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(7)国後島・択捉島の海底環境
 
夏季の南千島沿岸に出現する稚魚の分類学的研究・・・宗原弘幸
 
 目的:北方浅海域(水深30m以浅)は、まだ調査が行われたことがなく、その海底環境と魚類相については不明である。そこで、今調査では北太平洋沿岸域で最も種的繁栄を誇るカジカ上科魚類を中心に、スキューバ潜水などにより、海底環境を目視するとともに稚魚の分布調査を行った。また、本上科魚類の稚魚の分布と形態に関する情報がほとんどないため、採集した標本は出来る限り生かして北海道大学臼尻水産実験所に持ち帰り、飼育後成長させてから種査定した。さらに、夜間に船上から集魚灯による稚魚採集およびカゴを使った成魚の標本採集も行った。
 
調査地点:
1. 潜水調査
 国後島において、泊湾、荒島、白糠湾、アトイヤ岬、西ビロク湖、イカノバチ岬など島全体の各所、計11地点で潜水調査を行った。択捉島では、南部のみであるが、太平洋側で2地点、オホーツク海側7地点で潜水調査を行った。
2. 集魚灯での標本採集
 国後島では、太平洋側の古釜布沖、択捉島では、オホーツク海側の内保湾と太平洋側の六甲の計3地点で行った。完全に日が暮れてから、船上のデッキに集魚灯を点灯し、近くに蝟集した魚類をタモ網ですくい取った。
3. カゴによる成魚の採集
 国後島南部の泊湾、太平洋側の温根別と白糠湾、オホーツク側のイカノバチ崎、択捉島では、太平洋側のウルマンベツ、オホーツク海側のウタスツ湾、合計6地点で実施した。方法は、通称アイナメカゴ2個とそれより小型のカニマンション3個を連結させて、餌としてサンマまたはソウハチを入れ海底(水深17m以浅)に沈め、2〜6時間後に船上に引き揚げた。
 
調査結果:
1. 海底環境と魚類相概要
 国後島−海藻(草)相および魚類相、濃度が各地点で異なっていたが、大きくは南部、太平洋側、オホーツク側に3分された。すなわち、南部の泊湾はアマモ群落が繁茂し、幼稚魚の生育場となっていた。また、そこで出現する魚類は、エゾアイナメ、ギスカジカ、イソバテング、ニジカジカなど道東と共通する種で占められていた。2001年に新種記載されたヤセカジカが1個体採集され、北海道以外で初めて確認されたことは特筆される。魚類以外では、カゴに昼間のわずか1時間半の間にホッカイエビが38個体採集され、かなりいい状態でエビ資源が保存されていることが窺えた。
 太平洋側は、アイヌワカメなど大型褐藻類で海底は覆われ、いわゆる海中林が形成され、大型のウサギアイナメ、クロガシラガレイが高密度で生息していた。上記の3区分の中では最も生物現存量は多い。オホーツク海側の海底は、ウガノモクなど大型のホンダワラ類が散在するが、小型の海藻類が占有し、小型のスジアイナメやコマイが観察された。
 択捉島−国後島同様に太平洋側とオホーツク海側で相違もあったが、それ以上に国後島との相違が際立っていた。相違点のひとつは、稚魚の種類と稚魚全体の個体数密度である。クロカジカ属の稚魚が潮下帯の表面にリットル当り1個体の高密度で分布していた。この稚魚の群には、新種の可能性が高いクロカジカ属少なくとも2種が含まれている。また、有節サンゴ藻、シオグサなど丈の短い海藻群落にも、クロカジカ属およびコオリダルマカジカ属の未記載種を含む多数のカジカ科稚魚が観察された。稚魚の詳細は後述する。
 オホーツク側からはウタスツ湾でカゴに体長107cmと95cmのオオカミウオの雌2個体が採集された。サイズにおいては、おそらく日本最大個体記録に近いものと思われる。いずれの個体の体色は明るい赤褐色で、黒褐色系の日本産の同種とは異なっていた。
 
