1996/12/15 毎日新聞朝刊
[社説]新事務総長 国連の独立性を強化せよ
国連安全保障理事会は13日、新しい国連事務総長に、コフィ・アナン国連事務次長(ガーナ出身)を選出した。8回目の協議でようやく決まるという難しい外交駆け引きの結果であった。
国連事務総長の選出では、任期切れのブトロス・ガリ事務総長が、2期連続の就任を希望したが、米国が拒否権を発動した。この結果、新しい事務総長選びの駆け引きと、外交工作が展開された。
フランスは米国に対抗し、新事務総長には「フランス語を話せる人物」との条件をつけ、米国が支持する候補に拒否権を行使した。
しかし、アフリカ地域から新事務総長を選出したいアフリカ諸国がアナン氏への一本化にこぎつけた。この結果、フランスも折れざるを得なくなった。
外交とは、平和と安定を生み出すために生産的な妥協にたどりつく過程である、といわれる。この意味では、新国連事務総長の選出もこの妥協の成果である。
アナン新事務総長は、国連官僚である。国連職員からは、初の国連事務総長の誕生になる。7代目にして、ようやく国連生え抜きの人物が選ばれた。
だが、気になる点がないわけではない。新事務総長は米国の大学で教育を受け、修士号を取得した。米留学・国連職員生活は、40年に及ぶ。それだけに「米国寄り」とみられるのは仕方がないだろう。
新事務総長の人物評は、前任のガリ氏とは対照的である。ガリ事務総長は政治家として、国連の独立性の維持に力を注いだ。アナン新事務総長は、国連官僚としてその「行政手腕」と「調整能力」で高い評価を受けてきた。
政治家のガリ事務総長が、米国としばしば対立したため、今回は政治力よりも「行政能力」のある事務総長を選んだことになる。それでも、国連が直面している問題が、変わったわけではない。
国連は、5万人以上にのぼる職員を抱え、その削減を中心とした行政改革が求められている。また、冷戦が終了し大国関係が相対化していく中で、平和の維持・創造から環境問題、難民・飢餓問題まで取り組まねばならない。
このため、ガリ事務総長は国連の独立性の確立を急いだ。これが、米国の反発を買った。国際紛争への国連の介入は、結局は加盟国の軍事力に頼らなければならない。国連の指導力を強めようとすれば、各国の利害と対立することになる。
このジレンマの中で、米議会を中心にガリ事務総長への反発が強まったわけだ。また、米国はソマリアでの失敗以来、国連中心外交を後退させた。
アナン新事務総長も、同じ問題に直面するのは避けられまい。国連は、米国の下部機関ではないからだ。また、国連が米国の政策を代弁する機関に成り下がっても困るのである。
ポスト冷戦時代に、国連は新しい独自の役割を期待されている。米国が興味を持たない小さな地域紛争の解決にも当たらなければならない。
新事務総長は、歴史の発展に適応するための国連改革を積極的に進めるべきである。同時に、ガリ事務総長が力を尽くした国連の独立性強化への取り組みも、放棄しないでもらいたい。
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