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講演会
〜不思議なレストランからこんにちは〜講師 松浦 幸子さん
〈不思議なレストラン 心の居場所〉
 皆さんこんにちは。松浦幸子と申します。金沢は私にとっても懐かしい町で、しかも今日は懐かしい皆さんに久しぶりに会えたりして、本当に嬉しいなと思っております。今日の講演が待ちきれなくて、私たちの東京のクッキングハウスにもう既にいらっしゃった方もおりまして、またそんな皆さんともここでお会いできて嬉しいなと思ってるんです。
 今日はカモミールの皆さんと紅茶の時間の皆さんでこんな素敵な会場を作ってくださって、私がいままで全国各地に行きました講演会の中では一番素晴らしい優しい雰囲気の会場になったな、と思っております。この字もなかなか素敵ですよね。少し緊張を抜いてリラックスして話ができるかなと。皆さんもここでね、今日初めて出会うわけなんですがちょっとホッとできたり、或いはちょっと元気がない方たちも元気をだして帰れたらなと思っています。
 私は東京でクッキングハウスと言う場所をやっているんですが、今年で十六年目に入るところです。
 どんなことをやっておりますかというと、私自身は精神科のソーシャルワーカーという仕事なんですが、最近では国家資格ができましてちょっと難しい名前で「精神保健福祉士」という名前がついているんですけども、ソーシャルワーカーって言った方が馴染みやすいと思います。
 人生の途中で心の病気になってしまったり、あるいは心がとっても疲れてしまった方たちがまた元気を取り戻したり、或いは病気になったり障害を持ってしまった自分の事を受け止めてそして自分なりの生き方を探していくことを一緒に付き合ったり、応援したり一緒に泣いたり喜んだりするのが私の仕事です。ですから私がやっている場所というのも「クッキングハウス」と言いますけれども、そこは心の病気をしたり或いは障害を持った人たちが交流し合いながら、町の中で一緒に元気に生きて行けたらいいなと言う場所を作っているんです。
 ですから最初はちょっとどんな場所なんだろうと思っていらっしゃった方がびっくりする所なんですけど、クッキングハウスと言う名前よりは不思議なレストランと言う名前で知られてる所なんですね。その不思議さを三つくらいお話します。
 まず一つは皆さんがお店にいらっしゃると私達は玄米食のレストランになっているんですね。しかも、店員さんも厨房で働いている人たちも皆心の病気をした人たちです。そこに、ボランティアの方とそれから私たちスタッフが一緒に働きながらやっているんですけども、お店に入った時にたくさんの店員さんがいるような感じがします。
 そしていらっしゃいませって言われるんだけども、入ってみると寝てる人もいるしお喋りしている人もいるし「松浦さん今辛いよ」と叫んでる人もいるし、それから「今度旅行いついくの?」とか旅行の催促している人もいるし「今度七月になるとボーナスが出るよね」とか「ボーナス本当にでる」とかっていまから話をしている人もいるしという大変不思議な、こんなにたくさんの店員がいてあんまり働いているように見えなくて給料払っていけるのかなぁとかっていう感じがするところなんですね。
 それが何故かっていうと、私達の場所は人生の途中で心の病気をしてしまって、自分の人生が途中で病気をしたものですから非常に不安になってしまったり、或いはすごい大きな挫折感を感じてしまったりしてこんな自分で良いんだろうかって事をすごく緊張してそして不安に思っている人達がたくさんな訳ですから、いつ来てもいいしどんな風に過してもいいしそれからいつ帰ってもいいしと言う場所なんですね。
 ですから店員さんのように見えるけどもでも居場所だと思って自分の為に自分が少しでも楽になる為に来ている人達が多い訳ですから大変たくさん人がいて、そしてお店がはやってなくてもなにか賑やかでそして自分が話したいことを話すことができる。そんな場所がとても不思議な所だと私は思うんですね。
 ですから今では「クッキングハウスです」と言っても『あ不思議なレストランですね』って言うことで通ることが多くて、電話も宅急便も『不思議なレストラン』で届いてしまったりする所になっています。
 それから新宿から京王線っていう電車に乗って調布駅で降りた方が『不思議なレストランはどこですか』って聞いて、交番で聞いてちゃんと教えてもらえるような場所になっているんですけども。