稚魚リスト−国後、択捉の両島から潜水および潮間帯で採集した稚魚のリストを文末の付表に示した。209個体のうち、201個体がカジカ上科魚類で、10属15種タイプと属種が定まらないに2種に分類された。標本が稚魚であるため正確な種査定が困難な標本もあったが、ダルマコオリカジカ属1種、クロカジカ属2ないし3種は、新種の可能性が高い。そのほか2001年に新種記載されたヤセカジカが北限記録の更新として国後島泊湾で採集され、クロカジカ属カンムリフサカジカが模式標本の採集地である道東の昆布森以外から初めて見つかった。以下に、特筆すべき標本の説明を記載する。
 
 ダルマコオリカジカ属は、側線と背鰭基部に沿って2列の鱗列があることが大きな特徴で、近年、羅臼で1種、羅臼、臼尻、宮城県女川で1種、それぞれ未記載種が見つかっている。今調査では、国後島と択捉島萌消湾で採集され、萌消湾でみつかった標本は、頭部の鱗の分布状態が上記2種と異なることから、未記載種の可能性が高い(図1)。
 
 クロカジカ属は、カンムリフサカジカの他にも、3タイプに分類される稚魚が採集された。クロカジカ属は、鱗がないこと、前鰓蓋骨最上棘が上方に湾曲していること、第1背鰭の上部の皮膚が伸長し皮弁となっていることなどが特徴である。カンムリフサカジカは眼上皮弁の中央後方にカンムリ状の皮弁があることで他種と区別される。今回、国後島荒島で採集した体長25mmの標本で、このカンムリが認められた(図2)。また、同地で採集されたカンムリが未発達であった体長15〜23mmの17個体も、その他の特徴からカンムリフサカジカ稚魚と同定された。
 それ以外のクロカジカ属3タイプの標本は、後頭部の骨隆起、背鰭皮弁の形状、体の斑紋などの違いから区別された(図3)。ただし、各鰭棘条数は、いずれも類似しており、鞍状黒色斑紋の縁取りの有無の違いだけで区別したタイプ1とタイプ3は、同種の可能性もある。タイプ1は体長14mm〜現在飼育中の体長80mm超の稚魚から成魚までの8個体、そのほか択捉島萌消湾で採集した体長13mm以下の浮遊稚魚にも多数含まれている可能性がある。これらはいずれDNA分析により査定される。
 
 ダルマコオリカジカ属およびクロカジカ属は、いずれも寒冷沿岸域に分布する小型のカジカ類である。岩の隙間や岩の下などをすみかとしているため人に気づかれにくく、今回採集されたように冷水域でも普及してきたスキューバ潜水中に発見されることが多い。また、今回、稚魚の継続飼育によって査定ができた標本も多くあり、今度も北方領土での潜水、採集後の飼育調査を継続することで、カジカ上科だけでなく、多くの沿岸魚の基礎生態学的知見の収集が期待できる。
 
図1. ダルマコオリカジカ属の1種(Icelus sp.)
 
 
図2. カンムリフサカジカ
(Porocottus coronatus)。
下図は発達中のカンムリ状皮弁
 
 
 
 
図3. クロカジカ属3タイプ
(Potocottus sp.3 types)。
上からタイプ1、タイプ2およびタイプ3.
 
 今回初めて北方四島の調査に参加して、北方四島は北海道と比して、高密度で海産生物が生息していることに驚いたその理由のひとつとして考えられることは、浅海域に対する政策の日本とロシアの相違にあろう。浅海生物の生息地である海岸線は現在日本では環境省ではなく国交省の管轄におかれており、国土の保全と開発の対象とみなされている。こうした省行政制度を改めるとともに、日本とロシアの研究者が協力して、国後島および択捉島の高い生物現存量が保持されている機構を解明し、北方四島の自然を保全し、それらの知見を北海道の自然環境の復元に役立てなければならないことを痛感した。







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