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海上調査
(1)国後島・択捉島の鯨類調査報告
笹森琴絵・吉野元
 
目的:
 1999年までは「世界唯一の空白海域」と呼ばれていた北方四島周辺海域に出現する鯨類を観察し、種の同定と分布状況を把握することを目的とした。
方法:
 離岸1〜10海里の範囲にジグザグの調査コースを予めデザインし、10.5ノットで航行するライントランセクト方法を採用、調査船ロサ・ルゴサ(478t)のアッパーブリッジから全ての鯨類を対象に目視調査を行った。発見した鯨類に対しては、鯨種、群れを構成する個体数、構成内容、行動などのデータ、さらに発見位置、船からの角度や距離、水温、深度などに関するデータの記録も行った。
結果:
【国後島】
観察した種:
ハクジラ亜目ネズミイルカ科ネズミイルカ(Phocoena phocoena
ハクジラ亜目ネズミイルカ科イシイルカ(Phocoenoides dalli
ハクジラ亜目マイルカ科カマイルカ(Lagenorhynchus obliquidens
ハクジラ亜目マッコウクジラ科マッコウクジラ(Physeter macrocephalus
ヒゲクジラ亜目ナガスクジラ科ミンククジラ(Balaenoptera acutorostrata
・西部では、ケラムイ岬周辺を境に、北(オホーツク海)側でイシイルカ型イシイルカ、南(太平洋)側でカマイルカが多く観察された。2000年7月に行われた調査での観察結果も同様であったことから、国後島西部では、南岸と北岸とで両種の棲み分けが明瞭に行われていると考えられる。
・中部から東部にかけての太平洋側、特に乳呑路から国後水道にかけて、ミンククジフとイシイルカ、ネズミイルカが高頻度で観察された。ミンククジラは、通常は比較的沖合に分布する種であるが、この海域では岸寄りに高密度で分布し、盛んに索餌を行う様子が観察された。
・北(オホーツク海)側中部から東部にかけては鯨類の出現頻度は低かった。1300m以深の沖合2箇所で単独の成熟雄とみられるマッコウクジラを観察した。
 これらは、2000年7月下旬に実施された調査で得た結果とほぼ同じものといえる。ただし、西部太平洋側でのカマイルカの確認数が予想をはるかに下回っており、夏季の索餌海域としてこの海域を利用すると考えられるカマイルカの回遊期に調査時期が先んじていたことがその原因と推測される。日本では希少種に指定され保護されているネズミイルカの発見が多かったのは、本種の急激な減少原因となっている定置網をはじめ人間による漁業活動が、北方四島周辺ではほとんど行われていないためと考えられる。成熟したマッコウクジラの雄は、繁殖期以外は中緯度から高緯度で単独あるいは少数のグループで過ごすとされるが、本調査で観察したマッコウクジラもそのような成熟雄と見なすことができよう。知床周辺から四島周辺にかけてはマッコウクジラの春から夏にかけての目撃情報が多く、この海域が本種の成熟雄の夏季における索餌域もしくは回遊ルートとして利用されている可能性が示唆された。
【択捉島】
観察した種:
ハクジラ亜目ネズミイルカ科ネズミイルカ(Phocoena phocoena
ハクジラ亜目ネズミイルカ科イシイルカ(Phocoenoides dalli
ハクジラ亜目マッコウクジラ科マッコウクジラ(Physeter macrocephalus
ハクジラ亜目マイルカ科シャチ(Orcinus orca
ヒゲクジラ亜目ナガスクジラ科ミンククジラ(Balaenoptera acutorostrata
・ベルタルベ崎周辺では北(オホーツク海)側・南側(太平洋)側ともにイシイルカ型イシイルカが沿岸から沖合にかけてまんべんなく分布している。
 また、ベルタルベ崎沖合から老門湾にかけて、シャチが高頻度で出現した。シャチのポッド(群れ)は、いずれも新生仔1〜3頭を含む10〜13頭の群れで、個体同士のつながり方は比較的ルーズだった。
 なお、7月19日にベルタルベ崎沖合で観察したシャチのポッドに含まれる、成熟雄3頭がミンククジラを徐々に囲い込んで、互いに体が接触するほど個体間距離をつめていき、浮上したミンククジラに一頭のシャチがのしかかる様子も観察された。同様の光景は、2003年8月の北海道噴火湾沖でも観察されているが、獲物を追い詰め、ターゲットが弱るまで体当たりやのし上がるなどの行動を執拗に繰り返すのはシャチ特有の狩りの方法で、この海域に出現するシャチが鯨類も捕食すること、さらには、魚食性が強いレジデント(定住性)ではなく、肉食性が強いトランジェント(回遊性)である可能性をも示唆した。
 択捉島北側は離岸数マイルで1000m以上へと、急激に深さが増している。そのため、通常は陸からは観察不可能な沖合の海域に生息しているマッコウクジラが、岸から3〜4マイルの場所で観察されることもある。
 択捉島周辺海域での調査は西部に限られていたが、イシイルカ、ネズミイルカ、シャチ、マッコウクジラと、国後島全周で観察した鯨種を全て確認した。択捉島で確認されているシャチについては、レジデントかトランジェントかを探るための一つの方法として、写真による個体識別作業が1999年から進められている。
 