 二つ目の不思議さなんですけども私はよく「カウンセリング付きレストラン」って呼んでるんですけども、私達は一見皆幸せそうに見えてもやっぱりそれぞれの人生にそれぞれの大変な事がある訳なんですよね。
 やっと短大を出て自分の娘がそこそこ良いところに就職したな、と思っていたら職場の同僚の人達から自分が苛められているような或いは無視されているような気持ちになってしまって仕事に行けなくなってしまった娘がいて、その娘の姿を見ているお母さんとしてはどうして良いか分からなくって、でもお父さんは世間体があったりするからそんなに休んでないで会社に行かなければ駄目だとかって言いますよね。
 そうするとお母さんとしては呆然(ぼうぜん)としている会社に行けない娘と、それからどうして会社に行かないのと周りから言われる世間体の間に立って、板ばさみでどうしょうもなくなってお母さんの方が苦しくなってしまって、でもそんな時に誰かに聞いて欲しいと思う訳ですよね。もう自分の感情の枠が一杯になってしまってそれが溢れている訳ですね。
 そんな時に私達の場所を知ってね、そしてあそこに行ってみようという事でいらっしゃるんですね。
 そして私達の場所でご飯を食べて少しこうゆっくりしているうちに“ほっと”して自分の話が一杯出てきて自分の話を一杯聞いてもらっているうちに楽になって、そして接待している人たちが皆心の病気をしてそんな体験をしていますから理屈抜きに分かるから誰かが「どうぞ」とお絞り(おしぼり)を持っていってあげたり、「ゆっくりしていって下さいね」と言ってお茶を出してくれたりするわけですね。
 そんな中で『自分の心の中の溢れた思いを語る事ができる』というのが私自身がこれはまさに「カウンセリング付レストランだよね」って言っているんですけれども。
 全国にたくさんのお店はあるけれども自分の思いを語れるような場所ってもしかしたらあんまりないかもしれませんね。
 でも今この金沢でカモンミールの皆さんがそれを実践し始めたということで大変私も嬉しく思っているんですけれどね。カモンミールの皆さん達も「いらっしゃい」と「カモン」ですね。それから「ミール」と言う「ね、いっしょにご飯を食べようよ。そして自分の中にあるいろんな思いを語り合おうよ」と言う場所を開いたということで私達の仲間ができたなぁという、なんか私たちと同じ「カウンセリング付レストラン」に似たような場所ができたなぁと思って大変嬉しく思っているんですけれども、そんな「カウンセリング付レストラン」という場所をやっていると言うのが、不思議なレストラン。不思議さの二つ目なんですけれども。
 あともう一つなんですね。私はこれを皆さんにすごく伝えたいと思うのですが心の病気をするという事は特別な人の特別な事ではないんですね。私達の人生の途中で誰にでもおこることなんです。
 本当にいろんな事がある訳ですからその時自分は頑張って頑張って一生懸命やったけれどこれ以上どうにもできないなというふうに思うことってある訳でね。
 例えば仕事の事、例えば結婚して夫や子供との事、色々ありますよね。そんな時に私達にやっぱり自分の「本音を聞いてくれる場所」ってどうしても必要な訳で、私は「そういう病気をした人も」あるいは「心が疲れた人も」あるいは「そうではない人も」一緒にお互いの違いを共有しあいながら一緒に過せる場所ってやっぱり必要だと思うんですね。
 特にこれからの時代はとっても必要になると思うのですけれども、そんな場所を「玄米食のレストランという食事を一緒にしましょうという事を媒体にしながら」やっているという場所なんですね。
 「何故食事がいいか」と思いましたかと言うとですね、それはちょっとまた私自身のこんな仕事を始めるようになった歴史にちょっとさかのぼってしまうのですけれどもそこをちょっと話しをしたいと思います。
 私が精神科のソーシャルワーカーになったのはかれこれ二十年前なんですけれども、その当時日本では心の病気になってしまって病院に入院していますという方達が、三十五万の人が入院していたのですね。
 皆さんこの数字を見てとっても驚かれると思うのですけどもその頃日本は一生懸命皆が生産性を上げようとして、あるいは物を一杯もとうとして皆頑張ってた。
