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2001/10/02 毎日新聞夕刊
[牧太郎のここだけの話]「豊かさ」の分配
 
 アメリカは豊かな国だ。
 たらふく食っているだけではない。広い家屋敷に住んでいるだけでもない。もっともっと「奥深い豊かさ」を持っている。
 例えば、アメリカでは聾者(ろうしゃ)が障害を乗り越えて、大学教授になり、弁護士になり、医師になっている。
 ギャローデット大とアメリカ国立聾工科大という二つの聴覚障害者向け高等教育機関がある。ギャローデット大の設立は1860年代の南北戦争の最中にまでさかのぼるから、この国では「奴隷解放の戦い」を進めながら、ASL(アメリカ手話)を使って高等教育を始めていたことになる。そんな国柄だから「聾者の弁護士」はごくごく普通なのだ。
 1995年、この大学は「キャンパス内では音声言語や英語対応手話を使わず、ASLだけで意思を通じ合う」と決めた。(ASLと英語対応手話とはまるで違う)
 独自の「聾文化」の環境づくり。手話に、聾者に誇りを持つ人々がいる。「豊かさ」の証明ではないか。
 筑波技術短期大はアメリカ国立聾工科大をモデルに87年10月、世界で3番目の聴覚障害者向けの大学として誕生した。「豊かさ」で日本はアメリカに続いた。続いてタイ、ロシア、中国にも大学が生まれた。
 2001年1月、世界の六つの大学は「聴覚障害者のための国際大学連合」を作った。国を超えた手話教育の連携がぜひとも必要なのだ。
 これには金がかかる。
 ここだけの話だが、彼らを応援したのが日本のギャンブラーだった。
競艇の「寺銭」をファンに代わって運用する日本財団は、以前からアメリカの2大学の留学生支援に200万ドルの基金を提供していた。今回も競艇の胴元?は金を出した。
 10月1日午前8時半、国際連合の初仕事、筑波技術短期大とアメリカ国立聾工科大の間にテレビ会議システムがオープン。日米の学生が手話で作った俳句を披露した。字数に制限がないが、短い短い自己表現。これは聾文化の「21世紀の夜明け」?
 豊かな、でも武器を持たない、この国には「戦いの分配」より「豊かさの分配」が性に合っている。
【編集委員】
 
 
 
 
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