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会場J氏
神奈川県は、神奈川災害ボランティアネットワークと、市民活動とボランティアセンターを兼ねた県民活動サポートセンターというのがあります。県のほうでは、防災対策ができたときに、ボランティアを受け入れる施設にして、そこをサポートしていくボランティアを募ってサポートチームというのを作っています。
地域でも、それぞれのネットワークも違って、ボランティアグループが集まってネットワークを作っているところや、個人が集まってネットワークを作っているところがあります。特に川崎市や横浜市は自主防災組織といいますと年配の方が多い。そういったところに積極的に関わっていくようにお願いしています。今までのボランティアの組織あるいは市民活動の組織を、できるだけネットワークしていきたいなという動きです。
企業と行政との関係も進めていきたいです。
小村氏
神戸からの二人は、今の話し聞いていて、違和感ありませんか。
田中氏
私自身が被災を受けているわけですけど、受けたときに最初の救出は消防でも自衛隊でもないのです。彼らもみんな被災者なんです。火が止まったのは消防が消したというより、どんどん燃えて燃え尽きたというのが現実だった。水が出なかった。
最初の救助者になれるのは助かった人。目の前で埋まっている人がいれば、目の前でおぼれている人を助けるのと同じように、助けてしまう。地域の人はボランティアとは言えない。当然の義務感、責任感で動いた。
そこで間違った人はずっと尾を引いている。助けられなかった人も心の傷を負っている。被災地の中で、被災された方が救助するのはボランティアとは言わない。外から来た人に対するボランティアはよくわかる。ある時間が過ぎてから食べ物や毛布を持ってきてくれるのは、ボランティアといって十分。それによって傷を癒されている。
家が潰れてその中に埋まっている人は、なぜその状況になったのか。自分の家を耐震補強したらお金がかかるという、目先の利益にとらわれて非常に大きな失敗した。耐震補強をせずにきていることを、非常に腹立たしい思いをしている。
神戸には人と防災未来センターができました。資料を集めるのはそれはそれでいいけど、もっとほんとのこといえば、町の中をどうするか、広いエリアを防災センターと呼んでもいいじゃないかとさえ思っていますし、その辺が皆さんとちょっと違う感覚です。
村井氏
私はそんなに違わないかもしれません。阪神・淡路大震災でたくさんの方が亡くなったけども、同時にたくさんの人を助け出しているというのもある。ボランティアとはいわないとも言われましたけども、生き延びた人たちが向う3軒両隣の人を助けた結果、たくさんの人が生き延びたといえるのかなと思います。
ボランティアの定義についてはこだわっていませんが、自分の命は自分で守れということを突き詰めていくと、何らかの形で私たち自身が専門化するという作業が加わってくるのかなという気がします。ボランティアの専門性を高めることが求められる。壊れない家をどうやって作るのか、確保するのかということでも建物や家という専門性が加われば考え方が変わるだろう。
結局、自分の命を自分で守るということは、自分が今どこまで災害について、防災について、環境について考えているかということを、自分と向き合った末に、自分は何かにつき当たる。自分の命を守るとはどういうことかに行き当たる。そこにそれぞれの専門性を高めるということが課題として出てくると思います。
小村氏
専門家の持つ社会的な責任。
村井氏
たとえば消防署員だといえばプロ、あるいはレスキューの専門家といえると思います。私は海外の災害救援にも関わっているのですが、ノルウェーでは、本当に多様な市民がいて、全体でNGOとして成り立っている。その中でレスキューの人は専門の消防署員と何も変わらないくらいの技量をつけている。ただプロかボランティアかという、これだけです。そういう意味で専門性といっているのはそういうことです。
黒野氏
どれだけ大きな人を巻き込んで自分が知りえた知識を共有することができるか。事前の仕込みなどは、どんな事をしていても100%絶対ということはない。私はボランティアとして、私は行政としてという意識は、ないと思いました。
事前の備えが大事。いつもやっていないと、いざというときには役に立たない。だから少しずつ備えていって、いざというときには、ボランティアとか、行政とか、自主防とかではなくて、命があるから助けたい。これで人間は動くとこんなふうに感じました。
小村氏
事前の備えといっている部分で、たとえば救命用の資機材をどのくらい準備しとくか、初期消火の問題をどう仕掛けしておくかというものなどの準備があります。ダメージをいかに小さくするか、小さいままにしておくか、いかに早く取り戻すかというダメージコントロールに関する備えというものが、ひとつあります。
問題は、それだけではない備え。耐震診断とか耐震補強というのはそちらの備え。減災という言葉を使っています。ボランティアの備えとかトレーニングとか言っているこの2つの問題は、分けて考えるべきかな。9割5分は、実は、減災の部分で決まっている。
それを地道にやっているのがあるNPO法人で、まだ進んでいないというこだわりも、この点だと理解しています。同時に不十分の状態で直面しなければいけないのが消防で、それでも行かなくてはいけない。ボランティアも市民も同じ。そういう形での備えというのもある。「減災」のほうがちょっと見はお金がかかるのですが、実は最終的にはかからない。そちらの方がはるかに安上がり。その部分についてはなかなか進んでいないというのが現状ではないかな。
田中氏
