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2000/03/09 読売新聞朝刊
[論点]常任理入り、日本に好機
吉田康彦(寄稿)
 
 中国が沖縄サミット(主要国首脳会議)不参加を発表したことで、中国招致問題は一件落着となったが、そもそもこの問題は小渕首相周辺の理念に乏しい思いつきで、国連軽視を加速させる結果になりかねない暴論だった。
 G7(現在はロシアが加わってG8)は、中東の産油国が石油戦略を発動して世界経済を混乱に陥れたあと、利害と価値観を共有する日米欧の先進国首脳が一堂に会して対抗策を協議することを目的に、一九七五年、ジスカールデスタン仏大統領の呼びかけでパリ郊外のランブイエ城で開催されたのが始まりで、翌年から年中行事化し、経済だけでなく政治問題も取り上げられるようになって今日に至っている。
 冷戦終結後のロシア加入は特に会議の性格を大きく変質させた。ロシアは核保有国、政治大国ではあっても、移行経済下の多額の債務国であり、このため世界経済のガバナンス(共治)を協議する場というより、当面の国際紛争を収拾するフォーラムとして機能するようになった。
 昨年のNATO(北大西洋条約機構)のユーゴ空爆は国連安全保障理事会の頭越しで決まり、G8の協議で調停案がまとまり、結果だけが安保理に押し付けられるという経過をたどり、国連の形骸(けいがい)化をあらわにした。
 NATO諸国は、中国の反対を見越して国連をバイパスし、自らの行動を正当化する場としてG8を選んだのである。先進国あるいは大国ばかりのG8が「世界平和の番人」のように振る舞うのは好ましくない。中国招致は、その延長上にある発想だった。中国が参加を希望したら、日本政府は必死に招致実現に向けて根回しをしたであろう。
 日本はサミットの議題として紛争予防と「人間の安全保障」を提唱しているが、これこそ国連の場で取り上げ、協議すべきテーマだ。中国がサミット不参加の理由に挙げているように、国際平和と安全の維持の主たる責任は国連安保理にある。
 今年は九月にニューヨークで「ミレニアム記念首脳総会」が開催される。外務省はこの機会に日本の安保理常任理事国入り実現に向けて弾みをつけたいと望んでいるが、国内世論がいまいち盛り上がっていない。東ティモールに対する国連の介入も、日本は意思決定に加わらぬままツケだけが回って来たが、国民は反発を示していない。これはまことに奇妙な現象である。
 日本の今年の国連分担金は20.57%に達し、米国の25%を除けば、三位のドイツの9.86%をはるかにしのぐ突出した二位となっている。日本の拠出だけで米国以外の常任理事国四か国の分担金比率の累計を大きく上回る。つまり日本一か国だけで、仏英露中(拠出順)の常任理事国四か国を合わせた以上の分担金を国連に払っているにもかかわらず、日本は現在、非常任理事国でもなく「その他大勢」の一か国にすぎない。
 「代表権なくして課税なし」が民主主義の原則である。代表権が認められないまま黙々と課税に応じてきたのが日本の国連外交の姿である。近年、共和党主導の米議会が国連に背を向け、分担金を一方的に22%以下に引き下げる決議強行の動きも消えていない。総会で投票権を失う事態に直面して、ホルブルック国連大使らの必死の説得で十億ドルを上回る滞納額の一部支払いに米議会が応じたのが昨年暮れだった。米政府に負担減を“陳情”して解決する問題ではない。
 今年十一月、大統領と議会選挙を控えた米国は、九月のミレニアム総会で国連改革に率先して動く情勢にはなく、それだけに米国に気兼ねせず動けるチャンスである。このまま推移すれば、日本は常任理事国の議席を得られないまま全加盟国の中で最大の拠出国になる事態にもなりかねない状況なのだ。
 「納税者である日本国民が黙認しているのが不思議でならない」と、国連外交筋は疑問を呈する。分担金の多さを常任理事国入りの論拠として掲げると「日本は安保理の議席をカネで買うのかという反対論が国内から出てくる」と、外務省関係者は嘆く。
 議長国としての日本の課題は、G8の議題を国連の場に戻すことだ。そして国連改革を最優先議題として沖縄サミットに提案することだ。国連発足五十五周年でもあるミレニアム総会は今世紀最後の常任理事国入りのチャンスなのである。
◇吉田康彦(よしだ やすひこ)
1936年、東京生まれ。
東京大学文学部卒業。
NHK記者を経て、国連本部主任広報官、国際原子力機関広報部長、埼玉大学教授を歴任。
現在、大阪経済法科大学教授。
 
 
 
 
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