3. 沿岸環境の調査データのデジタル化とインターネットを利用した情報の提示のあり方への取り組み
これまで取り組んだ課題はいずれも、沿岸環境を保全するための基礎となる環境評価法の確立を目指したものです。そして冒頭でも述べたように、我がかき研究所の大きな目標は「沿岸環境の保全、そこに生息する生物の保全、そして沿岸に暮らす人々の生活の改善に資すること」にあります。すなわち、環境を評価するだけにとどまらず、評価の結果を環境改善や環境保全の実践に生かしたいと考えているわけです。
実際の環境改善や保全に取り組むためには、「何を」「どのように改善するのか」といった課題を受けた具体的な対策の提示が不可欠です。現状の把握は多くの調査を積み重ねることで良い内容にすることが可能となるでしょう。しかし、改善案の良否は、現状の問題点をどれだけ抽出するか、またそれらに対してどうするのか(どうすれば良いのか)という具体策が、質・量ともに十分であるかによって大きく変わります。良い案を出すためには、行政担当者だけでなく、多くの人々の知恵を集積することが重要なのではないでしょうか。そのためには、必要な情報の提示をして、広く考えを求められる“窓口のようなもの”を設けたら良いのではないかと考えました。
そこで、平成12年、13年の2ヶ年にわたって取り組んだのが「閉鎖性水域の環境改善の基礎となる環境要因の調査研究とそのデジタル化情報の提示」という課題です。この課題は日本財団が重点項目として掲げた「閉鎖牲水域の環境改善に関する提言」の趣旨にも沿ったものであると考えました。従来から国公立機関を中心として数多くの環境調査がなされ、それらの成果は優れた報告書にまとめられています。こうした詳細な報告書は専門家がその内容を吟味して検討を加えるのには十分なものでしょうし、またそういう意図で書かれたものであると思います。一方、本研究は、重要な調査結果を専門家以外の人々にもわかるようにして、環境改善や保全のための提言を広く求められる形を考えようとするものです。専門家以外の人々の中には、実際にその場所で生活している沿岸住民の方々が含まれており、これらの方々の意見はきわめて有意義であると考えています。
具体的な方法としては、科学的な根拠を失わない範囲で調査結果をデジタル化して「簡単に、わかりやすく」表現することに努めました。もともと海洋環境調査の結果は、数値データがほとんどを占めるので、デジタル化には大きな問題はありませんでした。しかし、問題となったのは「簡単に、わかりやすく」表現するという部分です。科学的な手法に基づいた調査データ(本研究ではこれを1次情報と呼びます)は詳細で膨大なものになることは避けられません。しかし、膨大なデータをそのまま提示したのでは「わかりやすさ」を失いますし、データ数を減らしたのでは「科学的な正確さ」を失い、調査の精度を落としてしまうので、これはマイナスです。そこで、調査する項目の中身を検討して専門家以外の方々にとって重要な事柄を選ぶことにしました。つまり、提示するためのデータにデジタル情報化するもの(本研究ではこれを2次情報と呼びます)とそうしないものとの区別をつけました。そして、2次情報化したデータはグラフや図の形で示し、直感的に内容を把握できるようにしました。溶存酸素量のデータなどがその典型例です。季節による増減、調査地点ごとの違いが一目で分かるように表現しています。また、試験的に垂下したマガキなどの生物の状態は、生存個体数や生理活性を示す体液成分などのデータとともに、水中写真を多用して「どのように生きているのか、あるいは死亡している個体は見られるのか」などが視覚的に捉えられるように提示しました。沿岸住民の方々に対しては、地域検討会の場で報告をいたしました。海の中の様子は実際に目にすることが少ないので、水中写真は漁業や養殖業に携わっている方々にも好評であったようです。
