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第1部
東京大学名誉教授/判定会会長 溝上 恵 氏
 
〔略歴〕東京大学理学部地球物理学科卒業、同大学院理学系研究科地球物理学専攻博士課程修了。理学博士。85年東京大学地震研究所教授、96年より東海地震を予知する地震防災対策強化地域判定会会長を務める。97年、定年退官、東京大学名誉教授。01年より中央防災会議委員。そのほか地震予知連絡会委員、東京都防災顧問、東京消防庁火災予防審議会委員などを務める。
 
 溝上です。今日は、東海地震の切迫性についてお話します。国の東海地震対策については、後ほど、布村参事官がお話になると思います。
 現在進められております東海地震対策については、名古屋市も、もし地震が起きた場合等考えると、特段の対策強化をしなくてはならない「強化地域」に追加されました。そこで、警戒宣言が出るとどうなるかと言いますと、名古屋駅などでは、電車が止まるという情報が流れれば駅のターミナルに人が押し寄せて大混乱になるなど、いろんな角度からの問題があって、相対的には苦慮しているところです。
 ところで、この強化地域というのは、想定される揺れと襲ってくる津波の大きさなどから、広い範囲にわたって定められているわけです。東海地震を起こす想定震源域は、なすび型をした地域だということが、様々な研究環境から明らかになってきました。この地域の下には、巨大な断層があって、東海地震の時にはその断層が3m〜4m、急激に動く。それによって地震波が発射され、地上に辿りつきますと、その地点が揺れるということになります。それからもちろん、想定震源域は海底にもありますから、海底が持ち上がりますと、その真上にある海水も持ち上げられ、そしてそれが津波となって、沿岸部にあっという間に襲い掛かってくる、ということになる。
 では、このなすび状の震源域という話ですが、そもそも、地震というのは断層に始まって断層に終わる。断層の話が出てこない地震の話とか地震予知の話というのは、私は疑わしいと思っています。と申しますのは、地震というのは、断層にどのくらい歪エネルギーがたまってきたか、それが極限の状態になってくると地震が極めて切迫してきて、そして地震によって蓄積されたエネルギーが一気に放出される。ということを繰り返しているわけです。そして、この断層のサイズが大きければ大きいほど、地震エネルギーも大きくなります。
 東海地震の場合であれば、沿岸部海域から内域にかけて広がる概ね計100キロ、幅数十キロといった断層が、3メートル、4メートルといった規模でずれますと、大体神戸の地震の10倍、12倍といった規模の地震が起こります。これが東海・東南海・南海といったものが立て続けに一つに固まって起きるという話もありますが、そうなりますと神戸の地震の4、50倍のサイズの地震が1個の地震。だから、同じ地震といっても全然スケールが違うわけです。
 地震の大きさが違えば、当然、被害も違うということになる。名古屋市は、震度6くらいの揺れに襲われる可能性がかなり確実であるという指摘がなされて、深刻に捉えられているのではないか、ということで、かなり切迫した切実な話になってきたわけです。
 それはそれとしまして、地震、東海地震の切迫性ということだけでなく、切迫してきているであろう東海地震を事前にどういう風にして察知するかという話であります。
 東海地震に関しましては、一般の地震と違う点が一つございます。
 地震というのは、あまねく突発的に起きてくるわけですから、地震防災対策は常にいつ襲われても対応できるような備えをしなくてはならない。そのために家屋の耐震化を図ったり、それから地震が実際起きた場合には、どの辺を救急救援するかといった事前・事後の対策であったのですけれども、東海地震に関しましては、東海地震が発生するしくみについて、深く理解が及んでいるということから、東海地震が発生する直前にいよいよ起きてくるよという柱が1本あるということであります。ですから、地震が起きる前後の防災対策、この2つのほかに、1本、地震が起きる直前になった時にいよいよ来るぞということを掴みましょう、という柱が1本加わる、これが東海地震対策の大きな特徴です。
