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1996/08/20 読売新聞朝刊
[社説]丸山真男氏が遺したもの
 
 政治学者で日本政治思想史研究家の丸山真男・東大名誉教授が亡くなった。戦後日本の代表的知識人として、論壇にも大きな影響を与えた。
 「福沢惚れ(ぼれ)」を自認していた丸山氏は、福沢諭吉を終生の研究対象にしたが、その福沢と同じように、一筋縄ではいかない多面性をもっていた。丸山氏が遺した(のこした)軌跡をたどることは、そのまま戦後知識人の功罪を問うことにもなるだろう。
 論壇へのデビュー作となった「超国家主義の論理と心理」はじめ一連の天皇制国家分析は、戦前日本の指導者や日本人の行動様式を鋭くえぐるものだった。
 「日本を破滅的な戦争に駆り立てた内的な要因は何だったのか」。これが丸山氏の問題意識であり、その分析は「脳外科医の手術に似ている」と評された。
 そこで浮かび上がったのは、政治的な意思決定への責任意識が極めて希薄な軍人や政治家の存在であり、天皇制国家それ自体が「無責任の体系」に支えられていたこと、そして日本人における「主体性意識の欠如」だった。
 これに対しては「一面的な見方」との批判があることも確かだ。しかし、近年の重要政治課題に対する政治家や官僚の対応ひとつ見ても、戦前とは違う形とはいえ、今なお「無責任の体系」が支配していると言わざるを得ないだろう。
 一連の論文が発表されてからすでに半世紀が経過したが、丸山氏が指摘した構造的病弊は克服できていないのである。
 丸山氏の特徴の一つとして、政治と人間に対する複眼的アプローチが挙げられる。福沢論などその代表だ。
 「福沢は民権論者なのか国権論者なのか」などという問題の立て方ではなく、時には矛盾する福沢の主張の根底にある考え方の基本的枠組みを見つけようとした。
 『「文明論之概略」を読む』をはじめとする丸山氏の福沢論を読んで、福沢の魅力を再発見した読者も少なくないだろう。
 その一方で、「進歩的文化人」や「近代主義者」といわれる人たちに共通な、西欧近代をモデルに日本の政治や社会を分析し、その「前近代性」を断罪する方法の限界を指摘する声も多い。
 六〇年安保のあと、高度成長期に入って丸山氏をはじめとする「進歩的文化人」が次第に論壇で影響力を失っていったことはこのことと無縁ではない。
 戦後五十年を経てなお過去の戦争責任が論議されているが、丸山氏の著作を含めて戦前、戦後の歴史をトータルに論じ直していく作業がぜひとも必要だろう。
 「大日本帝国の『実在』よりも戦後民主主義の『虚妄』に賭ける(かける)」と言い切った丸山氏は、政治における理想の重要性を説いた。一方で「透徹した現実主義者」「高度のプラグマティスト」とも評された。
 しかし、サンフランシスコ講和条約締結の際、丸山氏らが多数講和ではなく、全面講和を主張したことは果たして現実的で正しかったのか。改めて問い直すことも日本の戦後を考えるうえで重要だろう。
 
 
 
 
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