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2001/02/23 読売新聞朝刊
[論点]「常任理入り」は国連改革から
吉田康彦(寄稿)
 
 森首相は一月のアフリカ歴訪で、国連安全保障理事会の常任理事国に日本が入ることへの支援を訴え、来日したアナン国連事務総長も日本の常任理入りを強く支持した。だが、常任理入りの前提になる安保理改革が実現する見通しは当面ない。グローバル化の進む二十一世紀の地球社会に対処するためには、むしろ人権・開発・環境に取り組む新機構創設と市民参加の国連改革こそ急務である。
 外務省は過去三十年来、日本の安保理常任理事国入りを悲願としているが、安保理改革を七年間討議してきた総会作業部会は昨年、「全く進展なし」と報告している。安保理改革が実現しないのは、拒否権を持つ常任理事国に特権的地位が保証されているからだ。このため、ドイツの常任理入りにはイタリアが、インドにはパキスタンが強硬に反対、関係国に深刻な利害対立がある。現在十五か国の常任、非常任理事国の枠拡大でも、先進国と途上国の溝は埋まっていない。
 そうした中で日本外交に必要なのは、創設から半世紀以上を経て時代遅れとなった国連をトータルにとらえ、グローバル化に対応した普遍的機構に再生させる理念と具体案を提示して国際世論を盛り上げることである。政府の国連政策は安保理偏重で、国内世論も、国連改革といえば日本の常任理入りと思い込み過ぎている。
 国連は、「国民国家」が激突した第二次世界大戦の戦後処理機構として発足した。そして、例えば植民地独立の手助けをした信託統治理事会は既に任務完了、過去七年以上も機能を停止している。人権・開発・環境を担当する経済社会理事会(経社理)は機能が総会と重複し、活動範囲の拡大にもかかわらず存在感を失っている。
 一九九五年の国連創設五十周年を期して改革案を検討したグローバル・ガバナンス委員会は、信託統治理事会に代わる環境保全のための「地球公共財理事会」の創設と、安保理と並ぶ「経済安保理」への経社理の強化改組を提唱した。
 同委員会はまた、主権国家偏重の国連の場にNGO(非政府組織)などの市民組織の意向を反映させるため、既存の総会と並行する「地球市民フォーラム」の新設も提唱した。国連の意思決定プロセスへのNGO参加は、今では常識となった。
 地球環境の保全に関しては、八八年の総会でサッチャー英首相らが新理事会の創設を提唱、北欧諸国が具体案を提出して総会でも討議されたが、日本は当時から安保理改革にしか興味を示さなかった。温暖化など地球環境破壊は深刻の度を加えている。しかし、国連にはUNEP(国連環境計画)という技術機関と、「持続可能な開発委員会」という経社理の下部機関しかないのが現状である。
 経社理改組論の歴史はさらに古く、国連創設四十周年の時の構想にさかのぼる。この構想は、米ソ冷戦下で安保理改革は不可能とされていた当時、経社理強化に国連活性化の活路を見いだし、主要先進国に、中国、インド、ブラジルなど発展途上の地域大国を加え、閣僚級の会議で決定に実効性を持たせようというものだった。現在のG8(主要国首脳会議)を国連の枠組みの中に取り込むことだ、と考えれば理解しやすい。
 故小渕首相の提唱で、国連に「人間の安全保障」基金が設けられた。事業の具体化のための国際委員会も発足する。この路線の延長で、環境保全や貧富の解消を目指す国連改革に向け、日本がイニシアチブを発揮する方がはるかに国民の共感を得ることができよう。同時に、日本が大国意識を振りかざして安保理常任理入りを狙っているわけではないことを実証することにもなる。安保理常任理入りの悲願達成のための、「急がば回れ」でもある。
◇吉田康彦(よしだ やすひこ)
1936年、東京生まれ。
東京大学文学部卒業。
NHK記者を経て、国連本部主任広報官、国際原子力機関広報部長、埼玉大学教授を歴任。
現在、大阪経済法科大学教授。
 
 
 
 
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