日本財団 図書館


解剖実習を終えて
東京都立八王子盲学校 津江 神奈
 
 夏期解剖実習セミナーの開催を知り、すぐに参加を希望しました。それは解剖学の学習の中でますます人体の構造に対する興味が沸いていることと、様々な疑問に対して解決の糸口が見つかるだろうと考えたからです。実習が始まると驚きと感心、それと自分の知識の浅さに気づかされる事の連続でした。人の身体は実に多様でした。個人の疾患や生活の状態などが推測できましたし、それによる身体構造の変化なども学ぶ事が出来ました。また各組織、器官の剖出の際に指で触って、感触や弾力性、奥行きなどをつかむ事が出来ました。特に大学の先生方には私たちが近づいて見ること、目だけでなく器具を利用して確認出来るようご配慮いただき、よく理解することが出来ました。
 盲学校の生徒は視覚に障害があります。そのため解剖学の学習に一般解剖学書の写真や図譜、模型の視覚的な情報は適切な教材とはなりにくいのです。授業では内容を言葉で説明し、模型を観察させる、というのが代表的な方法です。模型は触りづらい部分の理解が難しく、また、その形態は分かっても質感などを想像、理解するのが困難です。生徒の指導には教員の知識と言葉による表現力が大きな影響を及ぼします。模型などから得られないイメージを生徒がいかに自分の中でつくる事ができるか。その手助けとなるのはやはり言葉によるものではないでしょうか。同じ言葉、表現でも本の受け売りでなく、実体験によるものの方がより具体的で力強く生徒の心に届けられるのではないでしょうか。
 今回の解剖実習をとおして人体の構造に関する多くの事実を学び、また学ぶことの喜びを感じました。医療、とくにその教育に携わるものとして何にも代えがたい経験でした。この貴重な財産を生徒に伝え還元していくことが今後の私の使命と考えています。この貴重な経験を可能にして下さった、ご献体の方々、ご家族や関係者の皆様に深く感謝いたします。本当にありがとうございました。
 
東京都立八王子盲学校 永井 伸
 
 全身の解剖実習を8日間、一日約6時間でおこなうということは、視覚に障害を持っている私にとっては想像していた以上にハードでしたが、終わってみると実習中の苦労もどこかへと吹き飛び、充実感が身体を満たしています。これまでも学生時代など何度か既に解剖されている献体を見させていただく機会はありましたが、このように剥皮から筋、神経、血管、内臓などの剖出までおこなうというのは初めてでした。
 私が勤務している盲学校の理療科では、あんま・マッサージ・指圧・はり・灸の国家資格を得るための学習をしていくのですが、当然ながら人間の身体を扱うものなので解剖学、生理学など身体の構造・機能についての学習もおこなわれています。施術をするに当たって、筋・神経・血管等の位置関係や構造等の充分な理解は必要不可欠であり、解剖学の学習は特に大きなウエイトを占めています。盲学校の理療科の学生は全員が視覚に障害があり、教員もほとんどが視覚に障害があります。解剖学の学習と理解には、視覚で得られる情報がとても重要になってきます。その点で、盲学校では教える方も教わる方も視覚で得られる情報量が少ないか、または全くありません。学習していくには視覚だけでなく触覚に頼る面が非常に多くなってきます。従って授業では模型や立体コピー(線や点が浮き上がっており触覚により形状の情報が得られるもの)を使用する事が多くなります。しかし、模型や立体コピーは理解しやすいように簡略化または巨大化してあったり、色々な材質によって作られているので、生徒からは「実物はどういう感じなんですか?」という質問がよく出ます。そのような時には、恥ずかしながらいつも困惑してしまいます。何度か既に解剖してある献体を見せていただく機会があっても、実際にはどのような触感なのか、どのような色なのか、どのような形状なのか、どのような位置関係なのか等々、教科書や参考書の文章上で理解しているだけで、きちんと頭の中にイメージできないものが数多くあります。ただでさえ情報量の少ない視覚に障害をおった生徒に、自分でさえよく理解しきれていないものを理解しやすいように説明しなければならない事に毎回苦労している状態です。
 そのような事もあり、以前から実際に解剖実習をさせて頂く機会があったらと感じていました。そこに、今回「夏期解剖セミナー」というものがあることを知り、参加させていただきました。短い時間でしたので医学生のように時間をかけてじっくりと観察する事はできませんでしたが、以前から疑問に感じていた点がいくつも解消でき、とても充実した研修ができました。細かい組織の剖出などには苦労しましたが、先生方にはとても丁寧な指導をして頂き、有り難うございました。今回の研修だけではまだまだ理解しきれなかった事がたくさんありますので、また、このような機会がありましたら是非参加させて頂きたいと思います。
 最後に、献体して下さった方、その事に快く同意して下さったご遺族の方、本当に有り難うございました。
 