今後の課題:
 海の食物連鎖の頂点にたち海洋環境の指標動物といえる鯨類にとって、北方4島周辺がどのような意味を持つ海域(繁殖域、索餌場、回遊ルートの一部、など)であるかを探るためには、ライントランセクト法で対象海域をまんべんなく観察して鯨類の出現状況等を探ってきたこれまでと同様の調査を6月、7月、8月、9月以外にも実施することに加え、たとえば、シャチのポッド追跡による行動および鳴音の調査や個体識別作業の完成など、彼らの生態を浮き彫りにしていくような調査が並行して行われることが必要となる。
 
表1 国後島周辺海域における鯨類発見記録(群れ数/個体数)
  ネズミイルカ イシイルカ カマイルカ ミンククジラ マッコウクジラ (シャチ) 種不明鯨類
7・10 1/3 2/2 - 1/1 - - 1/1
7・12 5/11 11/43 3/33 4/4 - - 1/1
7・13 - - - 1/1 - - -
7・14 4/4 - 1/5 1/1 - - -
7・15 4/5 - 1/3 8/8 - - -
7・16 5/9 38/122 - 26/27 - - -
7・17 2/3 15/40 - 13/13 1/1 - 2/2
7・18 - 30/111 - 1/1 1/1 - 1/1
7・19 - 19/72 - 27/31 - (1/10) -
7・21 - 1/2 1/15 2/2 - - -
7・26 - 12/36 - 10/11 - - -
7・27 - - 3/38 2/2 - - -
合計 21/35 128/428 9/94 96/102 2/2 (1/10) 5/5
*シャチの発見は国後水道において成されたが、動物を観察したのは択捉島であるため、厳密には、「生息していたのは択捉島」といえる。
 
表2 択捉島周辺海域における鯨類発見記録(群れ数/個体数)
  ネズミイルカ イシイルカ カマイルカ ミンククジラ マッコウクジラ シャチ 種不明鯨類
7・22 2/4 1/2 - - - - -
7・23 - 4/13 - - 1/1 - -
7・24 - 19/66 - 1/1 1/2 1/10 -
7・25 - 4/18 - - - 1/13 -
合計 2/4 28/99 0/0 1/1 2/3 2/23 0/0
 
表3 鯨種別発見総数
鯨種 群れ数 個体数
ネズミイルカ 23 39
イシイルカ 156 527
カマイルカ 9 94
ミンククジラ 97 103
シャチ 3 33
マッコウクジラ 4 5
種不明鯨 5 5
総計 297 806
 
【シャチおよびマッコウクジラの出現に関するデータ】
species day latitude longitude name number
of head
size contents note
マッコウクジラ 7/17 44.33.2N 146.00.4E ルルイ岳沖5NM 1 13m~ male depth.1300m
7/18 44.21.4N 145.46.9E エビカラウス山沖9NM 1 depth.1500m
7/23 44.38.7N 146,57.3E 内保湾〜萌消湾 1 breaching and dive, depth.640m
7/24 45.06.1N 147,20.7E 老門湾東側 2 13m~15m male depth.600m
シャチ 7/19 44.25.6N 146.40.7E ベルタルベ崎 10   am4:af2
juv2:nb2
3 males hunt minke whale(?)
7/24 44.59.3N 147,22.5E 老門湾 10   am4:af2
juv1:nb3
tail slapping
7/25 44.32.5N 146.50.1E 萌消湾〜内保湾 13   am5:af4
juv3:nb1
spy hopping, tail slapping
am :adult male
af :adult female
juv :juvenile
nb :new born







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