 さて、東海地震は、今、どういう段階にあるだろうかということについてお話したいと思います。このなすび型の想定震源域の真下にあります陸の岩盤と、その下に沈み込んでいる海の岩盤の境界が断層になって、そして上の岩盤がプレート運動によって、海のプレートと一緒に上の岩盤が引きずり込まれています。それがやがて限界にきますと、上の岩盤側がちょうどばねが跳ね返ってくるようにバァーンと反り返って、東海地震が起きるわけです。
 ところが、最近になって、2000年半ばごろに、浜名湖、あるいは浜北付近のGPSで、どうも異常な地殻変動が起きてきたというようなことが、国土地理院によって検知されました。海のプレートと陸のプレートの境界線上で、ゆっくりと滑り始めているのではないか。我々が心配しておりますのは、このゆっくりとしたすべりが、いよいよこのなすび状の想定震源域の中に入ってきて、しかも、それが1年に1センチ、2センチといったゆっくりとしたものではなくて、現在のスピードの2倍、3倍、4倍と揺れが加速してくるようになったら、これは東海地震がもう目前に迫っているというような判断をしなければならないわけです。2000年の中ごろには、まだうっすらと隆起の変動が浜名湖の当たりにみえておりましたが、現在ではその隆起の部分が想定震源域の中まで広がってきている。それは、病気で言えば症状がずっと進行して、そういう現象がおきているとか広がっているようなそういう印象を与えているというんですか。
 
 この隆起の量は、わずかに2センチとかその中心部でも3センチくらいでありますが、一つには、そういう地殻のわずかな変化によって引き起こされる地面の変化を、今では、図ることができるんです。海のプレートと陸のプレートのプレート境界は、海から内陸へかけてだんだん深くなっていくわけですが、その中では大体10キロ、そしてその内陸の方では30キロ、あるいは40キロといったような、そういう深いところに入り込んでいるプレートの境界が2、3センチずれる。そういう現象で引き起こされる地殻の変動を今ではこのように捉えることができる。そして、繰り返し申しますが、そのプレート境界のX-Dayが始まってもう3年になる。
 直接、東海地震につながっていく一つ前の段階で現在、異常を捉えられています。で実際にこういう異常がなすび型の震源域の中に入ってきて加速してきますと、気象庁は東海地震が迫ったということで、さまざまな観測情報を発信し始めます。そして、いよいよこの状況が急激に加速し始めてきた、あるいは半日、一日以内に、東海地震が来るぞという状況になってきますと、警戒宣言が発せられます。
 その警戒宣言が発せられてから、実際に地面がゆれて津波が襲ってくるまでの時間、その時間の間にてきぱきと人を運んで、沿岸にいる人は津波を避けて避難する、あるいは建物の倒れやすい所にいる人は、そこに居ないで安全な所に移るといったような、あるいはJRはどうするといったような様々な対応をしなくてはならないということになるわけでございます。
 では、実際この東海地震というものの状況、そして強化地域の設定と同時に、地面ではどういうふうに異常な状況が進んでいるかということを次のポイントと致しまして、話しを移らせていただきたいと思います。
 さて、東海地震・南海・東南海ということに話しを移らせていただきますが、駿河湾から四国の辺までを一つの束まった震源域と致しまして、スーパー巨大地震というのが過去に繰り返して起きております。こういった慶長、宝永、安政、昭和の東南海・南海地震というものは、100年から150年、必ず繰り返してきているわけです。プレート運動によって起こる、そういった地震ですが、顧みて見ますと、歴史的に、経験的に必ず繰り返してきているということが言えるわけです。実験室的に言えばですね、一定の間隔で圧力をずっと加えていくと、ばねがばぁーんと壊れて、跳ね返るとまたぐーっときしみ、また跳ね返るということを繰り返しているということになります。もちろん、こういう地震は何も1605年から始まったわけではなくて、過去、日本列島が生まれて数十万年から百万年以来、同じようなことを繰り返しているという風に言っていいかと思います。
