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理学療法士養成の視点から
多摩リハビリテーション学院 松井 充
 
 理学療法士は1965年理学療法士・作業療法士法で理学療法の定義や理学療法士の業務・責務が規定され現在に至っている。資格取得には指定の教育機関(大学37、専門学校125)で3年又は4年の履修後、国家試験合格で資格を得る。現在、有資格者は約3万余名で、医療・福祉の分野で活躍しています。
 理学療法とは身体に障害を持つ人に対して、運動的治療手段並びに物理的な治療手段を用いて「基本的動作能力」の獲得を図ることであり、理学療法士とは医師の下で理学療法を業とする者です。そこで、運動療法(運動的治療手段)の中に関節可動域訓練というものがあるのですが、単に関節を動かせば関節可動域訓練となるかと問われれば、関節可動域訓練となります。その為、「誰でも出来る」と言えば「誰にでも出来る」といえます。そこで、「理学療法士が関節を動かす場合どこが違うのか?」と問われた場合、関節の構造・周囲の軟部組織の構造・生理学的な反応などの知識を基に、抵抗を加えたり・介助したりして動かす部分が違いであり、専門性の一つであると思われます。よって、関節の構造・筋の起始 停止及び走行等を十分に理解する事は非常に重要な部分であります。
 また、関節可動域訓練は理学療法業務のほんの一部分ですが、その他の理学療法業務についても、依頼者の機能・能力回復の為に動作訓練を行なうに当っては、人体の構造を十分に理解することが非常に重要となります。その為、学校教育の場において、人体の構造を学習する事は重要となりますが、3次元の人体の世界を2次元の紙上で学習する事には限界があり、解剖学教室の先生方の協力により、解剖学実習を行なって頂ける事は、理学療法士養成の上で非常に有意義な経験となっております。そして、私自身今回初めて解剖実習をさせて頂く機会を設けていただき、人体の構造、各臓器の形態・配置とその機能、筋・血管・神経の走行など、数多くの事を学ばせて頂きました。ご献体様の篤志に少しでも報いる事が出来る様、今後の学生指導に今回の貴重な経験を活かして行きたいと思います。心より、ありがとうございました。
 