昔は、家は買うものでなくてみんなで作ったものです。みんなが共同して家を作っていた。買うということから、手をかける、汗をかくということが忘れ去られた。製作途中のことはまったく無関心になってると思う。
集会所を作ろうとしていますけど、よそから古民家移築してこようと思っています。みんなで汗をかきながら持ってきて作り上げようと、地域の人がみんなでやろうと思っています。それがコミュニティを作る大きな要因になるのではと期待しています。
黒野氏
誤解ときたいのですが、私もコミュニティを作ることは防災対策の一番の基本だということだ、とわかっています。この分科会は72時間をどうするかという話だったので問題提起しているだけです。72時間で何ができるか、基本的には一般ボランティアの人がいきなりきてもしょうがないなっていうことにまとめてもいいですか。
松沢氏
72時間に協働して何ができるか、何をすべきか、どうすべきかを考えたい。
災害の「中から・外から」があって、災害にあってこまって助けられたとか、外からボランティアとして駆けつけたという2つに分けられる。ボランティアに何を期待するか、ボランティアに対する意気込みを聞きたい。
田中氏
ボランティアによって人生観を変えられました。
霙降る寒い中、テントに行ったら、自分の座っている椅子を私に譲って、ご用件は何ですかと中腰になって聞いてくれた。ちょうど息子たちの年で、この若い人たちと話すことによってものすごく安堵感をうけました。私は、物はもらってないのですけど、この若者がどうして私のような親父に安堵感をくれるのかと思った。
ずっと商売をしていて、でも、今までのこれを売っていくらの世界じゃない世界があるのだなと肝に銘じている。この若いボランティアたちに何かお返しをしないといけないと思って、今なおボランティアを続けています。経験として今日あるのは、彼らのおかげだとさえ思っております。
村井氏
6年くらい振り返って考えると、130万人とか140万人という多くのボランティアが来て非常に大きな財産を残してくれたなと最終的には思っています。それは何かというと、十人十色という人間がいますけども、多様な価値観を被災地に残してくれたということが感謝したいこと。
たった一人のことを見逃さないようにしようと思うと、たくさんのボランティアの目があったから、たくさんのボランティアの心があったから、見逃さなくてすんだのではないかと思います。多様な考え方、多様なボランティアの眼というのが大事ということを教えられました。
ボランティアの専門性といいましたけど、私たち一人ひとり暮らしている者が暮らしの専門家だろうと思っています。生活の中で暮らしの専門家として知恵が多く働くことによって、その後が変わっていくだろうと思っています。
したがって、自分のことは災害ボランティアとラベルをはったことはありませんが、今までのように災害ボランティアとして関わるならば、暮らしの中での防災とはなんなのかということを、とことんこだわってみたいなと今思っています。
もう一つは、大体何かやるときにはルールというものをよく作るのですが、でもルールが無くても、なんか知らないけどみんなでお互いのことを気配って、目配りをして、心配りをして何とかなるものです。
あの混乱の時にいろいろ事件もあったのですけど、一方でみんなが気遣って、思いあって、「気をつけて」「元気でな」とすれ違っていくという時期があった。あれだけ混乱していて何の申し合わせもなくてもそれがあったというのは、実は人を大事にしようという暗黙のルールができたのかなと思います。
これが災害のときに減災につながるポイントだなと感じました。
小村氏
現実もいっとかないと。
会場K氏
初動72時間の協働というお話ですが、救援ボランティアについての意見を述べていらっしゃるのですけど、そういった立場でない人も多いと思うんですけど、この場で何かを求めてきていると思う。
私自身、東海豪雨のとき自分の家が浸水してきて、自分の家が精一杯で、隣がどうとか、隣の町もわからなかったし、実際に自分のところで精一杯で考えなかった。自分のところが大丈夫で、初めてボランティアに行こうと思った。
地元でボランティア活動していますけど、県外のボランティアに何ができるのか、地域にいるボランティアが自分も被災した上で何ができるのか、隣の人を救うのは隣の人しかできないと思うのですが、一般の人に何ができるのかなということを聞きたい。
会場L氏
72時間の間に情報、家族の安全、自分の家の周りの安全がほしかった。あの時、できなかったことが一番欲しかった事じゃないかなと思っています。
会場M氏
名古屋の水害では情報は必要でした。相談を受けた時に私の出番だと思った。そういう地元の人ではわからないことを被災地外の人が入ってやることが、地域のため。いろんな方がいて得意分野のことをやればいい。
会場N氏
パソコンの好きなひとが情報を全国に発信する。物資を運ぶトラックを持っているとか、バイクがあるとか。それぞれの分野が団体ごとに個性がある。みんなが持っている個性の部分、何にもない事はありえない。それぞれに活動ができる分野がある。
高度なボランティアも必要になる。ネットワークをいち早く作って、役割分担を普段から持っていくことがいざというときに役立つのでは。
松沢氏
今日は皆さん長時間に渡りこの災害72時間に参加していただき、ありがとうございます。最後の締めを小村さんにお願いします。
小村氏
東海地震の被害予想をもう一度思い出してもらいたい。何のために地図を用意したのか。島原も有珠も東海豪雨も周りからのアクセスは可能なんです。
その上で72時間の話は、どうか?この被害予想をもう一度きちんと考えてください。72時間は自分で何とかしないと。わが身の安全で、家族の安全。その後、ほかの人に目が向くのが当然なんです。
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