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2001/01/24 毎日新聞朝刊
[負の明細書]国連の裏側/5 「自宅待機」3年半−−横行する不当人事
◇「事務の女性、局長にしようとした幹部も」
 机の上に、「親展」と書かれた人事部からの通達が置かれていた。「有給の特別自宅待機を命ずる。ただちに職場を去ること。将来、別なポストを与えるまで、職場への諸報告は必要ない」
 ジュネーブの国連欧州本部。広報部の中堅職員だったカムーン氏(チュニジア出身)にとって、寝耳に水の話だった。1996年1月2日。冬休みを終え、新年の初出勤の朝だった。
 「特別自宅待機」。通常、人事の都合で、次のポストが空くまでの短期間、職員の生活を保障するための特例措置だ。その間は、各種手当を含め、給与の全額が支払われる。
 だが、カムーン氏の場合は事情が違った。99年6月30日の退職の日まで、3年半も続いたのだ。その間彼に払われた「給料」の総額は、4000万円前後になった。
 
 きっかけは、上司との対立だった。カムーン氏は言う。「広報部の定例会議で、その上司と何度か激論を交わした」。自分でも、強情で言い出したら聞かない性格だとは思う。「議論が収拾せず、皆が出席する会議の途中で、席を立ったこともある」。会議室を出る時、ドアを閉めた音が大きく響いたのを覚えている。
 職場の在籍歴は、15年以上。「まじめにやってきた。勤務評定も良かった」。だが、95年11月に突然、異動先としてアンゴラなどアフリカの平和維持活動(PKO)の広報職を内示された。単身赴任が条件。3年半後に退職を控え、思いもよらぬ配転だった。
 当時、健康上の問題があり、さらに息子には精神障害があった。異動を断り、「現場での任務遂行は無理」という国連医務局の証明書も提出した。その結果が、「特別自宅待機」だった。その後も、カメルーン、セネガルなど、明らかに無理な選択を迫られた。「自宅待機」を続けさせたい意図は、明らかだった。
 「不当な人事で、差別だ」。職員の問題を裁く国連行政裁判所に訴えた。96年7月のことだった。
 
 部外秘の判決記録が残る。
 「カムーン氏は、勤務成績も良く、同じポストで働かせ続けるべきだった」
 そう断じた行政裁判所は、国連欧州本部の内部文書を引用しながら、こう認定した。
 「一連の人事は、この上司の要望だけで行われたことだった。病気の息子がおり、退職を目前に控えているのに、アフリカへの異動や自宅待機を命じたのは不誠実で、(理由のない)制裁行為だった」
 法廷は同氏の主張を全面的に認め、慰謝料として1年分の基本給与、約800万円を払うよう命じた。「自宅待機」の間に、同氏のポストを埋めるため臨時に雇った人への給与、賠償金、そして裁判費用・・・。この件で国連が余分に支払ったのは「5000万円以上」(同氏)という。
 非公開の国連行政裁の訴訟記録を追うと、同様の訴訟が多い。
 最近、話題になった例では、「一度決まった昇進について、幹部が横やりを入れ、別の人物を推薦。結局、本人は昇進できなかった」(99年)などがある。こうしたケースだけでも国連は推計5000万円以上を「慰謝料」として支払った。
 同法廷の訴訟は「最近、賠償額が飛躍的に増える傾向にある」(国連欧州本部)という。
 
 国連内の職員組織の一つ、「ジュネーブ職員会議」の議長を務めたカーネルト氏(国連欧州経済委員会)は内情を語った。
 「国連では、直属の上司は封建領主のようなものだ。部下に絶対的な力を持ち、幹部になると力ずくで人を動かせる」
 国連に20年間在籍する国連貿易開発会議(UNCTAD)の勝野正恒・首席行政官は言う。「国連は責任体制が細分化されすぎ、同じ組織内の問題でも、自分の管轄外ならば批判や議論ができない。そこに、情実人事が生まれる土壌がある。私の知る限りでも、事務職員の女性を一気に局長に引き上げようとした幹部の例がある」
 日本人の国連職員が他の先進国より少ないという批判に関連して、勝野氏はこうも話す。
 「国連で働く日本人はおおむね優秀だ。しかし、不公平な人事の犠牲になる例も多い。日本政府は実態に目を向けるべきだ」
【福原直樹】=つづく
 
 
 
 
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