事業の実施内容
本事業を実施した目的を明確に示すために、最初に本事業を行う必要性とその背景を述べる。
[目的および研究に至る経緯]
三陸沿岸域は清浄海域であり、全国的にも知られた生食用マガキの生産地である。近年、冬場に発生する食中毒の代表的なものとして問題視される風邪に似た症状を伴うヒトの急性胃腸炎の原因のほとんどが、小型球形ウィルス(ノロウィルス、食中毒の原因ウィルスとしてはSRSV)の感染であるとされている。その多くがカキの生食に起因するとされ、生食用カキの出荷が制限されるなどマガキをはじめカキ類の生産に大きな打撃を与えている。したがって、水産関係者として早急に対策を講じる必要がある。具体的に目指すべきはSRSVに汚染されていない清浄なカキを生産することであり、また清浄であることを簡単かつ正確に証明する手法を開発することであろう。しかし、目標は定まっても、それを実現するための具体的かつ有効な対策を打ち出すためには、解決すべき困難な問題は数多くあると思われる。
そこで、かき研究所ではカキをはじめとする二枚貝の生物学を研究してきた立場から、いくつかの問題点を取り上げて検討を加え、それらを解決できる可能性を模索した。問題点を以下に挙げる。
SRSV研究における問題点:
◎ウィルスには種特異性がある:→他の哺乳類でもSRSVと同様の感染を起こすノロウィルスの近縁種が知られている。しかし、ヒトに感染するSRSVはヒトの体内でしか増殖しない。ヒトへの感染ウィルスとして取り扱いが難しいことに加えて現時点では細胞培養系が確立されていないため、ウィルスの大量培養、純化、それを用いたマガキでの取り込み実験などが行いにくい。
◎カキの体内でのウィルスの数は非常に少ないため、検出が難しい:→上で述べたことと関連して、SRSVはカキ(他の二枚貝も含めて)の体内では増殖しないと考えられている。その結果、カキ体内でのウィルス粒子の数は非常に少なく、検出が難しい。このことについてはPCR法の発展で改善されてきている。しかし、検出感度が十分であるのかという問題は未解決である。検出感度の問題は、今後本格的に取り組む体内からのSRSVの排除効果を確認する上で大きく関わってくる。
◎SRSVがカキに取り込まれる仕組み、体内で蓄積する仕組みが明らかではない:→SRSVは直径30nmというきわめて微小な粒子であるため、ウィルス粒子単独では鰓で濾過されてしまう可能性が高く、すなわち体内に取り込まれる可能性は低い。そこで、カキが餌料としている植物プランクトン、有機懸濁粒子、細菌などに付着して取り込まれるとする考えが有力である。しかし、この取り込まれる仕組みにはまだ確証はない。次に、餌料の一部として取り込まれることも含めて、カキ体内でのSRSVの蓄積部位は消化器官、特に中腸腺とも呼ばれる消化盲嚢であると考えられている。これまでいくつかの報告で胃や中腸の一部を含む消化盲嚢の抽出物からSRSVが検出されており、マクロな捉え方としての「消化盲嚢」が蓄積部位であることはほぼ間違いがないと思われる。しかし、消化盲嚢は複雑な構造体であり、複数種類の細胞から成り立っている。つまり、ミクロにみた場合消化盲嚢のどこに、どの細胞に蓄積されるのか、また細胞の中に取り込まれているのか、基底面に付着しているのかなど不明な点がほとんどである。
上述のような問題点の中から、重要であり、かつ取り組み可能と考えられた2つの項目を選択し、本年度の研究を実施した。
それは、
1. カキ体内のどこに蓄積するのか明らかにするための基礎として、消化盲嚢の構造を対象に組織学、解剖学的手法を用いて詳細に観察する。
2. カキ組織からのSRSVの検出を目的として、これまで委託に依っていたRT-PCR法のよる検出を自ら行う。特に、従来二枚貝組織からの検出を難しくしていたPCR反応阻害物質(身入りの良い時期のカキが大量に持っているグリコーゲン、脂質だとされている)の除去をよく行うなど試料の調製に注意しながら行う。
バイオハザード2レベルの安全キャビネット(日本医化(株)・VH1300BH-IIA/B3)で、本調査研究で取り扱うSRSVは、人間の食中毒原因ウィルスであることから、すべてのウィルス粒子をキャビネット内に封じ込めて外に排出しないために購入した。
PCR(polymerase chain reaction)法を行うための遺伝子増幅装置である(アプライドバイオシステムズ社・GeneAmp 9700)。PCR法とは、遺伝子DNAの特定の配列を複製酵素によって特異的に増幅する方法で、微量にしか存在しないDNAを飛躍的に増やして検出することができる。SRSVはカキの体内ではわずかしか存在しないことが知られており、これを検出するためには不可欠な装置である。
なお、SRSVはRNAウィルスというDNAを持たないウィルスであるため、実際の検出では逆転写酵素を用いてRNAをDNAに転換してからPCRを行うRT-PCR法を用いた。
1. マガキ:
対象のマガキは、宮城県沿岸の養殖貝を用いた。材料の採集は、2003年11月に1回、12月に1つの場所から2回、他の1ヶ所から1回、2004年1月に1つの場所から2回、他の2ヶ所から1回ずつ行った。このように採集時期を定めた理由は、SRSVの発生が45週以降、特に48〜52週が年間を通じて最も多く、1〜5週が次いで多いことが知られているからである(ただし、年によって発生状況は異なる)。
2. マガキ消化盲嚢の組織学的観察:
宮城県松島町磯崎地先で垂下養殖された後、宮城県女川町竹ノ浦地先の実験用筏に移送し、垂下していたマガキ成貝(2年貝、平均殻高 122±11.6mm)を実験材料とした。消化盲嚢を胃と中腸および桿晶体嚢の一部を含む形で軟体部から切り出し、組織固定標本を作製した。常法に従って組織切片を作製し、光学顕微鏡下で(一部は電子顕微鏡下で)観察した。供試した個体数は部分的に観察したものを含めて28個体であった。採取は2003年8月、10月、11月に行った。
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