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3.2 船体
 船体に働く抗力、浮力は以下のように表わした。船体の全抵抗係数Ctの内、摩擦抵抗係数は経験式から、造波抵抗係数はフルード数に比例するとして実験値から算定した。
 
抗力[N] Fx = -1/2ρCtU2S
Ct:船体の抵抗係数 S:船体の浸水面積[m2
浮力[N] Fz = ∇・g
∇:排水量[kg] g:重力加速度[m/s2
 
3.3 推進
 プロペラの推力を以下のように表わした。KtKqに関しては、清水2)による揚力面理論を用いた計算結果を補間して値を求めた。
 
プロペラ推力[N]
Fx = Tcos(α)
Fz = Tsin(α)
 
ただし、T = KtρD4n2
Kt:スラスト係数 D:プロペラ直径[m]
n:プロペラ回転数[l/s]
α:トリム角[deg.]
 
 上式における回転数nは、人間の最大トルクを下のように仮定し、プロペラのトルクと等しくなるように二分法により決定した。なお、トルク係数Kqは、図6に示す揚力面理論により計算した結果を補間して求めた。
 
 人間の最大トルク[N・m] Qm = hp・2・38.68・(120-n/r)0.2
hp:人間の最大出力[ps] r:ギア比
プロペラのトルク[N・m] Q = KqρD5n2
Kq:トルク係数
 
図6 前進係数JとKt、Kqの関係
 
3.4 重力・空気抵抗
 重力、空気抵抗は以下のように表わせる。なお空気抵抗の抗力係数Cdは自転車の場合の値を参考にした。
 
重力[N] Fz=-(m1 + m2 + m3)g
m1:船の質量[Kg] m2:前席の人間の体重[kg]
m3:後席の人間の体重[Kg]
空気抵抗[N] Fx = -1/2ρCdU2Sf
Cd = 1.0 Sf:前面投影面積[m2
 
4. モデルの解法
 前項で挙げた力学モデルを用いて、以下のように式を解いた。
前進運動(x軸方向):ΣFx = ma ・・・(1)
ヒーブ(z軸方向):ΣFz = 0 ・・・(2)
ピッチ(y軸まわり):ΣMy = 0 ・・・(3)
 
(1). (1)に初期値(α, U, h)を代入し、加速度αを求める
(2). U' = U + a × dtより更新された速度U'がわかる
(3). (α, 'U', h)を(2)、(3)に代入しニュートン法でα'h'を得る
(4). T = T + dt (時間を更新)
 
 以上の計算を船が定常状態に入るまで繰り返した
 
5. 検証
 翼の迎角、翼面積、ハイトセンサー長さ、人間の体重及び最大出力を、昨年度の記録計測時と同じと思われる値に設定して、シミュレータを動かした。その結果、静止状態から翼走状態へ至る船の挙動(図7)に関しては実船と同様のものであったが、定量的に見た場合に最高速7.8m/sとなり、現実(計測記録約7.1m/s)よりも1割ほど速い計算結果が得られた。これはシミュレータにおいてプロペラの効率や水面状況、人間のトルクを理想化してしまっていることが原因であると考えられ、さらに精度を上げるためには上記の部分についてのさらなるモデル化が必要である。
 
図7 シミュレータ画面(翼走状態)
 
6. 感度解析
 まず、それぞれのパラメータを変更することによる船の挙動の変化を調べる。前に60kg、後ろに65kgの選手が乗り、合計馬力は1.1psとした。
 前翼、後翼取り付け角を変化させた時の浮上時における速度を表1にまとめた。「-」は浮上できなかったことを表している。結果から浮上時の速度が小さいほうが浮上しやすいといえる。前翼後翼取り付け角の値が近く、かつ5〜7°くらいの時に浮上しやすい。逆に前後翼の取り付け角のバランスが悪いと浮上することはできない。
 また、表2にそれぞれの設定における最高速をまとめた。
 
表1 浮上時における速度(m/s)
後翼\前翼
7.1 6.65 6.57 - -
6.57 6.09 5.83 - -
6.12 5.74 5.58 - -
- 5.9 5.44 5.53 5.67
- - - 5.41 5.46
 
表2 最高速度(m/s)
後翼\前翼
7.83 7.79 7.68 5.37 5.13
7.83 7.82 7.79 5.55 5.24
7.79 7.83 7.81 4.96 5.34
5.76 7.85 7.81 7.79 7.73
5.62 6.15 4.97 7.77 7.73
 
 次に選手の体重と馬力をそれぞれ1割大きくした時と1割小さくした時の浮上時速度と最高速を表3に示す。Power/Weight ratioが同じならば体が大きいほうがより速度が出るといえる。
 
