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V 考察
 国後島におけるシマフクロウの生息が北海道に比べて高密度であることは今までの情報や2000年の日露合同調査で確認されているが、今回の調査でもそれが再認され、さらに予想よりも広範囲に生息し、かつ生息密度が高いと思われる。国後島の南部は現在の知見的には環境面から見ると営巣環境に乏しく、十分な繁殖環境にない。しかしながらトウフツ湖周辺ではシマフクロウが切れ目無く生息し、また河川規模の小さな島登川でも生息痕跡が得られたことや、ロシア側の情報で島南部にさらに数地点の生息地があることなどから、南部においても、繁殖しているかどうかは別として、相当数のシマフクロウが生息していると考えられる。また比較的ロシア側の情報が薄く、やはり既知の環境観点からは生息可能性があまり高くないと考えられていたチャチャ岳北東部地域でも、シマフクロウの生息のみならず繁殖までも確認されたことは、やはりシマフクロウの生息密度の高さを予想させる。
 シマフクロウの生息環境を森林面から見ると、南部(中径木広葉樹林)、中北部(オオバヤナギ河畔林)、北部(トドマツ針葉樹林)の各生息地域では森林相に違いが見られたが、いずれも北海道の生息地にはあまり似ていないため、環境利用の対比で今後は重要な研究課題になると考えられる。北海道のシマフクロウの営巣木はミズナラ、ハルニレ、シナノキの3樹種がほとんどで胸高直径の平均値は約1mである(竹中未発表)。以上の3種は国後島で大木になるものがほとんど見られないため、国後島のシマフクロウの繁殖環境は基本的に北海道と異なっていると考えなければならない。今までの調査ではシマフクロウの営巣木はオンネベツ川周辺のオオバヤナギとダケカンバのみしか確認されておらず、北海道で見られるような広葉樹の大径木は数が少なく、営巣環境が今までの知見上悪いと考えられる島の南部地域や北部の針葉樹林地域の営巣環境は不明である。また、チャチャ南麓のオンネベツ川、セオイ川のオオバヤナギを主体とする大木の河畔林はシマフクロウに極めて好適な営巣環境を提供しているが、オオバヤナギ林は国後島の植生分布上この地域にのみ特異的に成立していることにも留意しなければならない。
 現段階では国後島の南部をはじめとする営巣木未記載地域における調査が生態解明上極めて重要であると考えられる。これは国後島のシマフクロウの現状評価および将来の個体増減予測を行う上で極めて重要になるからである。シマフクロウの南部個体の多くがオンネベツ地域からの分散個体で繁殖できないままに縄張りだけを持っているのか、もしくは劣悪な環境の中で繁殖を維持しているか、さらには我々の知らない環境への適応力を持っているか、を解明することは極めて興味深い。また2000年の日露合同調査以降にロシア保護区が人工巣箱を設置して保護の一助としているが、もし自然状態で飽和状態になっておりそれが微妙なバランスの中で維持され続けているとすれば、巣箱の設置に関してもある程度慎重にならざるを得ない。これは、繁殖環境の好転するつがいが出現することによりその家族群が優位性を持ち他のつがいに影響を与えることや、場合によっては遺伝的多様性を下げることになるかもしれないからである。また巣箱の設置により行動圏が動き、それが高密度で生息する隣接つがいの繁殖行動に影響を与える可能性もある。いずれにしても、今後早急に様々な地域での繁殖地の発見や繁殖成功率に関する精査が必要になる。
 また餌環境面では、島のシマフクロウのすべてが自然採餌を行っており、これら個体の採餌行動や採餌環境定量化の研究は、危機的な状況にある北海道のシマフクロウの保全に必要な環境の具体的提示という面で役立つと考えられる。いずれの地域も豊富な魚類に恵まれており、今回の魚類調査班の調査結果とあわせて検討することが重要である。ただし、国後島は全ての河川で魚類が大量に回遊するわけではないことに留意する必要がある。国後島の多くの海岸線は比高10m以上の段丘面が観察され、フルカマップ北方の数河川やトウフツ湖に隣接するアンドレエフカ川のように、河口からすぐに回遊魚の遡上不可能な滝が形成されている河川が多い。これらの河川では回遊魚の数は限られ、また滝の上部の魚類相や資源量は上流まで遡上可能な河川と大きく違っていることが考えられる。また今回十分に調査されなかったオホーツク海に面した地域に関しても今後は魚類相の特徴を精査する必要があるであろう。