 駿河湾から四国の西のヘリまで、つまり東海・東南海・南海が束まって起きるという事例も見ることはできますが、実は、この沈み込んでいく太平洋の岩盤というのは、日本列島の下に沈み込むときに一斉に一枚の板のように沈みこんでいるわけではありません。たとえば駿河湾付近では北西方向に垂れ下がるように沈んでいて、また紀伊半島あたりでは北西方向に向かってかなり高い角度で沈み込んでいるというように、プレートの形が沈み込む時にこの垂れ下がる方向と角度が違うわけです。そのため、これは一連につながっているわけではございませんから、地震が起こる時にも、たとえば駿河湾あたりのプレートだけで起きてみたり、どこかが一つになったような形で起きるといった事態のほうが、むしろ自然なんですね。ところが、歪の貯まり方が非常に進んできて、一斉にこれが起きるというような形で発生した場合には、もうしばらくは一連の束まった形になって、そういう癖がのこって続いていく。また、それがずれますとですね、しばらくはずれて起きる、そういう起き方がするんじゃないかという風に思います。
 現在、東海地震についてとりわけ特段に切迫性が言われているのは、安政の東海地震以来、現在まで約150年間余り空白期になってエネルギーを貯めこんでいる。そのために、南海・東南海とは状況が違って、その歪が臨界状態にあって、いつ大地震が起こってもおかしくないということで気象庁は24時間連続で観測しているということになります。
 一方、南海・東南海というのは、歴史上、重なって起こる、あるいは1日か2日、あるいは何年かギャップはありますけれども、200年、150年の間隔からすると、きわめて短い時間をおいて、たいてい束まって起こることはあります。けれども、この二つの地震はまだ、臨界状態に達していない。しかし、決して安心はできない。おそらく2030年、40年になってきますと、現在われわれが東海地震に向けて非常に緊追している、そういう状態に近い状態になるであろう、という風に推測されるわけです。
 したがって、南海・東南海地震が東海地震といっしょに起きるのではないかという話がありますが、もちろん、それは、東海地震がエネルギーを貯めながらもすぐには起きないという、きわどいバランスを保ちながら2030年ごろまで経つと、そういう事もあるかもしれません。東海地震の目前に迫った切迫性の問題と、東南海・南海というのは、一つこう区別をつけていただかなくてはならない。
 それから、もう一つ、誤解を解いておきたいと思いますのは、地震のサイズについてですが、神戸の災害と東海地震とをダブらせた議論がしょっちゅう行われておりますが、神戸の地震の断層というのは、長さは40キロ、30キロのその程度の断層、深さは5キロから15キロぐらいなのが1メートルほどずれ込んで起きた地震です。それに比べまして南海トラフとか駿河トラフとかで起きる地震とか安政の東海・東南海地震のスケールを見ていただきますと、地震といってもぜんぜん違います。そういうものが巨大地震でありまして、そして神戸の地震というのは大地震ではございません。
 兵庫県南部地震というのは、地震の名前ですね。そして阪神・淡路大震災というのは地震の名前ではなく災害の名前なんです。ですから、大都市の直下で、そう大きくない地震が起きても、地震災害はものすごく大きくなる。ですから地震の大きさと災害の大きさとは、決して比例するものではないということなんですね。
