で行いたいと希望する人も多くいます。質問されたら何でも代わりに「してあげる」のではなく、視覚障害者が希望した場合は、今後のために使い方を的確に案内することも必要です。
 単独歩行に慣れている人でも、人混みで乗降口の様子がわからず、乗るタイミングをはかるのが困難です。また、乗船するのに、危険な思いをしながら桟橋の縁を歩かなければならないこともあります。常に転落の危険、他の障害物と接触の危険を体感しながら移動しています。(単独歩行をしている視覚に障害のある人のうち、鉄道駅ホームからの転落経験のある人は6割とも7割ともいわれています。過去に何度も転落を経験した人も少なくありません。)
 
 視覚障害者の移動は、誘導ブロックや適切な音声による案内を必要としています。要所への点字案内の設置や、改札、階段などの主要物の位置案内が必要です。船内では、階段や出口、トイレ、食堂などどちらへ進んだらよいかわからず、困難を感じています。トイレに案内するときは、入口まででいいのか、中の様子を案内する必要があるか確認することが大切です。このため、触地図案内板や点字案内などにより船内の様子を知らせることが必要です。また、視覚障害者全員が点字を読めるとは限らず(一般に視覚障害者の点字識字率は1〜2割程度といわれる。後天性の場合、特に識字率が低い)、どの視覚障害者も共通して情報を得やすいのは音声など聴覚によるものである。
 
 弱視者にとっては誘導用ブロック等は視覚情報でもある。ただし、弱視者が誘導用ブロック等を識別するには、路面との十分な明度差や輝度比(概ね2.0以上)が必要といわれている。また、弱視者は、白地に黒文字よりも青地に白文字、または黒地に白文字の方が認識しやすい。
 
(4)聴覚・言語障害者
 聴覚や言語に障害のある方は、コミュニケーションをとる段階になって、初めてその障害に気がつくことが多く、普段は見かけ上わかりにくいものです。聴覚の障害も個人差が大きく、失聴した年齢、聞えのレベル、教育歴、成育環境等により障害の程度が異なります。特に乳幼児期に聞えないと言葉の修得が困難になるため、コミュニケーションが十分に行えない場合があります。聞えるレベルにより、補聴器や裸耳でも会話可能な人もいますが、周囲の雑音の状況、補聴器の具合、複数の人と会話する時など、うまく聞き取れないこともあります。聞えないことにより、言葉をうまく発音できない障害を伴うことがあります。また、聴覚障害という認識がなくても、高齢になり耳が聞えにくくなっている人もいます。
 聴覚障害者は、船を利用するときに、出発の案内放送、発船ベル、船内放送などが聞えず困難を感じています。電光掲示装置や何らかの視覚的な表示機器がない旅客施設や船内では、常に不便な思いをしているのです。初めて乗る船や初めて行く場所では、なおのことですが、居眠りをしてしまった時や下船港の確認ができない時に不安を感じています。アナウンスが聞き取れない、船内に何らかの視覚的な表示装置のない場合は、外を見たり、到着港に常に注意しなければならず、落ち着くことができません。出発の案内方法、発船合図が聞えないことにより、乗船できなかったり、急いで転倒しそうになったり、危険な思いをすることもあります。
 
 聴覚障害者に接する時は、乗船時や案内時におけるコミュニケーションの取り方の基本を修得することが大切です。話しかける時の基本、効果的な指文字、口話、身振り、筆談の方法、簡単な手話などが役立ちます。
 何か尋ねられても言語に障害を持つ方の場合、こちらがうまく聞き取れないことがあります。質問内容をあいまいにしたまま答えるのではなく、復唱確認するなど、誤解のないように配慮します。どうしても聞き取れない時は筆談を提案してみたり、航路図を利用するなど臨機応変に対応してみましょう。こちらの言うことが相手にうまく伝わらない時も同様の工夫をしてみましょう。
 
○聴覚障害者
・聴力損失90db以上の全ろう(1、2級)の人は言語障害もある場合が多い。この場合、話し言葉を使えない、使いにくいことから、コミュニケーションは手話や筆談などを用いることになります。
・平常時の利用の場合には、サイン等の視覚情報をもとに行動することが可能であるが、緊急情報や運行等の変更情報などについては、一般に放送などの音声案内を用いる場合が多いことから、聴覚障害者が的確に情報を得られない恐れがある。
・音で注意喚起や操作方法を説明するような施設・設備においては、視覚情報を併用するなどの配慮が必要であります。







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