 しかしながら、一般的に国後島は魚類資源が多いことが予想されるとはいえ、魚類があまり豊富であるとは思えないエシネベツ川での繁殖や島登川での生息が確認されたことは極めて興味深い。今までの知見で餌環境が悪いと考えられる地域で繁殖をしていることは、いっぽうで環境の良い場所ではすでに高密度飽和状態になっているとも考えられる。また魚類以外の餌資源への依存が高いことにより繁殖成功している可能性もある。さらに、島の他の地域とは違う大きさの行動圏を有している可能性も高い。これらの解明のためにも繁殖地を早期に発見し給餌生態を詳細に観察することが必要であり、その結果は非常に興味深い。
 また、エシネベツ川のシマフクロウの雛は北海道の同年の雛よりも一ヶ月ほど孵化が遅かったと思われた。2000年の現地調査でオンネベツ川で確認された雛は北海道と時期的にほぼ同じ繁殖ステージであったため、本調査での一ヶ月の遅れが個体差、地域環境差、年度差なのかも興味深いところである。同じく2000年の現地調査で確認されたつがいの多くが繁殖に失敗していたことが確認されたが、本調査では追試が出来なかった。このような繁殖成功率の低さの原因を明らかにさせることも今後の個体数動向を占う上でも重要である。
 国後島のシマフクロウは、択捉での生息が確認されない現状では、種の分布拡大の中で最も端に位置するものである。最果てのシマフクロウの生態を明らかにすることは、種の環境適応力の限界と可能性、適応の過程を知る上でも非常に貴重なものである。また、筆者は2000年の現地調査では北海道との類似点に興味が集中したが、二度目の本調査では北海道との微妙な違いが目に付くようになった。今後の研究ではこのような類似点と相違点の視点を明確に切り分けて現地調査を行うことが望まれる。
 いずれにしても、今後の国後島におけるシマフクロウの調査は保護区と緊密な連携をとりながらじっくりと取り組む必要がある。生態観察や生息環境の調査など繁殖期を含めて年を通して数回にわたり、島の特徴的な各地域で時間をかけて調査を行うことが必要である。
 現時点ではシマフクロウの生息地の多くが保護区もしくはバッファーゾーンに含まれ、また島の開発もあまり進んでいないため、シマフクロウの生息が危機的な状況にあるとは考えられない。しかしながら、河口部でのサケマスの定置網の設置が進んでいるなど、今後環境がいろいろな形で悪化する可能性は否定できない。
 本調査においてシマフクロウの生息確認は南部、中部では基本的に今までの調査結果を追認するにとどまった。調査時期の設定がシマフクロウ主体ではなかったことや行動上の制約、各調査地域で十分な時間がとれなかったことが、調査精度があがらなかったことの大きな要因である。しかしながら、ビザなし研究交流の範疇ではこれが限界であるし、すでにロシア側で生息確認の情報蓄積が進んでいる中では、日本調査隊の短期間の調査で新たに生息確認することにそれほど大きな科学的意義はない。我々の目的とすべき調査は原生自然が色濃く残る国後島でのシマフクロウの生態や環境を知り、北海道の状況と比較することで、絶滅に瀕する北海道のシマフクロウの保護にいかに役立てるかという視点である。
 定着性が強く寿命の長いシマフクロウは情報の蓄積が重要かつある程度容易な生物種である。国後島は現地調査に困難を極めるが、今後とも日露の協力のもと可能な限り生息生態調査を進めることが必要である。
 
引用文献
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