東洋英和女学院大学人間科学部 与那嶺 司
 
 2週間の解剖実習セミナーを受講させていただきありがとうございました。我々理学療法士にとっては、千載一遇の機会を得たと感激しております。
 始まって数日間は、アルコールなどの固定液の臭いに慣れず、実習後もぐったりしておりました。職場にもどった後も頭がボーッとして最初は何もできない状態で、体を慣れさせるのに、かなり苦労しました。加えて、会田秀子婦長の紹介で偶然に得られた機会ということで、解剖学の知識を再確認する前に実習に入ってしまい、せっかくの機会が十分に生かせなかったと反省しております。20年前、宮崎リハビリテーション学院という理学療法士養成校で『分担解剖学』や藤田恒太郎著の『人体解剖学』を使って学んでいたことを無理やり搾り出そうと努力していました。
 私は、工藤先生の指導で本郷B班に割り振っていただきましたが、この班は、看護師、鍼灸師、獣医師、芸大教官、薬品会社MR、理学療法士と多種多様な人達が集まった大変おもしろいグループで、2週目に夕食会をした時には、なかなか話が終わらずに居酒屋から喫茶店へと河岸を変えて話が続きました。
 午前の坂井先生の講義はこれまでの知識の整理をすることができ、大変役に立ちました。特に坂井先生の強調された腎臓の機能については、その重要性をかなり再認識させられることになりました。他の研修生はどうだったかわからないのですが、個人的には解剖学の歴史は強く印象に残った講義でした。歴史的な流れの中で学んでいくと、なぜ解剖学の教科書の目次があのような順序で並んでいるのかがよく理解でき、解剖や生理学の知識をまとまった形で整理することができたような気がします。
 午後、実習直前に坂井先生から解剖実習に向けての心構えを毎回、毎回、聞くことで、献体された方のからだを使わせていただいているのだという意識を新たにしました。早く実習に取り掛かって「あの部分を今日は確認しよう。今日で何とかあそこまで」などと、はやる気持ちを、ハッとわれに返らせ、人のからだなのだ、自ら献体された方々なのだということを再度思い起こすことが出来ました。非常に重要な数分間だったと思います。これまでに経験した解剖実習では、常に途中から解剖にかかわり、中途で終了するということが多かったため、亡くなられた方として納棺するという儀礼を通さずに、物体化した実習の対象として終了していました。ややもすると、変化していく御遺体を次第に実習の対象物・ものとして見ることで、御遺体への恐れを払拭しようとしてしまおうとする傾向がありましたが、毎回ピンセットを握る直前に坂井先生のお話を聞くことで、ご献体された方々への畏敬の念を新たにすることが出来ました。
 実習の中では、工藤先生の手わざを垣間見ながら、ご遺体を皮切りの段階から、表在の神経・動脈・静脈にも注意しつつ、少しずつ深部に進んでいくという体験をさせていただきました。正直なところ表在部には全く興味の無かった私には、ほとんど覚えていない名称のオンパレードで、自分の知識の無さに歯がゆい思いをしつつ解剖をしているという段階でした。表層から深部に進むに従って、各層をつなぐ形で神経動静脈が流れていることを、改めて認識しました。その間にも同じ班の柳沢さんや小南さんの知識に助けられながら、工藤先生が解説する発生学的な見方からの臓器・器官の話で知識の整理をすることが出来ました。
 私自身が今回の実習に先立って、考えていた目的の一つに、自分の職場(理学療法士養成施設)で理学療法士や学生に指導している体表からの筋の触察の正確さを確認することがありましたが、最長筋と腸肋筋や内閉鎖筋など、いくつかの筋の触察で、体表からの識別に問題があることがわかってきました。逆に梨状筋・肩甲挙筋などでは、触診での識別が正確に出来ることが確認できました。体表からの筋触察について、近い将来、協力して研究していただける解剖学教室を捜し、体表解剖学の正確さを高める方向での研究も必要だと感じ始めております。その意味でも今回のような解剖実習セミナーへの理学療法士養成施設の教員、あるいは筋触察について学習を深めたいと考えている理学療法士の参加の機会を作ることは重要ではないかと考えております。実際、以前沖縄県で理学療法士養成校に勤務していたときの卒業生の中には、数十万の費用を払ってアメリカでのスポーツトレーナーの研修セミナーに参加しようとした者もおりました。彼の目的はただ一つ、その研修の中の二・三日だけの解剖実習だったのです。理学療法士養成校を卒業した後、再度、解剖実習を受けて、理学療法の基礎となる知識を確認したいと考えている現場の理学療法士たちは決して少なくないのですが、彼らを受け入れる大学はほとんど無いのが実情です。今回の私のように大学で、理学療法士が解剖学実習セミナーに参加することは難しいということは、全国の理学療法士が十分承知しておりますが、何とか活路が開けるように、自分自身でも努力していこうと考えておりますが、先生方のお力添えもお借りできればと願っております。
 蛇足かもしれませんが、協力研究員にしていただいたおかげで、図書館も使わせていただけたことは大変助かりました。沖縄から東京へ来て、半年に満たない私には研究用の文献をコンピューターで検索する以外に実際に閲覧するという場所が無かったので非常に困っておりました。順天堂大学の図書館は外来者への制限が少なく、遠慮しつつもかなり自由に雑誌を閲覧させていただきました。
 今回の解剖実習セミナーを機会に、坂井先生を始めとする順天堂大学第一解剖講座の先生方とのつながりが継続していくことを願っております。本当にお世話になりました。
 
あとがき
 昨年までは学生の感想文と献体者の文集とを別冊として発行してまいりましたが、その両者を一つにして『解剖学への招待』といたしたものです。
 従いまして、「解剖学実習を終えて」は第二十五集に、「献体者の手記」は第二十四集に相当いたします。
 
以心伝心
 献体登録をされる方々の多くは、「医学の発展のために」「医学・歯学の学生のために」「世の中の役に立つために」などなどさまざまな思いで献体を思い立たれたことと思います。
 一方、解剖学を学ぶ学生たちは「よい医師・よい歯科医師になるために」を目指して、人体の構造を学ぶばかりではなく、ご遺体を解剖することにより人命の尊さを知り、医の倫理を学び成長していくものと思います。
 この文集では献体者の心が学生に伝わっていることがおわかりいただけるものと思います。
 この冊子が献体運動への理解を深めることを祈っております。
 
平成十五年十二月三十一日
(財)日本篤志献体協会
篤志解剖全国連合会
解剖学への招待編集委員一同







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