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2000/06/06 読売新聞朝刊
[政界ウオッチング]象徴天皇と国の在り方
編集委員・水野雅之
◆総選挙の隠れた争点
 森首相の発言がまた物議を醸している。「国体」発言がそれだ。「神の国」発言に続く失言と、野党はかみついている。用語の問題はともかく、発言の真意を探ればおろそかにできない面も秘めている。
 「国体」は一般的には「国家の状態」をいい、広辞苑によれば「主権または統治権の所在により区別した国家体制」をさす。歴史的には、戦前、万世一系の天皇が統治権を一手に掌握した国家体制を意味し、主権在民が基本となった戦後になって否定された経緯がある。首相が、こうした歴史を承知しつつあえて口にしたとしたら、その軽率さには首をかしげざるを得ない。
 ただ、首相の本意は何も戦前の天皇を中心とした体制に戻そうということでもないだろう。むしろ言いたかったのは、民主党が与党の自公保三党に代わる政権を目指すなら、共産党と組めるのかという、その点にあったはずだ。
 そもそも共産党は、党の原則を定めた綱領で、自衛隊、日米安保体制、天皇制を否定している。いまは現実・柔軟路線を進めているが、どうも護憲の立場と綱領との関係がいまひとつわからない。
 その最たる問題が天皇制といっていい。共産党の志位書記局長は四日のフジテレビ番組で、当面は存続させる方針を強調しつつ、こうも語った。
 「ただ国民の合意が成熟する時がくるだろう。(中略)あの日本の象徴を負わせる体制から、もう一つ先に進めば、国民の合意が成熟したら、そういうところ(天皇制廃止)にいきましょうと」
 おやおやである。発言通り解釈すれば、象徴天皇制を支持する国民は未熟ということになる。やはり本音は天皇制廃止ということか。うがってみれば政権を取るためには、本音を隠そうというのが戦略かとすら疑いたくもなる。
 象徴天皇制が国民に定着しているのは明らかだ。昨年十一月実施の読売新聞の世論調査でも裏付けられている。「憲法は、天皇を日本国の象徴、日本国民の統合の象徴としています。こうした天皇制度は、あった方がよいと思いますか、なくなった方がよいと思いますか」との問いに、
 ▽あった方がよい 78%
 ▽なくなった方がよい 11・9%
 支持派は、前回の九四年調査から1ポイント減少しただけで、「なくなった方がよい」は前回と同じだった。支持派は年代が下がるにつれ支持の度合いも弱くなっているものの、最も弱い二十歳代でも「あった方がよい」が64%。総じて象徴天皇制への国民の支持は定着している。
 民主党が共産党と手を組まないとする理由も、共産党の考えへの不安をぬぐい切れないからだ。仮に民主党が自公保三党に代わる受け皿とならざるを得なくなったような場合、共産党との関係に悩ましい面は残りそうだが、現時点では政権共闘は避けたいというのが本音だろう。
 一方、森発言は図らずも天皇制に光を当て、自民党を中心とした「保守」、そして日本のありようを改めて問い直す契機にもなった。グローバリズムの時代といわれる二十一世紀は同時に、国家のアイデンティティーも問われる。「神の国」発言への批判に自民党の亀井政調会長が「受けて立つ」といえば、加藤紘一・元幹事長もこう強調する。
 「(神の国発言が)総選挙で論じられるのもいい。天皇家がなぜ千年を超えているのか、神道とは宗教なのか、日本人の文化なのか。日本人のアイデンティティーとは何か」
(五月二十八日、静岡県島田市での講演)
 「山川草木のすべてに神が宿るという日本古来の信仰心」(加藤氏)は、「保守」の核心でもある。天皇制、国家体制はどうあるべきか、それが今回の総選挙の、実は隠れた争点であるような気がしてならない。
 
 
 
 
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