金沢大学医学部保健学科看護学専攻 中巳出智子
 
 学校で紙面上での解剖学の勉強はしてきましたが、一度も実際にみる機会がありませんでした。今回、医科学生の解剖学実習を見させて頂く機会を与えて下さいましたことに対して感謝申上げます。
 実際に筋肉・神経・血管の走行を見た時には、教科書で習ったものを思い返して見ていたものもありましたが、自分が実際に患者さんのもとで採血を行ったりしていた時に探っていた血管を直に見られたことは、今後の自分の技術向上に役立つように思いました。正中静脈・橈側皮静脈を実際に見た時には、血管の走行がよく解りましたし、近くにどんな神経があるか、またその神経の走行も見られました。どこを射すのが適当か、どのあたりは避けた方が良いかが目に見えてわかり、とても参考になりました。他にも、三角筋を見た時に実際に筋肉注射をするように探って筋を触ってみました。
 肩部は腋窩も近いことから神経が入り組んでいました。三角筋はそうでもなかったでしょうが、神経の多く走る部位に近いことから肩部の筋注は怖いなと感じました。看護師さんが言うように、臀部と肩部では、臀部のほうが痛くないからというのが目に見えて解りました。
 内臓部分も見ることが出来ました。肺や心臓等々多くの臓器を目にすることが出来ました。臓器の部位をみることで、生理学的な働きもとてもイメージしやすかったです。消化器系や循環器系、泌尿器系等々よく見られたと思いました。特に食道と気管が見られた時、実際にはこのように分かれているのだということを知ることが出来ました。図とは違い、立体的に臓器の位置を知ることが出来、その上周囲にどのような器官が実際存在しているかを見ることが出来たことは、今後の生理学の勉強にも、また臨床でも役立てるとても良い経験になりました。また、医学科の学生が親切に説明してくれました。実際に人体を見るということは、今までに習ってきたことを立体的にイメージしやすくなり、私にとってはとても勉強になり、有り難い経験でした。采配して下さった先生、そしてお体を提供して下さった方とご家族に深く感謝致します。
 
栃木県衛生福祉大学校 沼田ゆみ子
 
 今、解剖生理学臨床講義を終えて一番に思うのが、私の人生の中で本当に貴重な体験であり、忘れる事の出来ない体験をさせて頂いたということです。医療にたずさわる人であっても、誰もが体験できる事ではなく、医療の中で仕事をしていても、なかなか体験する事ではなく、この体験から多くの事を学ぶ事が出来たと思っています。
 私は現在、内科病棟に勤めており、脳梗塞の急性期から慢性期にかけての病状の患者様が多く、脳内の解剖を学ぶ事が出来ると期待しつつ、今回の講義に臨みました。
 しかし、実際の人体解剖を前にするとなかなか手で触れる事が出来ず、周りのみんなが次々と触れているのをみて、ようやく手を出す事が出来ました。そして、脳内の解剖に触れて、脳内臓器は消化器・循環器の臓器よりも、より繊細なものであり複雑な構造をしている事がわかりました。なぜ、教科書で中枢神経系がページ数を占める割合が大きいのが理解することができました。多数の神経が集中し、脳内での微量の出血であっても、身体に与える影響は大きく、しかし、頭蓋骨の厚さは意外にも薄く内膜も厚いものではないのだと思いました。バイクに乗る時のヘルメットの大切さがよくわかりました。次に消化器の臓器では、大動脈の太さに驚き、腹腔は私が思っている程空間があるのではない事を学ぶことができました。もし、できるのであれば、小腸をのばして、どれ程長いものなのかを実感してみたかったです。そして、循環器では、心臓の心房と心室での筋肉の厚さの違いや大動脈弓のカーブに見て触れて、びっくりしました。また、解剖学というのは構造だけではなく、私たちの進化の過程が、今も残っているのだという教科書では学べない部分も知る事ができました。そして、解剖学を学べば学ぶほど、人体の食べる、歩く、寝るという単純な行動をするにも、複雑な行程があってできる事なのだと、つくづく思いました。
 解剖見学を終えた次の日、いつもと同じように病棟の患者様の顔を見ると、ふと立体的な解剖図が浮かんできて、いつもと違う立体的な患者様の観察をしてしまいました。そして、聴診器で呼吸音、グル音を聞いた時も、内臓部位をより正確にイメージして観察する事ができました。本当に貴重な体験だったと思っています。もっと実際に目で見たかったのは(肝臓、胃など)臓器の内側です。
 最後に、学びのために献体して頂いた方々に感謝し、今後の勉強の役に立てていきたいと思います。また、色々な講義をしてくださった先生方有難うございました。
 
