1993/02/14 読売新聞朝刊
[メディア時評]国連中心主義の是非、一皮むき核心に迫れ
中江要介(寄稿)
なかえ・ようすけ(三菱重工顧問)
ブトロス・ガリ国連事務総長が明日来日する。
このところ急に「国連中心主義」を口にする人が増え、PKO(平和維持活動)とかPKF(平和維持軍)とか、揚げ句の果ては国連協力のための憲法改正論まで飛び出す有り様である。
かつては「国際化」が流行し、次は「国際貢献」が騒がれ、それが「自衛隊の海外派遣」に化け、今度は「国連中心主義」となり、ついには「憲法改正」にまで突っ走らんばかりである。この上ずった論調の横行にはマスメディアにも責任があるように思われる。
と言うのは、このような行方定めぬ波枕(まくら)を、そういう意見のあるのは「事実」だからといってそのまま「報道」しっ放しで、解説らしい解説も、論評らしい論評もしないために、読者こそいい迷惑で、あれよあれよという間に押し流されかねない危険があるからである。
冷戦が終わり、世界に新秩序が求められている今、このような議論が行われること自体は結構なことである。そして、ほこりをかぶって片隅に追いやられていた「国連中心主義」とやらを引っ張り出し、ほこりをはたいて見直そうという意見が出ても不思議ではない。しかし、それが全くの思い付きであったり、ためにするものであったり、上っ面をなでるだけのものであったりする場合には、マスメディアとしてはそのうさんくささを指摘して正しい評価を引き出せるようにするのでなければ不親切であるし、無責任ではないか。
戦後の日本外交の三本柱の一つと言われた「国連中心主義」について言えば、それは、冷戦構造の下で、日本の安全保障が「国連中心主義」という柱よりもむしろ「自由主義諸国との協調」という柱、具体的には日米安保条約に基づく米軍の抑止力によって支えられていたころの話である。従ってこの柱は、その間に腐って来ているかもしれないから、これを持ち出すに当たっては総点検の必要がある。
にもかかわらず、マスメディアの取り扱い振りを見ていると、まるでこの柱が数十年来厳然として立ち続け、世界の秩序を支えて来たような錯覚を与えてはいないか。少なくとも、この柱を今後の前提として疑っていないようにさえ思われる。これでいいか。
一皮むいて核心に迫る努力が不足してはいないか。
こういう状況の中にあって、東京新聞のサンデー版は注目される。一月三十一日付の「国連パート1」では“世界の紛争・出動の現状”を、二月七日付の「パート2」では“財政危機の実態”を図解している。およそ「国連中心主義」を言う以上は、これくらいのことは常識としてわきまえていなければならない。
その上で、なお、「国連中心主義」という柱を点検するに当たって看過してはならない「核心」がある。たとえば
――戦後の世界でぼっ発した数多くの紛争のうち、中東戦争、キューバ危機、チェコ動乱、ベトナム戦争、カンボジア紛争など主なものを拾って見ても、どれ一つとして「国連」が解決に成功したものがないのはなぜか。
――戦争の原因となりやすい貧困、疾病、飢餓、民族対立のような問題を抜本的に解決できないのはなぜか。
――国連創設後持ち上がって来た環境、エネルギー、人口などの問題に十分対応できているか。
――半世紀も昔の五大国(米英仏ソ中)が拒否権をもった安保理常任理事国という特権的地位を占めたまま「民主化」を言う資格があるのか(ソ連などは崩壊してしまっているではないか)。
――国連創設以来「国連軍」が設けられなかったのはなぜか。これまで設けられたことがないからといって「国連軍」の構想を軽んじていいか。
――国連組織全体をむしばみつつある官僚主義や腐敗汚職の除去是正の見込みはあるのか。
こういう「核心」に迫った検討を行った上で「国連中心主義」を言うのでなければ、昔ながらの国連万能、国連性善、国連理想、といった未熟な書生論議の域を出ないと言うべきであろう。
現在われわれの注目を引いているカンボジア和平の問題は、一九七八年末のベトナムによるカンボジア侵略に端を発している。そのとき、湾岸戦争の際世界の警察官気取りで敏速に武力行使まで敢行した米国は何もしなかった、国連も従って何もできなかった。それを十年以上も放置しておいてやっと冷戦の終焉(しゅうえん)を機にパリ協定のようなものをまとめては見たが雲行きは怪しい。このような国連を新秩序の中心に据えてよいのか。
ガリ事務総長は国連強化のための提案を試みている。その具体的な内容を「核心」に触れつつ明快に紹介することすらマスメディアは怠っている。
世界の平和と安定なくしては生き続けてゆけないわが国にとってこれはゆゆしき問題である。(元駐中国大使)
◇中江要介(なかえ ようすけ)
1922年生まれ。 京都大学法学部卒業。 外務省に入省、アジア局長、駐エジプト大使、駐中国大使を歴任。
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