表3 体重と馬力を変化させた場合
  浮上速度(m/s) 浮上時間(s) 最高速(m/s)
前60kg 後65kg 1.1ps 5.44 11.9 7.81
体重馬力ともに1割増 5.63 11.6 8.14
体重馬力ともに1割減 5.22 12.3 7.45
 
 前翼・後翼を切ることによって翼面積を小さくして抵抗を減らし、最高速をより大きくすることができる。表4の結果から後翼を切ったほうが浮上条件をそれほど厳しくせずに、より大きな速度を出すことができることが分かる。
 
表4 前翼と後翼を切った場合
  浮上速度(m/s) 浮上時間(s) 最高速(m/s)
翼面積そのまま 5.44 11.9 7.81
前翼面積1割減 5.78 15 7.89
後翼面積1割減 5.45 12.3 7.95
 
 ハイトセンサーアーム長を短くすると前翼の迎角が小さくなり浮上条件が厳しくなる。また、アーム長は翼走状態時のトリムに影響を与え、長いほうが翼走時に水平に近づき最高速度が大きくなる。
 
7. 最適セッティングの検討
 感度解析の結果から浮上条件最良のセッティングと最高速度最大のセッティングを提案する。ここで提案した2つはそれぞれ、少ない力で浮上したいロングレースと、最高速重視のショートレースを意識して設定している。表5においてこの二つのセッティングと去年のセッティングとの計算結果を示す。条件最良セッティングでは浮上条件、最高速ともに去年のものを上回っている。最高速度最大のセッティングでは浮上までの時間が2秒強長くなるが0.7%最高速が改善されるという結果を得た。
 また、つづいて翼の翼端を切り、翼面積を小さくした場合についてのセッティングを考える。後翼の翼面積を小さくしていった場合に、翼面積4割減までは計算上浮上することは可能であった。ただこの場合には最高速と浮上にかかる時間とはトレードオフの関係となっており、例えば後翼面積4割減の場合であると、(図10)最高速が8%増速する代わりに2倍の時間漕がないと浮上しない。現実のショートレースでは助走距離に制限があり20秒も助走できず、また漕ぎ手も疲れてしまうため現実的なセッティングではないと考えられる。
 
■去年のセッティング
■前65kg後ろ60kg合計1.1馬力
■前翼取り付け角7°後翼取り付け角8°
■ハイトセンサーアーム0.26m
 
■速度最大のセッティング
■前60kg後ろ65kg合計1.1馬力
■前翼取り付け角3°後翼取り付け角5°
■ハイトセンサーアーム0.21m
 
■浮上が容易なセッティング
■前60kg後ろ65kg合計1.1馬力
■前翼取り付け角5°後翼取り付け角7°
■ハイトセンサーアーム0.28m
 
表5 各セッティングごとの結果
  浮上速度(m/s) 浮上時間(s) 最高速(m/s)
去年 5.57 13.9 7.8
速度最大 6.08 16 7.86
浮上条件 5.41 11.7 7.81
後翼4割減 6.95 27.1 8.28
 
図8 去年と速度最大セッティングとの比較
 
図9 去年と浮上条件良セッティングとの比較
 
図10 去年と後翼を4割減らした場合との比較
 
8. まとめ
 本論文では自分達が人力船最適セッティングを模索するための補助ツールとして作成したシミュレータについて、そのモデル式とアルゴリズムを記述した。さらにはこのシミュレータを用いて行った感度解析の結果を示し、最適セッティングの検討を行った。
 作成したシミュレータは定性的には人力船の挙動を再現することはできてはいるが、人間の出し得るトルクや水面状況を理想化してモデル化してしまったがために現実よりも1割ほど速度が速い計算結果となった。
 このシミュレータを用いて最適セッティングの検討を行った際に、まず翼を切らずに考えた場合には最高速を0.8%上げることができるという結果が得られた。(前年度のチューニングはそこまではずれているものではなかったようである。)また、主翼を切って翼面積を小さくするケースを考えると、主翼は4割まで翼面積を小さくすることができ、最大8%増速することができる反面、浮上能力が著しく低下し、助走距離と漕ぎ手の持久力が必要となってくるということがわかった。
 今後は、人間の仕事率を時間の関数とし、また動的モデルを追加導入することなど、実際の人力船の挙動とシミュレータの挙動とを比べ、より信頼性の高いシミュレータを目指す。また、実走とシミュレータとを比較検討し、大会までの1ヶ月間でセッティングを完成させてレースに臨む努力をしていこうと考えている。
 

参考文献
2)清水敦史:HPV推進システムの設計と製作、平成14年度 東京大学工学部システム創成D4年生領域プロジェクト概要集 pp.45-46(2002)







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