東京都立八王子盲学校 羽場 康次
 
 盲学校理療科(職業課程)では、視覚に障害を有する方々の、あん摩・マッサージ・指圧師・はり師・きゅう師養成を行っています。課程修了時、国家試験を受験・合格しますとそれぞれの免許を取得し、社会自立していきます。
 身体の構造をよく理解することは理療科を学ぶ者にとっても非常に重要であります。本校においても第一学年時、生徒は二一〇〜二八〇時間の解剖学授業で、系統解剖・局所解剖・体表解剖の学習を行います。
 今回、解剖実習セミナーにより、より身体の各部分の成り立ちの在り様についてよく確認でき、実感できたことは、解剖学や他の理療教科・科目を指導する私にとって多大な収穫となりました。また、知識をより深め、疑問を解決することもできました。
 セミナーでは種々の印象に残る実習もありました。特に理療科と関連性の深い骨格・筋肉系では、関節内構造物、各筋肉の起始・停止の様子を実感できたこと。消化器系ではなかなか指導に苦慮する胸・腹膜や腸間膜、横隔膜の様子を実感・理解できたこと。関節リウマチの重症化による変形の形態としくみ。個人差による破格など、何をとっても充実した実習内容に、深い感動を与えていただきました。是非この経験を今後の理療科教育に反映させていきたいと考えております。
 今回、解剖実習セミナーに参加できたことは、貴重な体験と研究の機会となりました。そして献体の方々にも深く感謝しております。ありがとうございました。
 
杏林大学保健学部 早川満利子
 
 私は現在看護学生の実習指導に携わっている。患者の病態を理解するには、まずは人体の構造が理解されていることが大前提であり、臨床で看護師として働いていた際も解剖学の重要性を実感していた。しかし教科書を繰り返し読み直しても、表面上の教材から得られる理解には限界がある。
 解剖学実習と言えば大学一年次の解剖見学実習以来である。その時の実習では、見て、触れて、観察するというレベルの見学実習であったが、今回はメスとピンセットを手に、初めて自らの手で剖出を行った。自分で解剖を進めていくことで、これまで見えていなかった身体の構造が、まさに手に取るように明確となり、理解することが出来た。またこれまでの経験では私は患者の「生」から「死」へと関わっていた。しかし今回、ご遺体とは、その人が生きておられた頃を十分に想起させるものであり、「死」から「生」を知るということを実感する良い機会となった。
 今回の実習で意義が大きいのは、臨床で働いた上で解剖を行えたことである。臨床での多くの経験をもとに、疾病やそれに伴う症状と照らし合わせながら学ぶことが出来、大いなる探究心をもって解剖を進められ、患者の訴えていた症状の理解に大変役立った。この経験を基に、現在実習指導を行う際にも身体の構造が即座に念頭に浮かび、自らも自信をもって説明ができるようになった。
 解剖の基本は、「人体を自分の手で解剖し、自分の目で観察すること」と言われているが、やはり実際に見て、触れて自らの手で剖出するという経験は、医療者にとって、そして医療者を目指す者を指導する者として、大変意義のあるものだと考える。特に、臨床に出た後に再度実習を行うことで得られるものは大変大きい。献体して下さった方々ならびにご遺族の方に心から感謝したい。そしてこの思いを胸に、常に精進し今後も看護師として医療に携わっていきたい。







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