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解剖学への招待

 事業名 篤志献体の普及啓発
 団体名 日本篤志献体協会 注目度注目度5


肉眼解剖実習を終えて
鹿児島大学医学部 井上和彦
 
 鹿児島大学医学部医学科に入学してもうすぐ約2年になろうとしている今、僕はゆっくりと過ごしている正月の合間をぬってパソコンに向かい、このレポートを書き上げようとしている。
 ちょうど3ヶ月前の10月初旬、とてもきついということで有名なあの解剖が始まった。その時の心境は、初めて人体を肉眼で観察・勉強できるということに対する期待と、肉体的にも精神的にもきついといわれる実習が始まることに対する不安・嫌気が入り混じった非常に複雑なものだった。その時点の僕は、とても医学生といえる程の気構えを備えてはいなかった。最初の解剖の日、まず僕たちは保管室から自分の班のご遺体を実習台にお運びした。正直なところ、ご遺体はとても重く感じた。その重さからはご遺体ならびにご遺族の方々が持っておられる厚い気持ちを感じることができ、僕の気持ちがよりいっそう引き締められたのを覚えている。それから約1ヵ月半、僕はほとんど土日を返上しながらただがむしゃらにその日のノルマをこなしていった。正直なところ予習・復習の時間も十分に取ることができなかった。「学校に行って、解剖実習をして、家に帰って、寝て疲れを取って、また学校に行く」という生活の繰り返しだった。そして、次第に悪い意味の「慣れ」というものが出てきてしまい、今から思うとご遺体に対する感謝の念も薄れてきていたと思う。そんな時、ちょうど慰霊碑を掃除する機会があり、再び慰霊碑を訪れた僕はそこで改心した。変に解剖慣れしてだらだら解剖していた自分に気付き、その日から気合を入れ直して解剖に取り組むことができた。そして、なんとか第一解剖の口答試験を終えて解剖の前半を終え、ありがたい中休みに入った(実際はそんなに休めなかったが・・・)。
 中休みがあけ、解剖の後半である第二解剖の解剖実習と第一解剖の脳実習が始まった。脳実習は、脳に実際に触れ細部まで観察することができた。人の脳に自由に触るというのも一生のうちで今回限りだと思うので、とてもいい勉強・経験ができたと思う。第二解剖のほうは、第一解剖よりもさらに深層や細部の実習と頭の解剖を中心に進められていった。解剖の後半は、いい意味で解剖にも慣れ作業の効率が上がったこともあり、前半よりも多少余裕を持って実習することができた。そして、あっという間に解剖の後半は終わり、試験も一応は終了し、打ち上げもして無事解剖実習を終えることができた。解剖で知ったことは、人体は思っていたよりもはるかに複雑かつ繊細で、このことはこれから先医者になっても常に頭に入れておくべきことだと思った。
 解剖実習を終えた今思うのは、やはり医療というものはいろいろな人の協力があって初めて成り立つものであり、僕たち医学生は常にその人々に感謝の念を持ちながら勉強に励まなければならないということである。僕はこの解剖実習によって、少しは自分が医学生らしくなり、一皮むけたのではないかと自負している。これから先、解剖は僕の人生においても非常に大きな出来事として僕の中に残るであろう。改めてご遺体、そのご遺族の方々に感謝したいと思う。
 先日、南日本新聞(平成15年12月14日)の中で興味深い記事を見つけた。その記事は山形大学医学部技術専門官の相原功さんという方が第16回人事院総裁賞を受賞したという記事だった。その記事によると、相原さんは元々行政職採用で医学の知識が全くなく、はじめはかなり戸惑われたそうです。しかし、相原さんは学生が実習を終え、献体を火葬し遺骨を遺族に届けた際にかけられるねぎらいの言葉にやりがいを感じ、約30年にわたって献体の防腐処置や保管に尽くしてこられたそうです。そして、相原さんは「良い医者を育てるために自分の体を無償で社会に奉仕するという献体の強い意志と精神に敬服する。私たちは必ず医者のお世話になる。医者にとって解剖は第一歩で、私たちはめぐりめぐって死者の恩恵を受けている。自分の仕事は目立たない仕事だが充実感がある」とおっしゃられている。この記事を読んで僕は改めて思う。今度は僕が医者となって、社会の役に立つ番である。そのためにも、これから先医学の勉強をがんばっていきたい!ご遺体ならびにご遺族の篤志に報いるためにも!
 最後になりましたが、先生方の厚きご指導ありがとうございました。これからもご指導の程よろしくお願いします。
 
