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(4)国後島の薬草調査報告
村上守一・山路誠一
 
 薬草班は2003年の国後島から調査に参画した。これまでの各班の調査は自然科学的観点を主体としているのに対し、当班の調査は応用科学的観点、すなわち利用・消費する側からの見方が主な点に特徴がある。
 薬用植物の調査では、薬として実際に用いている地域住民の習慣、民間医療の状況などの聞き取りを併せて行うことが一般的であるが、北方四島では日本本土とアイヌの歴史的な関係に加え、ロシアとの間に様々な事情があるため、これらを踏まえた上での取り組みが必要となる。
 今回調査対象となった国後島は、北海道本土の他の地域と同様、日本統治時代の地名のほとんど全てがアイヌ語音表記であることから、この地域が元来アイヌ民族の居住地であったことが窺える。このため薬用植物調査に際しては、アイヌ民族の元島民や戦前から居留してきた人たちなどから聞き取りを行うことが本来は望ましい。しかし現状では、島の全土でロシア式の生活が営まれており、このような調査は必ずしも容易ではない。
 また、島の全面積の7割近くがロシア側の策定した特別保護区とその緩衝帯を含めた地域となっており、中でも特別保護区は一般人の立ち入りが厳しく制限されている。そのため、古来アイヌ民族に見られたような人と自然が共存する形で薬用資源が利用される状態にはない。しかし見方を変えれば、薬用植物の純粋な資源調査には好適である。
 そこで今回は、日本本土で利用されている生薬1)の元となる薬用植物資源と北海道本土のアイヌ民族の民間薬資源の観点から、国後島における薬用植物資源とその種類について、大まかな把握を試みた。
 
【調査方法】各動植物調査班に同行し、薬用植物およびその類縁植物を採取・観察した。聞き取り調査については、現島民を対象とする簡単な聞き取りを行ったが、伝統的使用法に関する調査は省いた。なお、参考として北海道本土のアイヌ民族利用が知られる薬用植物2)には*を付した。
 
【結果・各論】
1. 古釜布周辺域(調査日程:2003年7月11日〜7月14日)
 調査範囲:古釜布沼、東沸湖周辺域、植内、チクニ川流域(太平洋側)、秩刈別、ニキショロ湖(オホーツク海側)。
 調査結果:古釜布を中心とする島中央から南西部にかけて調査を行った。国後島では太平洋側とオホーツク海側の気候及び日照時間の差異が大きい。これは現地の畑作のほとんどをオホーツク海側に依存していることからも知られ、実際に見られる植物種についても大きな差が認められた。
 われわれの調査時期は本州における梅雨期であったが、この時期の島の太平洋側は北海道東部と同様、霧と霧雨がほとんどであるのに対して、オホーツク海側はしばしば晴天を望むことができた。
 薬用植物としては、太平洋側の岩場ではイワベンケイ Rhodiola rosea L.が多く見られた。本種の太い根茎はウォッカ漬けにされ、その薬酒が強壮薬として利用されている。他にはキハダ Phellodendron amurense Rupr.,チョウセンゴミシ Schisandra chinensis(Turcz.) Baill.の果実が食用にされる。
 太平洋側で少なく、オホーツク海側で常見される薬用植物類としては、エゾヒナノウスツボ Scrophularia grayana Maxim. ex Kom.、チシマフウロ Geranium erianthum DC.、チシマセンブリ(Fig. 1)、ホタルサイコ Bupleurum longiradiatum Turcz.、エゾオオバコ Plantago camtschatica Cham.、ネムロコウホネ Nuphar pumilum DC. var.pumilumなどがある。
 
Fig. 1. チシマセンブリ
Swertia tetrapetala Pall.(ニキショロ湖畔)
 
 古釜布周辺域のうちニキショロ湖畔のオホーツク海側の海岸平原においては、開花期のヒヨスが2〓のみ認められた(Fig. 2)。ヒヨスはヨーロッパから中央アジア、中国にかけて分布するナス科の植物で、交感神経系に作用するアルカロイド hyoscyamine を含有する有毒植物であるが、古くは歯痛治療や緑内障治療に用いられた。本邦では植物園や薬用植物園でよく栽培されるが、帰化植物として報告されることは珍しい。国後島への流入経緯は不明だが、付近は番屋や小規模な漁船の修理小屋がある程度の海岸であることから、薬用途目的の導入ではなく、荷物に付着したものが発芽生育したと考えられる。
 
Fig. 2. ヒヨス
Hyoscyamus niger L.
(ニキショロ湖付近・海岸草原)
 
2. 音根別川周辺域(2003年7月16日〜7月19日):
 調査範囲:太平洋岸のノツカ川、音根別川、セオイ川を含む、乳呑ノ路周辺の海岸草原部とクマ生息域の森林部。爺爺(チャチャ)岳の山麓でもある。
 調査結果:調査対象地域は全て太平洋岸で、海岸草原を主体とする草原地帯とエゾマツ、トドマツ林を主体とする森林帯からなる。天候は霧または霧雨であることが多い。
 海岸草原ではハマナス Rosa rugosa Thunb.が優位を占める。同行のレンジャー隊員のうち、国後島で生まれ育った隊員は、ハマナスでジャムを作るとの話である。他にはハマボウフウやオオハナウド、シャク、エゾニウ、エゾノヨロイグサなどの高茎草本やチシマザサも多く見られた。またノツカ川流域では漢薬「貝母(バイモ)」の原植物、クロユリの群生が確認された(Fig. 3)。森林帯の枯木には漢薬「霊芝(レイシ)」の原植物、マンネンタケ(Fig. 4)が散見された。海岸ではナガコンブ Laminaria longissima Miyabeと思われる褐藻類が数多く打ち上げられていた。
 
Fig. 3. クロユリ
Fritillaria camtschatcensis(L.)Ker-Gawl.
(ノツカ川流域)
 
 
Fig. 4. マンネンタケ
Ganoderma lucidum(Leyss:Fr.)Karst.
(音根別川流域)







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