 そういう高度経済成長の為に頑張っていた時代だったと思うのですけれど、その頃日本ではたくさんの人たちがその早い流れについていけないという事でそして忘れられた存在のようになってしまって病院に入院している人達がすごく多かったんですね。
 私はその時にちょうど長く病院に入院している人たちに出会ったんですね。本当に自分で自由に外出することも出来なくなって自分の人生をあきらめた形の人がたくさんいました。
 私は「十八歳から三八歳まで二十年間入院していました」長期入院の方と出会ってそして一人ひとりと私は付き合いながら退院して「一緒に街で暮らそうね」ということをやり始めたのですね。
 その頃はまだ街の中にはなんにも居場所がなくて、本当に私は病院で入院している人と外泊の約束をして東京で待ち合わせをして、そして私の家にホームスティをしてもらいながら東京の街の中をほっつき歩くんですね。
 何をしたらいいか分からなくてどうしようと思ったんですが、一つ思ったのが「病院よりも地域の中であるいは街の中で暮らす方が楽しいよ」という感動を伝えたいな、ということを思いましてとにかく街の中を一生懸命歩き回るんですけれど、なかなかそういう事ではすぐに感動する事とか戻ってこない訳で。
 じゃどうしようかというふうに思いまして、「やっぱり長い人生をその人のペースでゆっくりと付き合っていけるような場所を作るのが一番だな」というふうに思いましてね。
 じゃあ「そんな場所が出来るのだろうか」と思ったのですけど、でも「思った人が思った形で自分の足元で作っていくしかないな」というふうに思いましてね。そして一番最初はたった十二畳のワンルームマンションを借りまして、そこで「一緒に食事を作って食べましょう」という場所を開いたのですね。
 その辺りはすごくカモミールの皆さんと似ていますね。皆さん最初はやっぱりそんな小さな自分に出来る所からやり始めるというスタイルなんですよね。そしてそこで何をしようかと思ったんですけどね、やっぱり私が一番最初にやりたいと思ったのは一緒に食事を作る事だったのですね。
 というのは長いこと入院している人たちというのは、三度の食事というのは病院ででますから、本当に給食としてご飯を食べて美味しいとか不味い(まずい)とかあんまりなくて食べてもういらなくなっちゃったらバケツに捨ててというような食べ方をしていましたから、「美味しいね」と一緒に食事を食べたいなということと、一緒に食事を食べるということは気持ちのいいコミュニケーション出来ることですからね。
 一緒に食事を食べる事で、何かとにかく障害を持った人も持たない人も一緒に交流できたらいいなって言うふうに思ったんですね。
 それとせっかく退院しても一人のアパートで一人でご飯を食べているとまた孤独になってしまって、テレビから自分の悪口を言っているような声が聞こえてきてしまってね。あんまり寂しくなってまた再発して入院してしまうと言うことがとても多かったんですね。
 ですから食事を一緒にするって再発を防ぐ事になるかもしれないという願いがありまして、じゃ一緒に食事を作ろうということを始めたんですが。
 もう一つの理由はもしかしたら食事を一緒に食べると言うことだったら市民の方たちに分かってもらえるかなと思ったんですね。「一緒に食事をするから付き合ってください」とか「一緒に食事を作りたいから少し協力してくださいますか?」とかって言う時に言いやすいかなという思いもありましてね。そんな食事を一緒に食べましょうという場所を最初開いたんですね。
 私もそんな小さな場所を開いてびっくりしたんですけれども、私は精神科のワーカーでしたから病院のデイケアとか保健所のワーカーとして行くんですね。そこではだいたい皆同じ柱の影あたりに眉間に皺(しわ)よせて硬い表情で座っている人が私が開いた小さなクッキングハウスの所に来る時はすごくいい顔してにこにこしてやってくるんですね。口紅つけてバックを持ってね。
 その小さな部屋のドアを開ける時にニコッっと笑うんですね。もうそれは一〇〇万ドルの笑顔でね。すごく私はびっくりしたんですね。
 それでね、私はびっくりすると同時に発見をしたんです。もしかしたら病院にいる時は病気であるという演技をしているのかもしれないと思ったんですね。
 何故かと言うと「病気であるという弱い部分を治療しましょう」あるいは「治しましょう」と言うことでその人の欠点というか、その部分しか見てもらえないんですよね。