富山医科薬科大学 植村健司
 
 2003年10月10日(金)に行われた慰霊祭。例年では実習終了後に行われるこの式典。カリキュラムの移行期にあたる私たちの場合は実習前に行われた。私にとってはこの実習前に行われた慰霊祭が、その後の実習の質を大きく変えたように思う。その慰霊祭で私の心を強く打ったのは御献体をされた方々のご遺族の姿であった。献花をされるときに両手を合わせ、それぞれの思いを胸に祈るその姿。彼らのその思いを、そして御献体をされた方々がどのような思いで最後の時を過ごしたのかを考えていると自然と涙があふれてきた。みなさんの期待にこたえられるよう、これから始まる実習をもてる力の限りがんばります。式典後に慰霊碑の前で御献体をされてきた方々とその御遺族の方々に対してそのような誓いをたてた。そしてその誓いを胸に2ヶ月半の実習をのりきってきた。何度も図書館で夜を明かした。顔はこけ、白髪が増えた。部活にも多大な迷惑をかけてきた。辛さのあまり涙にくれる夜があった。しかし、私は決して途中で足を止めることはなかった。その誓いが、そして多くの人たちが私のことを支えてくれた。そしてやってきた12月24日の納棺式。かつて経験したことのないような達成感があった。辛くも、学問の喜びに溢れた実習のあの日々が走馬灯のように甦ってきた。1日たりとも弛むことはなかった。これ以上の努力はしえなかった。と、胸を張って言える自分がそこにいた。そして、納棺式後に再び慰霊碑の前にたち、無事実習を終えることが出来たこと、誓いをきちんと守ることができたことを報告し、この小生をここまで導いて下さったことに感謝して私の「短くも長かった」解剖実習を終えた。
 以上、あの頃を思い出しながら気ままに筆を進めてしまったが、最後にお世話になった方々にお礼を述べてこの感想文を終わりたいと思う。まずは小生のために、その尊いお身体を御献体くださった3人の方々。ありがとうございました。おかげで2Dでは学ぶことのできない多くの解剖学的な知識、そして多くの人として大切なことを学ぶことができました。そして、大切な人の献体に理解を示して下さったご遺族の方々。さらにはこの貴重な実習の機会を与えて下さったしらゆり会のみなさま。ありがとうございました。またプライベートにおいても多くの人に支えられました。あなた方無しではこの実習を乗り切ることは出来なかったと思います。ありがとうございました。最後に解剖Iの大谷教授をはじめとする先生方。私たちのためにお忙しい中、厳しくご指導くださいました。先生の言うよう、世界に羽ばたく医師となれるよう今後も精進していきたいと思います。本当にありがとうございました。
 
