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1992/08/11 読売新聞朝刊
[社説]友好親善を深める天皇訪中
 
 宮沢首相が天皇訪中の今秋実現を決断し、自民党側も了承した。十月の天皇訪中が事実上決まったと言ってよいだろう。
 天皇訪中については、自民党内などに反対論があり、決定が延ばされてきた。
 今年は日中国交正常化二十周年にあたり、私たちも基本的に天皇の年内訪中に賛成の立場をとってきたが、日本国民統合の象徴である天皇の外国公式訪問は内外で歓迎されるものでなければならない、との観点から、環境作りを政府に求めてきた。
 自民党側の了承で、その環境がととのってきたと考える。野党も、基本的に天皇制に反対の共産党を除き、支持している。
 中国は「難題を持ち出さず、熱烈に歓迎する」と天皇の訪中を招請している。
 日本国内には、なお一部に反対論が残っているが、政府は引き続き、理解を求める努力をするとともに、天皇訪中の準備に万全を期してもらいたい。
 日中間にはさまざまな摩擦があるし、地政学的にも敏感な関係にある。開放化が進んでいるとはいえ、中国は社会主義・一党独裁体制をとり、過去に天安門事件のようなあってはならない事件も起こした。
 だからといって、既に関係を修復した中国へのご訪問に反対する理由にならない。中国抜きに世界の平和は考えられない。
 天皇訪中反対論の根拠は〈1〉天皇を外交に巻き込む〈2〉中国の権力争いに利用される〈3〉人権問題がある中国へのご訪問は国際社会から批判される〈4〉過去への「謝罪」問題や補償要求が浮上する〈5〉中国が領海法に尖閣諸島領有を明記した〈6〉国連平和維持活動への自衛隊参加をけん制しているなどだ。
 もちろん、天皇の政治的利用は憲法上も許されない。政治的権能のない象徴天皇の外国公式訪問は、国事行為に準じる公的行為として内閣の責任で行うべきものだが、国家間の“儀礼”と思ってよい。
 訪中も個々の政治問題を超越した友好親善訪問とすべきだ。結果として、日中の国民感情に一つの区切りがつき、アジアの安定につながるのは、望ましいことでこそあれ、政治利用ではない。招請に応じないことで日中関係を後退させてはなるまい。
 言うまでもなく、天皇訪中が中国の人権問題を是認すると誤解されるようであってはならない。内外から誤解されないよう、政府がきちんと対処する必要がある。
 訪中での「お言葉」については、わが国は日中共同声明で「中国国民に重大な損害を与えた」責任を反省していることだし、国民感情を踏まえたお気持ちと平和な世界への願望を表明されるのが自然だ。天皇の政治利用とは別問題だ。先に来日の江沢民総書記も「中国としては前のことを忘れて未来を見ることが重要だ」としている。
 中国の権力闘争にかかわるとの懸念は、中国情勢の読み誤りだとしか思えない。反対論があげる他の問題は、政府が対応すべきで、天皇にからめることではない。
 中国側も天皇訪中を巡る日本側の事情は理解したはずだ。
 天皇のお気持ちに負担をかけない形で、天皇訪中を実現させたい。
 
 
 
 
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