2001/04/17 読売新聞朝刊
雅子さま「ご懐妊の兆候」 皇位継承、皇室報道に国民的議論すべき時
◆男系維持か女性天皇容認か 宮内庁、内部で対応検討
皇太子妃雅子さま(37)のご懐妊の兆候が発表された。ご結婚から八年。時にプライバシーにまで踏み込むような皇室報道や国民の期待が、ご夫妻の心の負担になってきたのも事実だ。皇位を男系男子が世襲するという制度と、秋篠宮さまから三十五年間、皇室に男子が誕生していないという現実も、その背景にはある。
(皇室取材班、関連記事39面)
宮内庁が昨年四月、ひそかにまとめた文書がある。「皇位継承制度問題について」と表題のついた五ページの文書で、女子皇族にも皇位継承を認めるべきではないか、との声に対する宮内庁の対応を検討したものだ。
この中で、同庁は、女性天皇容認の声の背景には、皇統維持論と男女平等論の二つの立場があると分析。皇統維持論に関しては、すぐに結論を出す状況ではないものの、将来的には、皇室典範の改正を視野に入れなければならない場合もあるとしている。
天皇の地位(皇位)は、憲法二条で「世襲」とされ、皇位継承者は「皇統に属する男系男子」と皇室典範が定めている。男性天皇の長男が代々皇位を継ぎ、男子の跡継ぎがいない場合は、天皇の弟、その長男へと引き継がれていく形だ。
現在、皇位継承者の男子皇族は七人。皇太子さまが継承順位第一位で、秋篠宮さま、常陸宮さま――と続いている。しかし、宮家のお子さまは今のところ女子ばかりで、ここ数年は、次の世代への後継に対する不安の声も聞かれるようになっていた。
実は宮内庁は、この問題について、これまでにも内部で何度も検討を重ね、選択肢を整理してきた。
それによると、〈1〉男系男子を続ける〈2〉女性天皇を認める〈3〉女系を認める――の三通りが考えられるという。
〈1〉の選択肢では、継承者が不在となった場合、終戦直後に皇族の地位を離れた十一の旧宮家の男系男子に皇位を継承させる案も示されている。〈2〉の女性天皇というのは、男性天皇の子の女子皇族が天皇となることだ。日本の歴史上十代八人いた女性天皇は、いずれも天皇の子や孫、ひ孫で、男系の男子天皇への「つなぎ役」だった。〈3〉の女系は、女性天皇が産んだ子が天皇になり、その系統が皇位を継承していくことだ。
政府や宮内庁は、憲法の「世襲」には、もともと「皇統に属する男系男子の継承が読み込まれている」との見解を繰り返してきた。しかし学者の通説は、皇室典範を改正すれば、女性天皇も可能とする意見だ。
宮家も同様の問題を抱えている。宮家には未成年のお子さまが計七人いるが、いずれも女子だ。
皇室典範により、養子を迎えることはできず、将来民間人と結婚すれば、皇籍を離れることになる。男系男子が途絶えると、後継者不在で宮家そのものが消滅してしまう。事実、昭和天皇の弟の秩父宮家は、九五年に妃殿下の勢津子さまが亡くなったことで、宮家自体が途絶えることになった。
雅子さまの今回の朗報は、天皇制の安定のために皇室制度のあり方を、国民全体で考えるべき時期に来ていることも示している。
◆欧州主要7国「女王」を容認 アジアではタイ王室も
王室を有する国は世界に約三十ある。大半が王位を世襲としているが、欧州のおもな七か国は、いずれも女王を認めている。スウェーデン、オランダ、ノルウェー、ベルギーは男女の別なく第一子が継承。
デンマークは一九五三年、男子がいない場合は女子も王位が継承できるよう憲法を改正し、マルグレーテ二世が女王に即位した。英国やスペインでは、早くから女王を認めつつも男子優先が原則だったが、英政府は九八年、完全な男女平等に改める方針を打ち出した。背景には、女性の権利を尊重しようという社会の流れがあった。アジアでは、タイの王室が、七四年の憲法改正で王女が王位につくことを認めている。
◆プライバシーとの調和が課題に
雅子さまのご懐妊を巡って、マスコミは報道とプライバシーとの調和をどう図るか、という課題と向き合ってきた。というのも、一昨年の「ご懐妊」の際の報道が、批判を浴びたからだ。
前回は、同年十二月十日の朝日新聞朝刊でまず報じられた。これを受けて、宮内庁は緊急の記者会見を行った。古川清・東宮大夫は「判断出来る段階にない」との態度を崩さなかったが、他のメディアも追随した。
三日後、雅子さまは宮内庁病院で超音波検査などを受けられた。その際、宮内庁は「プライバシーに触れるような過熱報道がなされたことは極めて遺憾」と異例のコメントを出した。
この時は、流産という不幸な結果となった。報道機関に「母体とプライバシーに対する配慮がない」「公人だからといって遠慮のない報道が、雅子さまを傷つけた」などの批判が集中した。
雅子さまはこの時の心境について、昨年暮れ、「早い段階から報道が過熱してしまったということに、戸惑いを覚えたことも事実でございます」と、率直な思いを記者会見で話された。
皇太子さまも昨年二月、「不確かな段階で報道がなされ、個人のプライバシーの領域であるはずのことが報道されたことは誠に遺憾」と述べられている。
皇太子さまは過去にも、同様の発言をされたことがある。何人もの女性が「お妃(きさき)候補」として週刊誌やワイドショーに次々と取り上げられた時だ。「報道の自由もわかりますが、プライバシーを侵害することがあってはならない」と話された。
こうした事態に、当時の藤森昭一・宮内庁長官が報道各社を回って「静かな環境を」と訴え、マスコミ側も報道を控えることを申し合わせた。藤森氏は「協定なしでは(ご結婚は)どうなっていたかわからない」と振り返る。
外国でも、九七年にパパラッチに追われたダイアナ元英皇太子妃が事故死した時、プライバシーの問題が大きな議論になった。
ジャーナリストの櫻井よしこさんは「皇太子妃は公人であると同時に一人の女性であり、できるだけそっと見守ることが大前提だが、皇位継承にかかわる国民の関心も高いことなので、報道されるのは仕方ない」という意見だ。その一方で「皇太子ご夫妻を不快にするような報道は礼節として避けるべきだ」とも語る。
これに対し、藤森氏は「皇族にもプライバシーはある。国民の関心の対象であることは承知しているが、何でも書かれてはたまらない。最後は報道の良識しかない」と話している。
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