次に、必要な情報の提示をして、広く考えを求められる“窓口のようなもの”の設置が課題となりました。本研究では、これを近年普及の著しいインターネットに求めました。すなわち、かき研究所独自のホームページを開設して、調査結果を公表したのです。日本財団のウェブサイトでも紹介をしていただきました。結果の評価については、なかなか難しいところです。インターネットの利用により、情報を提示する速度は格段に早くなり、一定の成果はあったと考えています。しかし、調査結果を広く知らしめることができたか、というと疑問が残りました。
インターネットは利用者が自分の見たい事柄、知りたい情報を求めて任意のサイトにアクセスする形式です。このことはインターネットの優れた点であるわけですが、かき研究所として広く情報を提示しているつもりでも、アクセスしてもらわなければせっかくのデータを見てもらえないというもどかしさがありました。宮城県内はともかく、全国的な知名度が十分ではない現状ではアクセス数が少なく、今後改善をはからねばならないと考えております。
4. 新たな研究課題 ―SRSV対策へのかき研究所としての取り組み―
これまでの取り組みを簡単にまとめて述べてまいりました。ここからは、今年度の課題について、なぜ取り上げたのか、その意図を示したいと思います。
研究課題名は「マガキ体内のSRSVの蓄積と排出に関する基礎研究」と致しました。SRSVは小型球形ウィルスのことで、ノーウォーク様ウィルスとも呼ばれます。近年は分類学上の名前であるノロウィルスが正式名称とされていますが、本研究ではSRSVとしています。人間に嘔吐や腹痛、発熱などを伴う急性胃腸炎を引き起こすとされるウィルスです。ウィルス性食中毒の主たる原因ウィルスとされ、平成9年5月の食品衛生法施行規則の一部改正により、食中毒原因物質として指定されました。なぜ、このSRSVをかき研究所が課題として取り上げるのか、それは主な感染源として生カキが挙げられていることに他なりません。そして、SRSVを原因とする食中毒はカキの出荷が最盛期を迎える12月、1月に1年のうちで最も多く発生します。つまり、ひとたび食中毒が発生すれば、風評被害も含めて生食用カキの売り上げに大きく影響すると考えられます。宮城県内をはじめ主要なカキの産地の方々、また食品としてカキを取り扱っている関係者の方々にとって、SRSVによる食中毒の発生は非常に深刻な問題となっています。現在行政機関の指導のもと、漁協が中心となって抜き取り検査が実施されています。これにより、SRSVを持ったカキを出荷することは格段に少なくなるでしょうが、抜本的な対策、すなわちSRSVをカキの体から排除してウィルスフリーの安全なカキを生産することには結びついていかないのが現状です。
かき研究所では、数年前からこのSRSV問題を深刻に受け止め、何かできることはないかと模索してきました。しかし、具体的な課題を挙げるには至りませんでした。我々も含めて水産関係者がこの問題で立ち後れた理由には、SRSVは人間の腸でしか増殖をせず、カキの体内は潜伏場所であってカキ自身が病気になるわけではないこと、したがってカキの中ではウィルス粒子の数も少なく、実態を捉えることが困難であったことが挙げられます。しかし、本文でも述べるように、最近になって検出法が格段に進歩してきたことなどを受けて、かき研究所でもようやく具体的な課題とすることができ、日本財団の助成をいただいて実施することができた次第です。我々の目標は、カキの体内でのウィルスの存在部位を正確に把握して、効果的な排除方法の考案に役立てることです。本年度は、その第一歩としてSRSVの潜伏・蓄積部位とされる中腸腺(本研究では消化盲嚢としています)の詳細な形態観察、そして最新の検出法であるRT-PCR法の修得に取り組みました。
多くの機会を設けて専門家のお話も伺って参考としながら、目標に近づけるよう努力をしてまいりましたが、不十分な点は多々あると存じます。まずは本報告書を関係各位に御高覧を賜り、御叱正・御批判をいただければ幸甚に存じます。
平成16年3月
財団法人 かき研究所
理事長 森 勝義
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