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2001/01/18 毎日新聞朝刊
[負の明細書]国連の裏側/3 10年間、横領気づかず−−欧州本部
◇予算と監査、一幹部の権限
◇内部査察室「調査官を増やさねば被害額も増える」
 「また、あの男だ」
 午前11時前、ジュネーブの国連欧州本部。この時間になると現れる国連職員の姿を見て、経理部の職員たちはうんざりした顔をした。男性が言う。
 「国際会議に出席した専門家の日当を払うため、緊急に小切手が欲しい。彼は午後の飛行機で、ジュネーブをたってしまう」
 「専門家の出席を裏付ける書類は? 航空券やホテルの領収書はないのか」。当初は規定に従い、そう聞いた経理部職員も「急いでいる。あとで必ず提出する」と、いつものように繰り返す男性の言葉に、次第に何もたださなくなっていった。
 小切手を受け取ると、男性は、国連内の銀行に直行。顔なじみの女性行員は、何も聞かずに100万円相当の小切手を現金化する。彼は、現金を封筒にしまうと、彼女の前で「専門家」の名前を表に書いた。その行為はあたかも彼がすぐ、「専門家」に「日当」を払うかのように見えた。
 同じことは59回、続いた。男性は、国連貿易開発会議(UNCTAD)幹部=当時。米国籍で、経理担当だった。無論、「専門家」も、「国際会議」も存在しない。総額約6000万円の横領。だが、問題は別のところにあった。犯行が続いた1987年から10年の間、誰もそれに気付かなかったのだ。
 
 「上司の責任感のなさ。ずさんな組織。それが犯罪を招いた」。ニューヨーク国連本部。内部査察室(OIOS)の幹部が調査書を手に、そう話した。
 調べによると、UNCTADでは当時、国際会議が終了し、予算が残るとすべてを同じ基金にプール。少したつとどれだけの金額がどの会議で残った分なのか、分からなくなっていた。元幹部はこのずさんさを悪用した。基金の一部を流用し、横領の穴埋めもしていた。
 また元幹部には、予算作成、経理や監査など四つの「常軌を逸する強大な権限」(調査書)が与えられていた。それが、彼の犯罪放置を許すことにもなった。
 「アルコール中毒」を自称した元幹部は自らのつらい境遇をでっち上げ、周囲の同情を引く傾向があった。「娘が麻薬中毒だ」。そう直属の上司にうそをつき、それを信じた上司がもらい泣きしたこともあった。
 「最後にうそがばれて、上司も彼を信じなくなった。アル中ということで、上司は、はれ物に触るように彼を扱った。このため彼の仕事をチェックしようとしなかった」。査察官が、そう話す。
 スイス当局の逮捕は96年半ば。元幹部の病欠中に会計簿を見た部下が、改ざんを見つけた。
 「内部のコントロールが全くなかった。だから金を取れた」
 ブランドものの仕立服、ゴルフ場会員権、不動産・・・。派手な生活で知られた元幹部は、逮捕後の裁判でそう述べていた。
 
 「金持ちになれるぞ」
 UNCTADの横領事件が発覚した同じ年。クロアチアの首都ザグレブにある旅行会社の幹部はそうささやかれた。相手は、平和維持部隊の国連ボスニア・ヘルツェゴビナ派遣団の旅行業務部長(米国籍)。前年赴任したばかりの部長の提案は、単純だった。「請求書を偽造しろ」。会社社長は「そんなことをすれば、夜、眠れなくなる」と言って、断った。
 だが部長は、新たに巻き込んだ別の旅行会社社長ら2人と共謀。当時、部隊の隊員が飛行機に乗る場合は、航空会社との協定で、個人の荷物は1人100キロまで無料だった。そこで隊員が旅行する際、航空会社が一般旅客と同じ基準で高い積み荷料金を要求したように請求書を偽造し、その支払いを決済していた。
 96年7月から98年9月までの横領総額は1億円近く。内部からの情報で98年末に査察室が調べると、膨大な金額の疑惑が浮上した。航空会社の請求額より、400万円も高く決済した例もあった。
 「出費に関する、部隊の管理体制が全くでたらめだった」
 部長が米国で逮捕された1年後の99年12月、査察室が出した報告書は、こう結んでいる。
 
 「国連の内部犯罪の発生率は、一般の大企業とほぼ同じだ」。内部査察室の幹部は言う。「だが問題は、それを調査する人間が少ないことだ」
 94年に発足した内部査察室は、国連史上、初めて検事や警察出身者を入れ、犯罪専門の調査班をつくった。過去、経理担当の監察官が行っていた内部犯罪の調査を本格的に行えるようになり、昨年の不祥事の受理件数は、発足当時の4倍、287件に増えた。95年以来摘発した横領など内部犯罪に関係する金額は5億円以上だ。幹部の望みには切実な響きがこもる。
 「現在、調査官は15人だけ。人数を増やしたい。そうしないと、国連が内部犯罪で被る損害額もどんどん増えていく」
【福原直樹】=つづく
 
 
 
 
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