 ところが私達がやっているクッキングハウスというのは、そうではなくてその人が人間らしく生きて行きたい、あるいは、その人が持っている健康な部分というのを一生懸命見つけようとする場所なんですね。
 そのことを病気になった当事者も直感的に分かるわけです。ですから小さな場所なんだけれどもクッキングハウスに行く時は「私はどんな風に自分の良さを見付けて貰えるんだろう」という思いで皆さんすごく輝いてくるということが分かったんですね。
 それが分かってから私は小さな居場所でその人の良い所を見つけようという姿勢で接するようになったんです。
 
 
≪講演を聞かれていかがでしたか?≫
〜今まで抱いていた「心の病」のイメージや考え方が変わりましたか?〜
 
■うまく言えませんが涙でるくらい感動しました。特に2つの歌、はじめて今日クッキングハウスのことを知りましたが心の中までしみわたりました。実家は離れていますが、夫の兄が以前「心の病」を持っていたことをなんとなく聞いていました。でも私が出会った時は仕事もし、社会的に普通に思えたので、どうしても結婚しない等、理解できない甘えていると思っていました。でも、今日のお話で思い当ることばかり。すごい知らないことの怖さを感じました。私なりに今日聞いたことを受け止めて行動に少しでも出来ていけたらと思います。書ききれないくらい今心の中が一杯です。本当に有難うございました。
■イメージは変わりませんが少し身近に感じるようになりました。
■お話の通りだと思っていましたがやや実感に近くなったでしょうか。当事者の話で「つらい」って、どんなことか少しわかったような気がします。まだまだ若いのかも知れませんが。
■一緒に楽しむことを実践したいと思いました。ありがとうございました。
■当事者のために動いてくれる人が、たくさんいることを知って、来て良かったと思いました。自分の病気を認めて治していこうと思いました。
■心の病というのは「うつ」と言われている病気?のことなのでしょうか。基本的な知識もないままきましたので。
■家族に当事者がいるので心の病についてはある程度理解はある。考え方は講演後に少し楽になれました。
■我々のことを一生懸命になって下さるんだなぁと勇気をもらったかんじで頑張ろうという気になった。
■誰でも心の病になりえるので特別視してはいけないと思う。周りにそういう人がいたら、サポートしたい。
■前沢さん、本人のメッセージはとてもうれしかった。
■とても優しい言葉に思いやりのある話し方で、自分の日頃の接し方など考えさせられました。
■自分の会社の話など具体的でわかりやすかったです。
■特に心の病気の辛さを5項目に分けて説明されたのが自分が今まで思ってたこととが明確になってよかった。
■思っていたより難しい病気だなぁと思いました。
■具体的な話でよくわかりました。世間一般の人々がこうした集いに関心をもって偏見をなくせたらと思います。
■病院PSWです。松浦さんのお話にありましたように、その人を患者さんとして見ることはあってもなかなか「市民ひとりの人」としてみることを日々の業務の中で忘れかけてしまいそうになります。
 お話を伺って、改めて対等な人間同士という視点の大切さを痛感しました。「病」だけではなく、その人の良い所、長所を見つめていくことの大切さを再確認しました。
■夫との関係がしっくりいっていない時(私の一方的な事かもしれません)夫が病気になり入院の看病と私の体調不良が重なり、パニック状態の時にこの講演を知り、お話を聞くことができ、すこし自分の思いを考えただそうと思う気持ちになりました。
■三月まで某精神科病院に勤務していたのでその通りのことを理解した。
■「心の病」の辛さは共感出来ました。「良い点を見つけてやると人間が変わる」ということに感銘しました。
■誰もが認めるやさしい笑顔、ずっと???その優しいまなざしで話される内容にひとつひとつ納得しました。
■健常者の方が病んでいるじゃありませんか。
■お歌に感動しました。精神科DCに勤務する者として興味深く拝聴しました。
■今までにない安心しておれた場所でした。わかりやすくて、うれしい思いになりました。ありがとうございました
■少し変わりました。
■変わりました。心の病は友だちなどか助け合っていけばいいと思った。
■いろいろな事を知ることができました。
■自分ではわかっていたつもりでしたが、今日のお話で改めて理解できたように思います。
■いつ自分が心の病にかかってしまう可能性があるのかがわかりました。
