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3.5 データ同化(ナッジング)の検討
 ナッジングは、解析値や観測値の情報を気象モデルに同化し、解析値や観測値の持つ有効な情報を引き出し、より精度の高い推算を行う処理である。ナッジングによる推算精度向上についてT9918事例を対象に調査を行った。
 
 気象モデルMM5の同化手法は、Satuffer and Seaman(1990)の方法が用いられている。ナッジング(nudging)は、解析値や観測値の持つ有効な情報を引き出すことを目的とした連続同化手法である。
 予報方程式に外力項として
[モデル格子に内挿する際の重み(ナッジング係数)]×([解析値]−[予報値])
に比例する項を加えることにより、徐々に予報値を解析値に近づける。ナッジングに使用する方程式を式(3.6)に示す。
 ナッジング係数は、モデル格子に内挿する際の重みであり、解析値の精度と計算値の精度のバランス、解析値の時間密度に依存する。ナッジング係数を大きくすることにより、解析値との一致性は向上するが、モデルの整合性は崩れる。したがって、ナッジングを行う際は、ナッジング係数を適切に設定しなければならない。
 
 
αi(x,t) :予報量
αia :予報量の解析値
F :予報式
G :ナッジング係数
 
 3.4で作成した台風ボーガスを解析値としてナッジングを行い、48時間の推算を行った。ナッジング対象期間は、台風が八代海に上陸する前までとした。ナッジングの設定を以下に示す。
・要素: 風・気温・比湿
・領域: 大領域のみ(中領域は対象外)
・高度: 大気境界層以高
・期間: 9月22日21時〜24日0時
 ナッジングを行う場合は、ナッジング係数を適切に設定しなければならない。ナッジング係数を適切に設定するため、ナッジング係数ごとの推算精度の比較を行った。比較は、(1)ナッジング最終時間(9月24日0時)の進路推定誤差と、台風中心が八代海・周防灘を通過期間の(2)進路推定誤差、(3)海上風推算精度誤差で行った。海上風推算誤差は式(3.7)で算出した。
 八代海・周防灘通過期間は、9月24日3時〜9月24日12時とした。模式図を図3.10に示す。
 
 
NT :ベストトラック該当時刻数
NP :観測地点数
pbc :ベストトラック台風中心気圧
pc :推算値台風中心気圧
xb,yb :ベストトラック台風位置
x,y :推算値台風位置
vc :計算値風速
vo :観測値風速
 
図3.10 ナッジング期間・八代海・周防灘通過期間 模式図
 
 9月24日0時におけるナッジング係数ごとの進路推定誤差を図3.11に示す。ナッジング係数は風速と気温は同じ値とし、比湿はその0.1倍とした。進路推定誤差は、ナッジングを行わない場合は約55kmであった。ナッジング係数を0.1e-4にすると約45kmになり、1.0e-4にすると20km弱になった。ナッジング係数を1.0e-4以上にしても進路推定誤差はあまり変わらなかった。
 
図3.11 9月24日0時におけるナッジング係数ごとの進路推定誤差
進路推定誤差
 
 ナッジング終了後、台風が周防灘・八代海を通過する期間における進路推定誤差と、海上風推算精度を図3.12に示す。海上風推算精度は、台風が八代海・周防灘を通過中の推算風速と観測値との相関係数とした。進路推定誤差は、ナッジング期間中よりも大きくなり、ナッジングを行わない場合は約75kmで、係数を0.1e-4にすると約50km、1.0e-4では約30kmであった。係数1.0e-4以上では、ナッジング終了後の進路推定誤差の増加が大きく、係数が大きいほど進路推定誤差は大きくなった。八代海・周防灘における海上風推算精度は、ナッジングを行わない場合は0.38、係数が0.1e-4の場合に相関係数0.66で最大で、係数を0.1e-4以上にすると精度は悪くなった。以上から、ナッジング係数は0.1e-4〜1.0e-4に設定するのが適切と考える。
 
図3.12 台風通過時のナッジング係数ごとの進路推定誤差と海上風推算精度
進路推定誤差
 
海上風速精度
 
 海上風推算精度が最も高い0.1e-4と進路推算精度が最も高い1.0e-4の比較を行った。それぞれのナッジング係数について以下の図を示す。
・海上風速の時系列変化図(図3.13)
・ナッジング係数ごとの風速分布と海面補正気圧(図3.14)
・レーダーアメダス解析雨量と前1時間降水量(図3.15)
 
 台風中心付近が八代海・周防灘を通過した24日3〜8時において、熊本港の風速の時系列変化は、ナッジング係数0.1e-4の方が1.0e-4の場合よりも観測値に近かった。(図3.13(2)、上)その他の地点でも、地点ごとの最大風速は、ナッジング係数0.1e-4の方が1.0e-4より大きく、観測値に近かった。地点ごとの最大風速の平均を観測値と比較すると、ナッジング係数0.1e-4は観測値より2.7m/s小さく、1.0e-4は観測値より4.2m/s小さかった。
 しかし、ナッジング係数ごとの風速分布と海面補正気圧(図3.14)では、0.1e-4は1.0e-4やベストトラックの進路より30kmほど北の進路を取っており、進路推定誤差が大きかった。また、図3.15のレーダーアメダス解析雨量と前一時間降水量との比較では、24日5時は、観測では長崎県周辺に降水が観測されたが、ナッジング係数1.0e-4は同地域に降水を推算し、0.1e-4は観測より北の地域に降水を推算した。また、対象地域中のAMeDAS地点の風速観測値との推算誤差は0.1e-4が5.1m/s、1.0e-4が4.8m/s、相関係数は0.1e-4が0.725、1.0e-4が0.764と1.0e-4の方が優れていた。
 以上から、海上風観測地点ごとの時系列変化はナッジング係数0.1e-4の方が精度が高かったが、空間的な分布はナッジング係数1.0e-4の方が精度が高かったと考える。高潮・波浪推算を行う上で入力値となるのは、風向・風速の平面分布であり、気象場は地点ごとの最大風速よりも風向・風速の平面分布を再現していることが必要である。したがって、本研究ではナッジング係数1.0e-4を使用した。







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