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解剖学への招待

 事業名 篤志献体の普及啓発
 団体名 日本篤志献体協会 注目度注目度5


解剖学実習を終えて
解剖実習を終えて
徳島大学歯学部 赤澤友基
 
 「黙祷」。
 四月二十五日、初めておばあさんのお顔を拝見した日から、毎回この一言で解剖実習は始まり、この一言で終わります。私にとって、この時間はおばあさんとのお話の時間でした。
 「今日は背中の浅層筋を解剖します。きちんと剖出できるか心配です。頑張りますのでよろしくお願い致します」。
 「今日は大腿神経が剖出できました。驚く程太かったんですよ。おばあちゃん、足に怪我をなさってましたね。痛かったでしょう。でも治って良かったですね。今日の実習も無事終わりました。ありがとうございました。次回もよろしくお願い致します」。
 この時間は、まるで自分の祖母と話すようにその日の実習のこと、感動したことなどを話しました。おばあさんのご遺体で勉強をさせて頂いているという感謝と尊厳の念と、少しでもおばあさんを身近に感じようという思いでした。
 また、実習中は、感動と驚きの連続でした。人体の作りは、一見複雑そうに見えたのですが、よく考えると、理にかなっていて実に巧妙なのです。
 特に感動したのは、動脈硬化を起こした大動脈を見た時でした。血管内皮を見た瞬間、班員全員が
 「すごい」
と言ったのを覚えています。それは、私達の想像を超えるものでした。内皮は粥上硬化しており、詰まりかけの血管さえあったのです。これを見、触って、初めて動脈硬化の本当の恐ろしさが分かりました。
 教科書を目の前にしても覚えられなかった知識が、実際に自分で解剖するとすっと頭に入るのです。まさに「百聞は一見にしかず」とはこのことでした。
 解剖実習で得たのは、知識だけではありません。解剖実習を通じて、協力することの大切さを改めて感じました。お互いに助け合ったり、教え合ったりすることにより、班員の良い所を多く見つけることができました。また、協力するためには人のことを考えることも大切です。「相手の立場に立ってできる限りのことをする」医療従事者として最も基本的な考えを再確認することもできました。
 また、看護学生の解剖実習見学でも、多くの質問を受け、教えることは教えられることだと実感しました。このように交流を持つことで、医療チームとしての連帯感も生じたように思います。
 解剖実習とは、ご遺体に傷をつけることであり、行為自体は本来許されることではありません。しかし、私達はそれを半年間行ってきました。その間に得た様々なものは、この先、私の人生で一生得ることのできないものでした。これらは全て、おばあさんのおかげでした。
 
おばあちゃんへ
 おばあちゃん、半年間大変お世話になりました。見ず知らずの私達が解剖し、勉強するために、死んでまで献体として身を委ねて下さるその心に、私達は、身の締まる思いがします。この半年間、おばあちゃんが長年生きてこられた体を少しずつ解剖させて頂きました。おばあちゃんの経験、思い出を少しずつ拝見しているかのようでした。その重みに今、大変感謝しています。私達は、この解剖実習で得たことを基に、さらに勉学に励み、社会に大きく貢献したいと思います。長い間、大変ありがとうございました。
 
 最後になりましたが、このような機会を与えて下さった御家族の皆様、白菊会の皆様に心から感謝を申し上げます。また、指導して下さった先生方、協力し合った仲間にも同時に感謝致します。ありがとうございました。
 
神戸大学医学部 日外祐理
 
 約2ケ月におよんだ解剖実習も、納棺の日を迎え、無事終了することが出来ました。まずは私たちに、このような貴重な機会を与えてくださった多くの人々に、心からの感謝の意を申し上げたいと思います。
 納棺の日、御棺に供えられた花を見ながら、様々な思いが胸の中を交錯しました。この実習で得たものは計り知れないほど大きなものでした。思えば実習初日、並べられたご遺体にこれまで目を背けてきた死という存在を認め、私は畏れおののきました。こんなことで実習を進めていくことができるのか、そもそもこの調子で医者になれるのかと、頭の中が一瞬真っ白になったのを覚えています。しかし同時に自分がなんて幼いことを言っているのか、とはっとしました。そして医学の発展のためにと献体して下さった故人に申し訳なく失礼であると感じ、これからの実習で、出来得る限りの知識を身に付けようと決意しました。
 実際に触れる人の身体は、今までに見たどんな機械よりもはるかに精密で、私達の想像を越えたものでした。この複雑で精密な仕組みによって成り立っている私達の何気ない日常生活は、ほとんど奇跡ではないかと思いました。そしてまたこんな細い神経に支配されている、人間の生のあやふやさに心惹かれました。生と死は対極にあるものではなく、隣同士にあるものだったのです。医学とはこのように不確かなものを研究する学問です。だからこそ、非常に難しく、興味深いものであると実感しました。そしてこの分野を専門に学び、今後一生携わっていく身として、気が引き締まる思いがしました。
 このように医者を目指すものとして、人体に直接触れ多くの知識とともに新たな認識や感動を得たことは、非常に貴重な経験でした。もちろん私達の未熟さゆえに、反省すべき点も数多くありました。しかし班員4人でお互い支えあい、役割分担をして作業を進めていったことは、私に仲間同士の連携の大切さを教えてくれました。このことはこれからのチーム医療において必要不可欠な要素であると思います。今後は、この実習を通して学んだことや気づかされたことを心に留め、一層勉強に励んでいきたいと思います。
 最後になりましたが、この実習でお世話になった方々、とりわけ献体してくださった故人と、その意を汲み取り賛同して下さったご遺族の方々に深く感謝申し上げるとともに、故人のご冥福を心よりお祈りいたします。
 