■とてもやさしい話でした。
■わかっていても理解できない5つのかかわり方を知り改めて接し方を学びました。
■すごく良かったです。都会には冷たい印象がありますが、このような素晴らしい活動をされ、都会のオアシスになっていらっしゃるんですネ。いつか私もおじゃまさせて下さいネ。
■はい。学校とかに行けなくても、明るく精一杯生きればいいと思った。
■特別に大きく変わったという事ではないですが、同じ病の人が沢山いるんだなと実感しました。
■心の病のお話をわかりやすく説明されたので、考え方を変えました。
■もともとバカにしたりはしていませんでしたが、松浦さんのように笑顔で接することができるってすごいなと思いました。
■今年の4月から作業所につとめてメンバーの対応ができなく弱っており、今月の講演で対応の仕方をつかむことができました。
■「心の病」は決して特別な病気ではない事、そして外見からは何らわからない事、そのために起きてる苦しみや体験、それを真貴子さんのお話から感じました。松浦さん、真貴子さんたちにエールを送りたいです。私も持っているかもしれない「心の病」自分の中にある偏見と戦いたいです。
■はい、今まで人の立場にたって(実際自分がその当事者としてなって見て)客観的に口先だけで偏見の目で見ていました。子供が病気になって、親子も本当に苦しみ、悩み、葛藤の日々でした。でも今は昔よりはいい親子関係ができ、家の中の和がえられました。子供の病気をとおして、私は自分の思い、考え方の気づき等、プラス思考で明るく毎日を過すことの大切さ、コツコツと努力していきたいです。
■自分と同じ考え方だったのでほっとしました。ボランティアで関わってて、施設、指導者の対応に?でした。少し自信を持って当事者に関わっていけそうです。ありがとうございました。
■偏見はないつもりですが、私のできることがあるのかなと感じました。
■精神障害者の方の扱い方を素晴らしいお話で語られよく理解できた。
■とても参考になりました。
■いろいろとお話を聞かせていただき、書きまとめました。家に帰ってさっそく娘との対話に気をつけてもっと心くばりをしなければと思わせて頂きました。
■仕事で遅れてきました。ほんの少ししか聞けませんでした。残念です。
■ちょっぴり
■心に病をもつ人とのかかわり方などについて、わかりやすい言葉でていねいに話していただいてよかったです。前沢さんのお話もとても気持ちが伝わってくるいいお話でした。
■居場所があることは最も大事なことだと思います。このような場が?そばに出来てくれればいいですね。(通うのが大変では続きませんから)
■家族会に参加しても暗い話が多く、このまま親も子も希望もなく生活にいかなければいけないのかとあきらめに似た気持ちでいましたが、この様な場所があったんだ。皆さん前向きにあたたかく見守ってくださって、すごいなぁ。わたしも明るく考えなければと思うことができました。前沢さんマイペースでがんばれ!
■現在自分の「心の病」に対する考え方と照合させてもらって、ホッとしております。
■あまり変わっていない。
■今まで縁のなかった言葉なので、少し患者の立場がわかったような気がする。
■私は作業所の職員をしています。同じ気持ちでいたので「これでいいんだ」という思いをさらにつよく感じています。
■看護婦をしています。立場上患者を力づけたり話を聞いて対応している身なのですが、自分自身が辛いことがあるとそれがうまく出来ない、それがストレスになったこと、なることがあります。家庭では母親として、子供のこと、夫のこと、うまく対応できないことがあります。そうすると自分が思春期のつらかったこととか思い出されます。自分自身を否定する自分では、今、更年期という年に子供もそろそろ自立する年頃になり居場所がないと感じるのは私だけなのでしょうか。こういったことが「心の病」といえるのでしょうか。薬とか入院しないけれど、今誰かに向かって助けて欲しいと思っていたことが私ひとりではないこと、又そのような人と話をしたいと思いました。
■また松浦さんの優しさに会えてうれしいときでした。特別支援学級の子どもらの先が明るく見えた。昨年12月の出会いから半年。持ち上がりたかった子らと別れて新しい子の担任になったことがさらに居場所の必要なことがはっきりしました。







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