関西医科大学 江川由夏
 
 二ヶ月にわたる解剖実習も終わり、ついに今日、納棺の日となりました。
 今、振り返ってみると、二ヶ月前の九月二日、不安と期待の入り混じった気持ちで、初めて御遺体と対面してから、私達は実に多くの事を経験し、学んできたと思います。時には、人体の解剖という異質な体験に、戸惑うこともありました。しかし、目の前に実体を伴って表れる解剖学の知識を夢中で体得していく毎日は、大変充実していました。
 地下の実習室で、御遺体は私達の先生でした。講義や教科書で得た二次元の知識を、三次元に表現して教えて下さいました。人体という、未知の構造を目の当たりにして、感じたこと、得たものは人それぞれに違うと思いますが、皆一様に抱いているのは、御献体下さった方々、御遺族の方々への感謝の気持ちであることに違いないと思います。
 私事ではありますが、今年の六月に祖父を亡くし、生と死、生きていることとは、死ぬということはどういう事なのか、自分の中で気持ちの整理をつけられないまま実習が始まりました。そのため、実習中にも、知識を得る喜びの反面、自分のしている行為に困惑することも多々ありました。その度に、御献体下さった方々や、御遺族のお気持ちに思いをはせ、その、大きく温かな御理解に改めて感謝し、そのお気持ちを無駄にしてはならないと、気を引き締め直しました。そして今、実習を終えて様々な思いを胸に、御遺体とお別れすることとなりました。学ぶべきことは、これからもたくさんありますが、この実習を終えて得たものは、これから医学を学んでいくうえでの基礎となり、指針となるものだと強く感じています。この貴重な経験を生かし、また、御遺体とともに学んだ二ヶ月や御献体下さった方々のことを忘れずに、これから先も、勉学に励もうと心に誓います。
 最後に、私達にこの貴重な機会を与えて下さった方々に、心から感謝します。
 ありがとうございました。
 
鹿児島大学歯学部 大木誠
 
 解剖実習は専門課程に進級してから最も興味のある実習のひとつであった。人体に限らず物事の構造の図解を見ることは幼少の頃から好きであったし、自分の目で確かめるのはそれ以上に興味があったからである。
 もちろん期待だけではなく不安も多かった。覚えなければならない膨大な量の解剖学の知識(和名・英名はもちろん作用や他器官との関係まで)、通常より長く厳しい実習時間、数回ある試験、そしてなにより御遺体との対面である。
 そんな期待と不安を抱えて始まった解剖実習の最初の手順は御遺体を保管室から実習室へ移す作業である。このときはとにかく失礼がないように慎重に進めたことを覚えている。周りを見ても同じように慎重で緊張している面持ちに見えた。その後は、慰霊碑へ黙祷をささげに行った。過去の篤志家へ実習の無事を祈るとともに、これから実習をさせていただく御遺体に失礼がないよう誓った。
 実習が始まってからはとにかくひたすらに作業を進めた。慎重にしすぎて例年の進度よりも遅れてしまうほどであった。
 呼吸器系の肺を取り出したときであった。表面を観察して健康な状態よりも黒い沈着物が多いことにすぐ気がついた。班員と原因は何か話をした。「タバコを吸っていたんじゃないの」「タバコを吸うような人には見えないよ」「塵肺のせいでは」「工場地帯に住んでいたのかもね」などと生前を推測した。
 そのように生前を推測しているうちに、今解剖しているこの御遺体も当然ながら生きていたわけであり、家族がいた(ご遺族は今でもいらっしゃる)ことに今更ながら改めて気がついた。そして自分が祖母を亡くしたときのことを思い出した。あのときの気持ちを考えると、自身の体を提供してくださった篤志家の方とご遺族には感謝せずにはいられない。
 実習は、実習書や教科書を見比べながら行われる。人体の構造は基本的に教科書と同じような形態をしている。
 しかし、すべてがそうではなく、欠損していたり数や大きさが異なっている場合もあった。それでも実際に高齢まで生きられているのであり、人体の適応性には驚かされる。これが機械なら配線が一本多いとかパイプが足りないとかギアが極端に小さいなどでは作動しないだろう。
 逆に教科書どおりで驚かされる場合もあった。頭部の神経や聴覚になど観察にルーペを要するような構造である。人間が細胞分裂を繰り返して発生、成長する間に構造が変わってしまったり無くなったりしてしまいそうなものである。ここには人体の精緻性を感じた。
 解剖実習では学ぶことが多かった。解剖学的な知識は勿論のことである。それだけではなく、人体への感動、御遺体御遺族への感謝、また、班員とのチームワークの重要性なども学んだ。他にもまだいろいろあるがあげれば枚挙に暇がない。この実習で学んだことを礎にしてこれからの基礎科目、臨床科目の勉強に励んでいきたいと思う。







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更新日: 2019年8月10日

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