1996/04/03 毎日新聞朝刊
[記者の目]さよなら!国連安保理 「特権クラブ」はいらない
湾岸戦争直後から、国連本部で安全保障理事会を見つめてきた。それはちょうど冷戦が終わり、時代が大きく変動した時期に重なる。この間、常任理事国の指導者も国連事務総長も交代し、安保理はさまざまな分野に挑戦してきた。成功も失敗もあった。だが、今のままの安保理では、もはや存在理由を問われても仕方がないと思う。
国連憲章により安保理に課せられた最大の使命は、国際安全保障・平和の維持である。冷戦時代、この使命は全く遂行できなかった。常任理事国である米英仏と旧ソ連、中国が複雑に対立する中で、何もできなかった。ベルリンの壁の崩壊に象徴される東西イデオロギーの対立が終えんした時、「安保理がようやく本来の機能を発揮し始める」と、だれもが期待を抱いた。事実、湾岸戦争やカンボジア和平などに、安保理は積極的に動くことが可能だった。
◇自浄必要性、目覚めねば
ガリ国連事務総長が就任した直後の1992年初春。史上初の安保理サミット(理事国首脳会議)も開催され、新たな活動指針の模索も始まった。「安保理機能の強化」は、だれの目にも必要かつ緊急課題と映っていた。ガリ総長が「平和への課題」を提案した92年6月、私自身も安保理に過大な期待を感じたことは否定しない。この時期を「雲間に太陽がのぞいたような高揚期だった」と、後に小和田恒国連大使は指摘した。
しかし、その後のソマリア問題、旧ユーゴスラビア紛争、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の核開発疑惑、中東和平など、「国際安全保障にかかわる」諸問題について、結果的に安保理が無力だったり、蚊帳の外的存在だったりという現実に、期待感は急速に減少。本格的な安保理改革論議が始まったのである。
創立時から拒否権という特権を付与された5常任理事国が、国連組織の中で唯一の制裁権限を有する安保理決議の行方を握っていることが公平なのか。真の信頼性と実効性を維持し得るのか。新時代の国際情勢と整合性があるのか――今年3年目に突入した安保理改革作業部会は、かんかんがくがくの論議が続いている。
常任理事国を含む理事国総数の拡大について、加盟諸国は総論としては合意しているものの、それでは「どの程度増やすのか」「どの加盟国を常任理事国にするのか」「拒否権はどうするのか」などの具体論議は、遅々として進まない。「国際社会の総意だから改革には賛成しているが、具体案がまとめられないなら仕方ない。それが常任理事国の本音なのだ」(国連外交筋)という現実に、常任理事国も安閑として惰眠をむさぼっている。
その結果、安保理の信頼性は、坂道を転がるように失墜していると言わざるを得ない。旧ユーゴ紛争で採択した約200件の各種決議も、その多くは執行されなかった。卑近な例では、キューバ戦闘機による米民間機撃墜事件がある。大統領選挙戦最中の米国は、常任理事国の権限をフルに生かし、徹夜の論議でキューバ非難を安保理で論議し、安保理議長声明を採択した。だれ一人、この事件が第2のキューバ危機のような「国際安全保障上の脅威になる」とは見ていない。4年に1度の大統領選挙年という米内政事情に、安保理が利用されただけなのである。
中国による台湾海域へのミサイル発射実験はどうか。台湾海峡で戦闘がぼっ発すれば、アジア地域はもちろん、国際社会全体の安全保障にかかわる重大事だが、安保理は全く動かない。「台湾は中国の固有の領土」とする主張は、米英仏露の4常任理事国が承認している。「内政不干渉」の原則というが、中国が拒否権を持っている以上、2100万余もの人々の自決と安全保障にかかわる問題を、安保理は何一つ論議できない。チベット問題、チェチェン問題、核実験再開――どれも同じことだ。
◇加盟国の声、総会に刻め
国連憲章には、重大な人道侵犯や国際安全保障の脅威が存在した場合、安保理は加盟国の主権に踏み込んでも構わないとの規定がある。だが、その判断自体が安保理の権限である以上、現行のシステムでは、常任理事国のかかわる重大問題が検討されることはないのである。それゆえ、現状のままの安保理は「もはや信頼性も実効性も乏しい」というのが、日本などの主張である。日独の常任理事国入り問題はその延長線上の一つに過ぎず、改革論議の本筋ではない。
国連への苦言、提言が百出した創立50周年記念特別総会の喧噪(けんそう)が過ぎた今、国連活動の信頼性・公平性・実効性を、現状の安保理に期待するのは無駄だと思うようになった。常任理事国自身が「自浄の必要不可欠性」に目覚めない限り、安保理はこれからも特権クラブでしかない。制裁権限などはなくとも、あらゆる加盟国の声を反映し、歴史の記録にとどめる総会があれば、国連は十分ではないかとの思いを込め、「さよなら!安保理」と言いたい。
<ニューヨーク支局・田原護立>
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