東京慈恵会医科大学 小豆島沙木子
 
 人の体を解剖するということはある意味、「普通」ではないし、ショックを受けるのかなとビクビクしていましたが、実際解剖実習が始まってもさほど驚きはしませんでした。医学部に入った時点で心の準備はできていたように思います。もちろんいい意味での刺激は受けました。二年生になって専門課程に入ったものの、知識をつめこむだけの単純作業に正直、少々飽き飽きしていたところがあったからです。解剖は医療に直結する実習であったし、人の身体を目の前にするとやはりあやふやにはできないなと感じました。
 ご遺体は、(言い方は悪いのですが)人であって人でないように感じました。身体は硬直して動かないし、冷たい。当然のことですが遺体というのは死んだ人なのだなと改めて思いました。事実、生きている人と同じように見ていたら解剖なんてできなかったなと思います。解剖をして、医学の世界は特殊な世界だなと改めて考えさせられた気がします。解剖をして思ったのですが、どこか冷静な目で見なければならないところがあると思います。また、人の命を扱う職業であり、人の命を扱うにはそれ相当の勉強が必要なのだなと思い知らされたように思います。
 最後の授業でご遺体をお棺に入れたときその人の名前を初めて知りました。とても不思議な気持ちでした。この人は前まで生きていたのだなと。そう思うとまだもっと見るべきところがあったのではないか、もっと勉強すべきだったのではと思えて仕方ありませんでした。しかし、それでもこの解剖実習から得た知識は大きなものであったと思います。確かにわかりやすい、いい参考書はたくさんでていますが、実際に自分で解剖するのとしないのとでは大きな違いがあるなと感じました。本当に貴重な体験をさせていただいたと思っています。献体してくださった方の気持ちを無にしないためにも、もっと励んでいきたいと思います。
 
山形大学医学部 足立英子
 
 初めてご遺体を目の当たりにした時、正直なところそれが本物の人の体だという実感が持てなかった。処理が施されたご遺体は生身の人間とは様相が異なっていたからである。そのため当初心配していた解剖への抵抗や恐怖感はあまり感じなかった。私達の班のご遺体は男性の老人の方で、私達は「おじいちゃん」と呼んで話しかけたりもしていたが、私自身は意識的にそうして声をかけることによって、人の体にメスを入れさせてもらっているということを自らに言い聞かせている面もあった。そうして始まった解剖実習は、私にとって非常に興味深く、毎回の実習は待ち遠しいものだった。
 実際の人の体は、想像よりずっと複雑で難解だったが、骨や筋肉、臓器が図譜などで見る通り確かに存在していたり、腱や神経が指の先までちゃんとつながっているのを見たりするたびに、驚き、そして感嘆した。また、黒味の強い肺からおじいちゃんは喫煙者だったのかと考えてみたり、腹腔内の手術跡を見て生前の生活の困難を想像してみたりもした。そうすることによって、次第に、目の前にあるのがかつて数十年の人生を生きた一人の人間であるということを強く感じるようになった。そして、このような精巧な構造物が自分を含め今生きているすべての人間の体内に在り、そこに血液が流れ、生命活動をしているということを考え、改めて人体それ自体に対する畏敬の念を感じた。
 振り返ってみれば勉強不足で至らなかった点も多々あった。しかし今回の実習で私は、解剖学的知識の習得は元より、人間の体がどれほど美しく、よくできたものであるかを知り得たことが一番の収穫であったと考えている。また、故人の遺志を理解し、大切な家族のご遺体を捧げてくださったご遺族の方々を想うと胸がいっぱいになる。
 ご遺族の方々へ深く感謝申し上げるとともに、故人のご冥福を心よりお祈りする。
 
富山医科薬科大学 阿部みお
 
 3ヶ月弱という短い期間でしたが、解剖学実習を振り返ってみると実に密度の濃い充実した期間であったと思います。休日も実習室にこもり解剖に明け暮れ、忙しさと疲れでつらく思うこともありましたが、それゆえに医師になるための大変さや厳しさをあらためて実感することができました。
 初めて実習室に足を踏み入れ、ご遺体と向き合ったときは人体を解剖することに対して緊張し畏れを抱いたことを覚えています。そして実習を進めていく中で、実際に自分で体を動かして学んでいくことの大切さを知りました。教科書を読み、図譜をながめているだけでは一つ一つの人体の構造に対して印象が薄く、記憶していくことは難しいです。しかし自分で解剖していくと驚くほど簡単に記憶することができました。それは一つ一つの構造に対する思い入れの違いからくるものだと思います。剖出した神経や血管などの構造を同定していくためには多くの試行錯誤をしなければならなく、それを通じて自然とあらゆる構造が頭の中に入ってきました。
 また、実習を進めていく中で人体の構造は人それぞれ同じところもあれば違うところもあるということが理解できました。人の顔は目が2つあり、鼻が一つあるといったことは誰しも同じだけれども、その位置などそれぞれ個性があるように、筋肉や臓器においても同じ名前のものが人それぞれ大きさや位置が違い、その人の個性というものを示していることがわかりました。あたりまえのことかもしれませんが、このことは将来医師になって多くの患者さんと接していくときに、あらゆる病気に対して一通りの考えだけでなく患者さん一人一人の個性に合わせて考えることが必要であることを教えてくれました。
 最後になりましたが、献体をしてくださった方と献体に対して理解を示してくださったご遺族の方々には貴重な経験をさせていただき本当に感謝しています。ありがとうございました。この経験から得た知識を一時期のものとせず一生の財産にできるようにこれからも努力していきたいと思います。







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更新日: 2019年8月10日

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