 さて、GPSというのが出現して、地震の理解が格段に進みました。地震の研究というのは、もちろん理論的な研究もありますが、国土地理院が、1000点以上の観測点を置いて、時事刻々の日本列島の動きを監視しております。そこで分かった、約1年間の地殻の水平方向の変動ですが、1、2センチというずれが日本列島全部を覆い尽くすように動いている。まさに日本列島は生きて、うごめいている訳です。そのとりわけ大きな特徴は、太平洋から押しよせてくる海の岩盤、太平洋プレートとフィリピン海プレートの一方は年間に10センチくらい、片方は3、4センチで押し寄せて来て、日本列島の下に滑り込んでいくわけです。その動きによって日本列島が内陸の方に、西のほうあるいは北西のほうに圧縮されている。そういうことによって、日本列島の地殻には歪が貯まっていくわけです。ところが、そういう状態にきわめて異常な変化があらわれてきたのが、先ほどから申し上げています東海地方を中心にした地殻の変動でございます。プレート運動に入っているものを丁度打ち消すような、南東方向に向かって、ずるずるずるずるとゆっくりとした傾きが、2000年の半ば頃から始まって、現在、そういう事の結果、一番先にお話しましたように、東海地震の地殻の動きに非常に東海地震とつながりを持つであろうと思われるような、より気がかりな変化が観測されている、ということであります。
 もう一つ申し上げたいのは、地殻の上下変動が、太平洋の方からどんどん海のプレートが押し寄せてきて、日本列島の下に沈み込んでいくわけですから、その沈み込みを受けまして、太平洋の方に突き出した部分の岩盤はですね、日本列島からですと大概年に数ミリずつ沈み込んでいくという、これは非常に特徴的な巨大地震に向けての地殻の変動がございます。東海地震の仕組みから考えてみますと、海のプレートが押し寄せてくる。東海地方、あるいは紀伊半島の沖合いからフィリピン海プレートという海の岩盤がこのように押し寄せてきて、沈み込んでいくわけです。それと一緒になって、陸の先端部が引きずり込まれるわけですね。そして、だんだんだんだん、ストレスを蓄えられていきますと、いくら我慢強い人でもですね「切れる」といいますけれども、それと良く似たような現象がおこります。しかし、その切れ方にもいろいろあります。その陸の岩盤が沈みこんでいく、海の岩盤は、それは毎年3、4センチ沈み、岩を引きずり込むわけですが、その時にその役目を果たしているのがその二つのプレートの境界の摩擦力でございます。
 いろんなものがその摩擦を担う原因になるわけですが、太平洋の岩盤にくっついてきたでこぼこした部分だとか、海底の火山だとか、そういうところにぎざぎざがございまして、それが引きずり込む時の摩擦力を生んでいるのかもしれません。それによって、一緒に巻き込まれていくわけですけれども、もしこれが、非常に緩やかな摩擦力・弱い摩擦力というのでございますと、ちょっと引きずり込まれてはバーンと跳ね返る。しょっちゅうストレスを貯めたら、すぐに解消する。いつもぐずぐずぐずぐず言っている人がございますね。ところが、南海トラフの場合はそういうのではなくて、ぐーっと目一杯我慢しちゃう。100年、150年我慢する。そして巨大なエネルギーが貯えられますから、それがプツンと切れる時には、巨大な地震になってしまう。同じようなメカニズムの茨城沖とか福島県沖では、しょっちゅうM6とか7とかくらいの地震がぶちぶちぶちぶち小刻みに起きます。摩擦力がそう強くない。ところが、この東海の沖合いは、だんまりして一遍起きてボン!と切れたらまた沈黙の業に入るわけですね。で、150年間すると、顔が真っ赤になってきて、カァーっとなってきたところを何とか捕まえようというのが、その東海地震の直前の警報を出す仕組みだというのであります。決して予知しようというのではないんですね。いよいよ顔が赤くなってここが切れるよ、脳梗塞になりそう、というのが誰でもわかるような状態がありますよね。あ、この人は、いよいよ血圧がぐーっとあがってきた、そこを考えてほんとに切れる前に病院に運び込むとかですね、そういう現行犯逮捕というかそこを押さえよう、早期検挙というのをしよう、という事です。
 でその前に、少しずつ状況は怪しくなってきていて、それを示しているのが2000年の半ば頃から起き始めている、このゆっくり滑り、南東方向に向かってゆっくり滑り始めるということだと考え始めてもいいと思います。







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